48・雨降り小僧のお仕事
48・雨降り小僧のお仕事
スッと、体が動きました。私はアウトドアナイフを放り出して冬龍君の前に飛び出て、お婆さんに向かって両腕を大きく広げました。
「女子、怖くは無いのか?」
ボサボサの髪の毛で目は見えないんですけれど、ガラガラの声を出す口は大きく歪んでいました。
「和桜ちゃん!」
慌てた冬龍君が私の肩を引きます。けれど、どきません。怖くて怖くて、とっても怖いけれど、足はガクガクしているけれど、でも、今ここをどいちゃいけない気がするんだもん。
「こ…怖いです! 今のお婆さんは、怖いです! でも、お夕飯の時のお婆さんは、私達は愛されているから食べないって言いました。なのに、今はなんで食べようとするんです
か?!」
お婆さんのお顔はすぐ近く。怖くてドキドキして、変な汗がいっぱい出ているのが分かるし、変に喉が渇いてる。
「『愛されているから』だよ。お前たちは、とっても愛されている子たちだ。それだけ愛されているのなら、もういいだろう? 今まで注がれた愛情ごと、ワシに食べられておくれよ。そして、先に食べた可哀そうな子等の魂を、慰めてやっとくれ」
可愛そうな魂のため… 私達を食べないと言ったお婆さんが食べた、可哀そうな魂の為に、このお婆さんは私達を食べるの?
お婆さんのお顔が、ずいっと私の目の前まで近づきます。相変わらず目はボサボサの髪で隠れて見えないけれど、お口がカパッと大きく開きました。思わず、胸元に仕舞っているお守りを服の上からギュッと掴みました。
「優しい子は、とっても美味しいんだ」
「和桜!」
目の前がお婆さんのお口で真っ暗になったのと、冬龍君の悲鳴のような声が重なった瞬間でした。
「冗談じゃないわよ! ナオをあげるわけないでしょう!」
冬龍君が私の肩を思いっきり引っ張るのと同時に、ポン! と、私とお婆さんの間に、ミエルちゃんが現れました。今日も、ツインテールはキラキラと輝いて、クルンと綺麗に巻かれています。
「そんなに『愛』が食べたいのなら、私の『愛』をあげるわ! 純度100%のマヌカハニーよ!!」
ちょうどお顔の位置、お婆さんの方を向いて現れたミエルちゃんは、手にしていた銃口をお婆さんのお口に突っ込んで、一気に引き金を引きました。
「あぐんん… 美味い!!」
私は冬龍君に抱き抱えられるようにして、お婆さんから引き離されました。
「雨降り小僧さん、お願いします!!」
お婆さんが頬を両手で包んでクネクネしていると、後ろの方からプリムラ君の声が聞こえました。聞きなれた、今にも泣きだしそうな声です。
「はいよ、はいよ、お仕事だよ」
辺りに響いたのは、小さな男の子の声でした。ウキウキと弾むその声は、とっても楽しそう。
「降れ降れ雨よ降れ。カッパの川に皿に降れ。雨乞鳥、雨を呼べ。雨蟇、雨彦、天を仰げ」
まるで歌っているかのようなその声に誘われるように、ポツポツと大きな雨粒が落ちて来ました。それはすぐに激しくなって、辺り一面真っ白に! 慌てて、冬龍君が屋根のように覆い被さってくれたけれど、すでに下着までビッショリで、胸元に逃げ込んで来たミエルちゃんもビッショリ。
「やめぇい! やめぇい! 雨降り小僧、食ってしまうぞ!」
お婆さんの大きな声が激しい雨にも負けずに響きわたると、雨はピタッと止みました。同時に、周りから音が消えました。
「オイラ、山の神さんに頼まれたんだ。婆、食わないでおくれよ」
現れたのは、和服姿で、骨を抜いた和傘を頭に被って提灯を持った小さな男の子でした。ポッチャリとした頬と、ぽってりした小さなお鼻。その上に付いている大きな大きな瞳は、真ん中に一つでした。
「お前はいつになったら、加減を覚えるんだ!」
お婆さんはビッショリ濡れた髪の毛や着物の裾を、ギュッと絞りながら怒っています。
「違うよ違うよ、今日はオイラが悪いんじゃないよ。雨の神さんが、困っているんだよ。最近、雨を降らせ様にも雨雲が出来ないって。神さんでも大変なんだよ? だからオイラ、最初っから全力で頑張ったんだよ」
雨降り小僧さんは大きな瞳に涙を溜めながら、オロオロとお婆さんの周りをウロチョロします。
「なんで、ここに雨を降らせた!」
「山の神さんが、山火事になったら困るからって」
その言葉に、お婆さんと冬龍君と私の視線が、今まで燃え盛っていた小さなお家に向けられました。
「ワシの家、ペッちゃんこになってしまったじゃないか!」
お婆さんの言葉通り、お家は見る影もありません。綺麗に潰れてしまいました。
「雨の勢いもそうだけれど、ほとんど焼けていたし、そもそも家自体がボロボロだったからね。
雨降り小僧さん、ありがとうございます。火事が広がらなくって、良かったです。ありがとうございます」
冬龍君が、雨降り小僧さんにペコリとお辞儀をします。私もその隣でお辞儀をしました。
「山の神さんがね、お兄ちゃん達に謝っていたよ。川の側で、鎌鼬たちがお兄ちゃん達を狙っていたから、助けようと思って押したんだけれど、川に落っこちちゃったから。上手に出来なくて、ごめんなさいって」
そう言えば川に落ちる前、何かに押された感じがしたんだった。あれは、山の神様だったんだ。
「でも、なんで助けようと?」
冬龍君の質問に、雨降り小僧さんは首を傾げました。
「さぁ? カッパや山を助けてくれたから… とかなんとか、言っていたかな?」
「黒犬といい、山の神といい、雨降り小僧といい… みんな、ワシの邪魔をしてからに」
お婆さんは鼻息を荒くしたまま、地面にドカッと座り込みました。
「オイラ、もう帰るよ。お腹空いたし、お仕事終わったら、すぐに戻ってくるように言われたから」
そうだよね、短時間であんなに凄い量の雨を降らせてくれたんだもん、お腹も空いちゃうよね。あ、そうだ!
「雨降り小僧さん」
オイラは帰るよ~と、オロオロしながらお婆さんに声をかけている雨降り小僧さんに声をかけて、ズボンのポケットに入れていた小さな袋を取りだしました。
「これ、なあに?」
「純度100%のマヌカハニーキャンディだよ。この妖精さんが作ってくれたモノなの。お1つどうぞ」
小さな袋の中に入っていたマヌカハニーのキャンディは、残り2個。そのうちの1個を雨降り小僧さんに差し出しました。
「私が作ったんだから、有難く食べなさいよ! 疲れなんて、吹っ飛んじゃうんだから」
ピョコンと胸元から飛び出したミエルちゃんは、私の肩の上で濡れた羽根を一生懸命動かして乾かしながら、自信満々に言います。
「う、うん。ありがとう」
雨降り小僧さんはオドオドしながら私の手の平からキャンディを摘まみ取ると、やっぱりオドオドしながらお口に入れました。
「美味しい!! とっても美味しいよ!! ありがとう!!」
コロンコロンとお口の中でキャンディを転がすと、キャンディの甘さがジンワリと広がったようで、私達の周りをスキップしながら消えてしまいました。
「雨降り小僧さん、ありがとう~」
空に向かってお礼をしたんだけれど、伝わったかな?
「はい、お婆さんの分」
そして、私はお婆さんの前にしゃがみ込んで、最後のマヌカハニーキャンディを差し出しました。
「ワシが怖くないのか? お前を食うんだぞ?」
お婆さんは、さっきみたいに大きくお口を開けました。けれど、もう怖くはないです。なんて言うのか?… 雰囲気? プリプリ怒っているけれど、私達を食べる気が無くなったのは分かります。冬龍君も、私を止めないし。
「お婆さん、そんな気持ち、もうなくなっちゃったでしょう?
このキャンディ、本当はお家にいる時にお裾分けしようとしたの。美味しいご飯を頂いたから、私も何か美味しいモノをあげたくて」
とっても怖い光景を見ちゃっちゃんだけれど。
「ふん」
お婆さんは一回、お口をへの字に結んでからキャンディを摘まみ取ると、カパッと開けたお口に投げ込みました。
「美味いな」
不貞腐れたような、照れたような小さな呟きを聞いて、私とミエルちゃんはお顔を見合わせて微笑みました。




