44・カエルの道案内
44・カエルの道案内
蝋燭の火は不安定に揺れて、お婆さんの横顔や散らかっている刃物に不気味な影を作ります。
私のズボンの裾を噛んで、後ろに引っ張っている秋君に従って、ゆっくりゆっくり下がりました。悲鳴を上げそうなお口を両手で押さえながら。
もとのお部屋に戻って、立て付けの悪いドアを閉めた瞬間、腰が抜けたようにヘナヘナと座り込んじゃいました。
冬龍君が言っていた通りかも…
「秋君、ありがとう」
心配そうに静かにお鼻を鳴らしながら、秋君は私のお膝に前足を置いて、小さな体をうんと伸ばして、私のお鼻の頭をペロペロ舐めました。
「うん、大丈夫。落ち着いているよ、多分」
秋君をキュッと抱きしめて、そのフワフワの毛並みに癒やされました。
「和桜ちゃん、どうかした?」
そこに、トイレに行っていた冬龍君と夏虎君が戻っていました。
「今ね、隣の隣のお部屋で… その子達は?」
今見たことを伝えようとしたら、冬龍君と夏虎君の周りに数人の子ども達がいるのに気が付きました。着物姿やデザインの古い洋服と、服装は色々だけれど、共通しているのは皆半透明で湯気みたいにユラユラしています。秋君が私の腕からストンと下りて、子ども達の足元をクンクンと嗅ぎ始めました。
「トイレから戻ってきたら、そこに居たんだよ」
このお家のおトイレは外にあって、出てすぐ隣にの小さな小屋がそうでした。
夏虎君が、すぐ隣に立っている着物姿の男の子の頭を撫でました。
「何を聞いても、何も答えないんだよな」
「状況から判断すれば、山姥に食べられた子ども達の幽霊だろうね」
冬龍君がしゃがんで女の子の顔を見ると、その子はニッコリと微笑みました。
「君は、可哀そうな子だったのかい?」
ちょっと悲しそうなお顔で、冬龍君が聞きます。
お婆さんが言っていた。お婆さんが食べるのは可哀そうな子で、哀れな子で、『愛に飢えた子』だって。
「食べられて、こんないい笑顔してるなんてな… 戦、口減らし、飢饉、流行病、家族や友達を無くして他に行く所が無くて、生きる術も少なくて、苦しい事ばかりで…山姥は救済だったのかもしれないな。」
夏虎君がそう呟くと冬龍君が小さく頷きました。
もしそうだとしたら、お婆さんはこの子達の最期にどんな愛情を与えてあげたんだろう?皆、とっても穏やかなお顔… でも、それなら、さっきのお婆さんは? 私の見間違い?
「あのね、今ね…」
私の頭の中だけじゃ処理できないから、今さっき覗き見たことを二人に伝えました。
「オレと冬龍、どっちが鍋でどっちが焼かれるのかな?」
伝え終わった後の第一声が、夏虎君のこの言葉でした。
「私、お刺身だって」
「和桜ちゃん、お肉あんまりついてないからさ、刺身と言うよりはそのままバリバリ食べる方が美味しいかもね」
茶化すようにニヒニヒ笑いながら夏虎君が言うと、すかさず冬龍君がその頭を思いっきり叩きました。いつもの突っ込みだろうけれど、いつもの突っ込みの何倍も力強いなぁ。
「バカな事言っていないで、逃げる算段をつけるよ」
… 逃げる方法かぁ。
日帰りのつもりだったから、お姉ちゃん達、心配しているよね?
胸元から、四つ葉のクローバーが刺繍された白いお守り袋を取り出して、中に入れているガラスのカエルちゃんを取り出しました。ポケットに入れておくより、ブラの中の方が落とさないと思って。
「ん? これ、気になるの?」
すると、冬龍君と夏虎君の周りにいた子ども達が、私の周りに集まりました。皆、私の手の中にある、小さな小さなガラスのカエルちゃんを見つめています。
「カエルちゃんのお守りなの。『無事にカエル』て願いが込められていて…」
子ども達に説明をしながら思いました。
「ねぇ、冬龍君、夏虎君。この子達は、どこに還るんだろう? ずっと、この場所にいるのかな? 生まれ変わって、たくさんの愛情を貰って、愛情を与えて…って、出来ないのかな?」
穏やかなお顔はしているけれど、ずっとここに居なきゃいけないのかな? ここは静かで寂しくて… 抱きしめてくれる人は居ないよ。抱きしめてあげたくても、抱きしめてあげられない。
そんな事を思ったら、なぜか悲しくなってきました。一番近い子の手を触ろうとしても、伸ばした私の手は空を撫でるだけ。子ども達の頭を撫でてあげようとしても、抱きしめてあげたくても、ユラユラする湯気をかき混ぜるだけ。
「和桜ちゃん」
いつの間にか、涙が零れていました。冬龍君が優しく私の頬に流れる涙を、大きな手で拭いてくれました。
「私は、愛される温かさを知っているよ。お姉ちゃんや冬龍君達が、私を大切にしてくれているから。それがどんなに温かくて幸せか… この子達にもその温かさを教えてあげたい。けれど、ずっとここに居たら…」
ポロポロ涙が零れます。ポロポロポロポロ零れて、ガラスのカエルちゃんの上にも落ちました。
「ユウさんなら、何か方法を知っているかもしれないけれど…」
「んじゃ、ユウさん家まで、連れて行っちゃおうか?」
困った顔の冬龍君と、名案を思い付いたと言わんばかりの夏虎君。私はそんな二人を見ながら、涙で濡らしたカエルちゃんを洋服の端で拭こうとしました。
「あ…」
カエルちゃんはガラスで出来ているから、硬いんです。けれど、薄いシャツの上から触ったカエルちゃんは… フニンと、とっても柔らかくなっていました。
「「あ…」」
カエルちゃんは、ガラスで出来ていたんです。けれど、私の手の平で大きく跳ねたカエルちゃんは、どう見ても生ものでした。リズミカルに、ピョンピョンと跳ねています。
「ケロケロ」
今度は、鳴き声まで。
「カエルさん」
「ケロ!」
子どもの1人が嬉しそうに声を出すと、ガラスだったカエルちゃんはひときわ大きく跳ねました。そして、私の手に着地することなく空中を蹴って、どんどんと上へ上へと上がっていきます。
「ケロケロ」
ひと蹴りする度にひと鳴き。すると、子ども達の体が少し浮きました。
「ケロケロ」
ひと蹴りする度にひと鳴き。どんどん子ども達の体が浮いて、空中を跳ね上がっていくカエルちゃんの後を付いて行きます。天井にぶつかるかと思ったんですけれど、その前に、カエルちゃんと一緒にフワッと消えちゃいました。
最後の一人、小さな着物姿の男の子は、消える前に私達を振り帰って、大きく手を振ってくれました。とっても素敵な笑顔で。




