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45・山姥の攻撃

45・山姥の攻撃


 スマートフォンは繋がりません。初めて来た山の、しかも来た道が全然分からない小屋で、外は月の光も満足に届かない程に木々が生い茂っています。梅(うめ)吉(よし)兄さんも、眠ったままです。


「とりあえず、虫よけは付けて。虫刺されもそうだけれど、万が一離れちゃっても、秋君が匂いを追いかけてくれるだろうから」


 冬(とう)龍(りゅう)君の指示で、透明なマトマイザーに入れたお手製アロマスプレーをプシュプシュしました。ユーカリレモンとペパーミントを混ぜた特製アロマスプレーです。もちろん、秋君にもプシュプシュします。マダニとかが付いちゃったら、大変ですもん。

 眠ったままの梅吉兄さんは、夏(か)虎(こ)君が上着を着せて、プシュプシュと虫よけを噴きつけました。


「それと、和桜(なお)ちゃんにはこれ」


「これ、冬龍君のお守りだよ?」


 ナップザックの中身を確認する私に、冬龍君が自分のお守り袋を差し出してきました。私より少し濃い目の四つ葉のクローバーが刺繍された白いお守り袋の中には、私と同じくガラスのカエルが入っています。


「和桜ちゃんのカエルは、子ども達を連れて行っちゃったから。代わりに、僕のお守りを持っていて」


「駄目だよ。このお守りは、冬龍君が無事に帰って来れますようにって、お姉ちゃんが作ってくれた物なんだから!」


 そうなんです。私達が持っているお守りは、お姉ちゃんが一人一人に気持ちを込めて作ってくれた物なんです。そんな大切な物、代わりになんか持てないです。


 ちょっと怒った口調で言っても、冬龍君は「でも…」と言いながら、お守り袋をしまってくれません。


「冬龍君が私に無事に帰って欲しいように、お姉ちゃんだって冬龍君が無事に帰って来るの、待っているんだから!」


 さらに強く言っても、冬龍君んはお守り袋を私の前に出したまま。


「あー、めんどくさい」


 そんな冬龍君と私を見ていた夏虎君が呆れた声を上げて、横で寝ている梅吉兄さんの頬をパシーンと叩きました。


「「え?!」」


 驚く冬龍君と私。痛さのせいか、驚いたのか、慌てた様に起き上がった梅吉兄さん。そんな中、夏虎君は私達の前に来て、冬龍君のお守りをムンズと掴んで、冬龍君のズボンのポケットに押し込みました。


「和桜ちゃんは冬龍が守るんだから、お守りがなくったって大丈夫でしょ? それとも何? 冬龍は和桜ちゃんを守り切る自信が無いの?」


 少し、呆れたような、小馬鹿にしたようなお顔で、夏虎君は冬龍君を見ます。


「自信がないわけ、ないだろう」


 冬龍君は少しムスッとして、自分のズボンのポケットに入ったままの夏虎君の手を払いのけました。


「あっ、そ」


 そんな冬龍君を見て、夏虎君はニヤッと笑いました。そしてたぶん、強制的に起こされた頭で一生懸命状況判断している梅吉兄さんを振り返りました。


「梅(うめ)兄(にぃ)、悪いんだけれど説明する時間がないからさ、脳みそフルに使って状況判断して」


 梅吉兄さんは「えー」って慌てながらも、立ち上がって体のチェックをし始めました。心配していた足は、ちゃんと動くみたい。でも、走ったりは出来るのかな?


「夏虎、まさかとは思うけれど…」


「もうさ、まどろっこしいじゃん?」


 冬龍君は、夏虎君が何を想っているのか分かったようです。大きなため息をついて、私の荷物を取ってくれました。


「梅兄、和桜ちゃん、すぐに逃げられるようにしておいて」


 慌ててナップザックを背負う私と梅吉兄さんの前で、夏虎君は立て付けの悪いドアを思いっきり開けました。私の位置からも、奥のお部屋が見えました。灯りすらないお部屋に、ズカズカと入って行く夏虎君。


「まさか…」


「そのまさか。秋君、無理しちゃダメだからね」


 ここまでくれば、私にも夏虎君のやろうとしている事が分かりました。冬龍君はナップザックを背負って私の前に立ちます。秋君は私の横で、ピンと尻尾を立てて少し前かがみになって、体中の毛を逆立てて威嚇しています。


 ドカ! ドンドン!!


 すぐに、暗いお部屋のさらに奥から、激しく争う音が聞こえてきて、ゴロゴロと夏虎君が転がって戻ってきました。


「下がって!」


 緊張した冬龍君の声に、私は反射的に梅吉兄さんの所まで下がります。


「ほい、冬龍の」


 受け身を取っていたのか、夏虎君はスッと立ち上がると、両手に持っていた大きな鎌を一挺(ちょう)、冬龍君に投げ渡しました。


「現地調達ね」


 冬龍君、ナイスキャッチです。


「ガキィ… それはワシの鎌だぁ。手癖が悪い」


 お部屋の奥から、鎌を手にしたお婆さんが出て来ました。腰は曲がって、髪の毛はボサボサで、さっきまで私達と一緒に囲炉裏を囲んでいたお婆さんと姿は変わらないのに、雰囲気は全然違いました。


「ヴヴヴヴヴヴ… ヴァン! ヴァンヴァンヴァン!!」


 秋君が低く唸って、大きな声で吠えだしました。それは、カッパさん達の川に向かう途中、迷った茂みの中で見た秋君とまったく同じ姿でした。そんな秋君に向けて、鎌が投げつけられました。それは真っすぐに秋君の頭上に落ちて来ましたが、刺さったのは古ぼけた床板でした。秋君はひらりと華麗に後退して、また吠えます。冬龍君はガッ! と、床板に深く刺さった鎌を、思いっきり踏みつけました。


「煩い犬っころだ」


 お婆さんは腰帯に挟んでいた鎌を取り出して、今度は夏虎君に向かって飛び掛かってきました。腰が大きく曲がって体もほっそいのに、凄いジャンプ力だし、空中でもう一挺鎌を取り出して、二刀流で夏虎に襲い掛かってきました。


「左!」


 冬龍君が叫びながら夏虎君の右側に移動するのと、夏虎君が左にズレるのが同時でした。お婆さんは落下しながら左右の鎌を振り回します。それは見かけの年齢からはとても想像できない速さと力強さで、左右それぞれでその鎌を受けた冬龍君と夏虎君の体が大きく後ろにズレました。


「ひゃははハハハハハ!! ハハハハハハハハハハ~!!」


 お婆さんはガラガラの声で笑いながら、枯れ木の様な足で床の上を滑らかに動きます。上半身も左右に良く振れて、鎌を持つ腕は私の視力で追うのが大変な程素早く動いています。基本、両手を外から内側に振って、たまに上や下からの攻撃を入れています。

冬龍君と夏虎君は、次々と襲い来る鎌の刃をしっかり見極めて、綺麗に受け流しています。


 日々の互角稽古の賜物かな? いつもは竹刀で、今は本物の刃物だけれど。でも、風圧っていうのかな? 鎌がブンブン振り回される圧で、私達の肌が切れちゃいそうな気がする。なんとなくだけれど、すぐ近くにいるわけじゃないのに、頬や手だけやなくてシャツの上からもピリピリしている感じがするもん。… そっか、これが科学的な鎌鼬なのかも!


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