49・山姥の初体験
それは、アクション映画のラストシーンのような救出劇でした。
バラバラとプロペラの音を立てて、木々のはるか上にホバリングをしているヘリコプターから大きな声で叫びながら降りて来たのは、黄色い安全ヘルメットを被った瑠璃さんでした。
「梅吉さ~ん!! もう安心ですよ~! 瑠璃が助けに来ましたよ~!!」
瑠璃さんは、梅吉兄さんの婚約者で、真っ白のワンピーススーツに身を包んで、焦げ茶色の毛先を緩く巻いたセミロングヘアー、丸顔と大きめの目がとっても可愛らしいんです。
その瑠璃さんが、焼け焦げて大雨でペッシャンこになったお家の前で、ビショビショで意識なく倒れている梅吉兄さんを見つけて、悲鳴にならない悲鳴をあげて梅吉兄さんの上半身をブンブン振っていました。
49・山姥の初体験
「ヘリコプター、初めて乗っちゃいました」
定休日の店内に流れているBGMは、軽快で爽やかなジャズです。商店街の通りに面した窓にはウッドブラインドが下がっているからか、いつもより店内のウッド調が強めに感じます。一列に並べられた黒い5つの椅子の真ん中にカットケープを撒いた姿で座って、正面の大きな鏡を見ながらお話しです。お話しのお相手は、店長のユウさん。痛んだ毛先を丁寧にカットしてくれています。
「今度は、夜景デートで乗りなさいな。冬龍君、喜んでチャーターしてくれるわよ」
ユウさんが楽しそうに言います。
「二人だと、もったいないかなぁ。皆で乗ればその分楽しそう。昨日のヘリコプターも、梅吉兄さんと夏虎君は気を失ったままだったし、瑠璃さんは梅吉兄さんに抱き着いたままずっと泣いていたし、冬龍君と秋君は乗って少ししたら眠っちゃったから… 私だけかな? ヘリコプターを楽しめたの」
小さい頃乗った飛行機とはちょっと違って、お空がぐっと近くに感じました。
「その状態で、ヘリコプターを楽しめたなんて、血筋としか言いようがないわね」
今度は、ちょっと呆れた声のユウさん。
「頑丈なのも、血筋ですか?」
「血筋ね。修二さんは言わずもがら、白川のお祖父ちゃんもとっても頑丈だったらしいわよ。
梅吉は背中の裂傷と打撲に拗ねの裂傷、夏虎君は全身の細かな裂傷に全身打撲、冬龍君は両足脹脛の裂傷に全身打撲。骨折しなかったのが幸いだったかしら? 川に落ちて雨に濡れたせいもあって、軽度の低体温症にもなっていて… 一泊の検査入院で退院だって?」
「切った所は、縫うまではいかないかな? て感じだったみたいです。入院は、夏虎君がすんご~く嫌がって、強引に病院を出てきた感じですね。本当は、もう一泊したほうが良いって言われたんですよ」
そんな夏虎君は、私の右隣で難しい顔をしながらカットをしてもらっています。軽快に鋏を鳴らしているのは、このお店の№2の岩江さんです。ジェルでツンツン立てたシルバーアッシュの短髪と、怖い印象の三白眼にはグレーのコンタクト。大きな口から出る言葉は乱暴だけど、意外と優しいんです。
「ねぇねぇ、あんまり切ってないよね? そんなに長さ、変わってないよね?」
夏虎君が珍しく大人しいのは、火事で痛んじゃった髪の毛を切られているからなんです。夏虎君、髪の毛を大事に大事伸ばしているから、切られるのがとってもショックなんです。二週間に一回はトリートメントに来てますもんね。
「大丈夫だって。編んでいたから、本当に毛先だけで済んでるって。トリートメントも、いつものワンランク上の使ってやるから」
岩江さんは半分呆れて、半分面倒くさそうに言いながら、毛先を細かくチェックしながら切っています。
そんな私達を、左隣の椅子に座って熱々の紅茶を飲みながら、順番待ちの冬龍君が眺めていました。梅吉兄さんは、庄左エ門君のお山の事でお仕事が出来たらしくって、来れませんでした。
定休日だから、他のスタッフさん達はお休みなんです。お店を開けてくれたのはユウさんの好意で、その理由が…
「だから、きった(汚い)ねぇって言ってんだよ! 頭ぐらい、ちゃんと洗わせろ!! この糞ババぁ!」
「汚くはないわ! 昨日から、本当に失礼な奴じゃな!!」
奥のシャンプーブースから、サクさんと山姥のお婆さんの怒鳴り合う声が聞こえてきます。
「風呂の垢、見た事のない量だったぞ! その厚い面の皮、たわしで擦ってやるからな!」
「やめろ、小僧!!」
バッタンバッタン、ガッチャンガッチャンと、暴れている音が聞こえます。
「昨日もあの状態だったんでしょう? よくお風呂に入れられたわね」
実は山姥のお婆さん、連れて帰って来たんです。住んでいたお家が無くなっちゃって、なんだか元気も無くなっちゃった感じがして、あのまま山の中に置いておけなかったから。修二伯父さん達は驚いていたけれど、みんな拒否することはなくって、すぐに軽食を作ってくれたりお布団の準備もしてくれました。真夜中に。ただ…
「和桜ちゃん、お婆さんと一緒に真っすぐお風呂に入って」
と、美世さんに言われました。けれど、お風呂は嫌だとお婆さん。力尽くっていっても、「『女性』なんだから男の人はダメよ」と美世さんや美和さんが言うので、お向かいのマンションに住んでいるサクさんが呼び出されたんです。熟睡していたのに。
サクさんは半分も開いていない目でお婆さんを見据えて、無言で羽交い絞めにしてお風呂場に向かって… 今みたいに喧嘩しながら、お婆さんと一緒にお風呂に入ってくれました。本当は私も一緒に入ろうとしたんですけれど、お婆さんが暴れていて危ないからと止められちゃいました。楽しそうだったのになぁ~… と思いながら、もう一つのお風呂に入っていました。
「こういう時のサクさんは、本当に心強いです。美世さんの人選は流石です!」
真夜中に文句の一つも漏らさずに来てくれたサクさんて、本当に人が良いんです。お口は悪いんですけれど。
「誰かー、食器洗い洗剤持って来て! シャンプーじゃ無理!!」
シャンプーブースから、勢いの良いシャワーの音と、サクさんの叫び声が聞こえてきました。
「熱い熱い熱い!」
こっちにいる私達は、思わず奥のシャンプーブースの方を向きました。
「脂がとれねぇんだよ!!」
お湯の温度、何度にしたんだろう?
隣でまったりと紅茶を飲んでいた冬龍君が立ち上がって、シャンプーブースの方へと向かいました。
「おっしゃ! それそれ。どんどんかけろ、ジャンジャンかけろ」
冬龍君が食器洗い洗剤を持って行ったみたいです。
「痛い痛い痛い!!」
「毛が脂と埃で固まってんだよ! 少し我慢しろ!!」
「痛い」とか「熱い」とか、お婆さんの悲鳴は10分ほど続きました。その度に、サクさんの「我慢しろ!」という声も聞こえました。そんな二人の声を聞きながら、私と夏虎君はそのままお顔のマッサージとパックと… 至福の時間です。あまりの気持ち良さに、ウトウトしていました。
シャンプーをしてもらう頃には、ウトウトどころかほとんど寝ていました。このお店、移動しなくてもバックシャンプーが出来るので、移動することなく夢の中…
「和桜ちゃんも、今日はいつもよりワンランク上のトリートメントね」
そんな優しい声も、夢の中。
「はい、出来上がり~」
と、寝ている間にピッカピカにしてもらっちゃいました。大きく背伸びをしながら、左隣の冬龍君にお顔を向けると…
「… お、お婆さん」
そこには、大人しく座ってカットされているお婆さんが居ました。鋏を鳴らしているサクさんは、勝ち誇ったような得意気な、とってもいいお顔でした。反対に、お婆さんはゲッソリと疲れているようでしたけれど。




