21・クレマチスの妖精達がみたもの
21・クレマチスの妖精達がみたもの
プリムラ君が奏でるフルートの音色に乗って、校舎の方から慌てた先生の声が聞こえました。
「誰だー、窓ガラス割ったのは!」
お日様の光に照らされて、ケット・シーちゃんの黒に近い深緑色の毛並みがフカフカしているのをポ~っと見ていた私は、その声にハッと思い出しました。
鍵、鍵を探さなきゃ。
「ミエルちゃん、校舎側は私が探すね。虫さん達が、ガラスの破片で怪我しちゃったら大変だから」
「ナオも、怪我しないでね」
2階と3階の窓ガラスが1枚づつ割れちゃっているので、気を付けないと。割れた窓は、ちょうどクレマチスの鉢辺り。
ガラスの破片のお片付けしておかないと、中庭のお世話をしてくれている方もお怪我しちゃいますもんね。
フルートの音色を聞きながら、ガラスに気を付けながらクレマチスのツルや葉をそぉ~っと動かしたり覗いたりして、鍵を探します。でも、見つけかるのはガラスの破片ばかり。萼片の間から、咢と同じ淡い青紫色の瞳と髪をしたクレマチスの妖精さんが心配そうに見ています。蝶々さん達も私の上の方を探してくれていて、たまに耳元まで下りて来ては小さな声で「気を付けて」と声をかけてくれます。
クレマチスは花弁が無いんですよね。花弁のように大きく開いているのは咢なんです。紫陽花みたいでしょ?
「白川さんの周り、蝶がたくさん飛んでいて、物語のお姫様みたい」
「一人で何してるの? 手伝おうか?」
咲き誇っている紫のクレマチスは全部で八鉢。咢はもちろん、四方に伸びたツルや葉を傷つけない様にと、慎重に鍵を探しながらガラスの破片を集めていた私に、見覚えのない女の子二人が声をかけてくれました。
「窓ガラスが割れて、ガラスの破片が落ちて来たから、お掃除しているの。このままだと、クレマチスが傷ついちゃうから」
「へー、この花、クレマチスっていうんだ」
「綺麗な紫だね」
二人はクレマチスに興味を持ってくれたのか、マジマジとお顔を近づけて観察を始めたので、私はついつい…
「クレマチスは日本では『鉄仙』とか『風車』とも呼ばれていて、つる性植物なの。種類が2000~3000もあって品種がとっても多くて、お花の色も紫以外にもいっぱいあるんだよ。クレマチスはだいたい春から初夏に咲くの。けれど、冬から早春にかけて咲く種類もあるんだけれど、共通しているのは日当たりと風通しのいい場所が好きで、日当たりが悪いところが嫌いなのね。お花が咲く時期も色々あって、4月に咲くクレマチスは、この時期にだけ咲く春咲きのほかにも、次々に花を咲かせる四季咲きタイプもあるんだけれど30℃を超える猛暑の夏や寒い冬は咲かないんだよね。四季咲きクレマチスは…」
「もういいわ。うん、すっごく勉強になったわ」
大小のガラスの破片をそっと取りながら、説明に少しだけ熱が入っちゃいました。気が付くと二人は私の少し後ろまで下がっていました。
「うん、お腹いっぱい」
「あ、足元、気を付けてね」
さらに後ずさりする二人の足元に、ネズミさんを発見しました。この子も、鍵を探してくれているのかな?
「足元… キャー!!」
「ちょっ… よく見たら、虫もいっぱいいるじゃん!!」
「やだやだやだやだ! 帰る帰る」
二人は足元のネズミさんどころか、自分たちの周りに虫さん達が沢山いるのに気が付いて、涙ぐみながら小走りに中庭から出ていきました。
「そう言う所、トウリュウとそっくり、さすが従兄妹ね」
その速さに、ちょっと驚いて動かないで見ているだけの私に、ミエルちゃんがパタパタと飛んで来て呟きました。
「葉やツルをよく見て。切れていたり潰れて汁が出ていたら、触っちゃダメだよ。かぶれたり皮膚炎を起こすことがあるからね。ちなみに、汁の主成分はプロトアネモニンという毒性のある物なんだけれど、薬草としても使われているよ」
ジャージ姿の冬龍君が来ました。手には年季の入ったバケツを持っています。
「拾った窓ガラスはここに入れて、用務員室に持っていけばいいって、梅兄さんが。
素手は止めてね」
冬龍君は少し呆れたように言いながら、バケツの中から軍手を出してくれました。さすが、準備万端です。
冬龍君が持って来てくれたバケツに、大小たくさんのガラスの破片が溜まった頃には、プリムラ君のフルートの音色は終わっていました。
「切れちゃった所はない? ガラスが刺さっていたりしない? 痛い所は?」
冬龍君が来てくれたから、倍以上の速さでクレマチスのガラスを取ることが出来ました。最初は不安そうに私を見守っていたクレマチスの妖精さん達は、今ではニコニコしながら私達の周りを2枚の羽根でフワフワと飛んでいます。その子達に聞くと、ニコニコしたまま頷いていました。
「大丈夫そうだね」
クレマチスの妖精さん達の様子を見て、冬龍君も安心しているみたい。
「白川君!」
あ、片桐先輩。ジャージ姿の片桐先輩は、とっても慌てて私達の所まで走ってきました。
「温室の手入れをしていたら、割れた窓ガラスが中庭に落ちたって聞いて… 二人で片付けてくれたのですか?!
ありがとう、ありがとう!」
片桐先輩は、冬龍君と私の足元に置いてあるガラス破片の入ったバケツを見て、ペコペコ頭を下げます。そんな片桐先輩の周りを、ニコニコ顔のクレマチスの妖精さん達が飛んでいます。他のお花の妖精さん達も、お顔をヒョコヒョコ出して先輩を見ています。
先輩、一生懸命お手入れしているから、妖精さん達に好かれているんですね。
「たまたま、居合わせただけなんです。 早めにお片付け出来れば、クレマチスも傷がつかないんじゃないかと思っただけなんです」
「とっても助かりました、ありがとう。
… でも白川君、中庭で何かしようとしていたんですか? ジャージ姿だから、土いじり? 何か植えたい花でも?」
お顔を上げた片桐先輩は、私と冬龍君の格好を見て首を傾げました。
「いえ、とっても小さいモノを落としちゃって。昨日の雨で地面がグチャグチャだから、制服を汚したくなかったんです」
「探し物?」
頷いた私の視界の隅、先輩の足元に小さな小さなダンゴムシさんが見えました。とっても小さいのに気が付いたのは、体が金色に光っていたから。そのダンゴムシさんが、先輩の左靴の周りをクルクル回っています。それが気になって…
「先輩、靴を見せてもらってもいいですか? 左側の方です」
思わずお願いしちゃいました。
「あ、どうぞ」
先輩は嫌がる素振りも無く、左側の靴を差し出してくれました。右足の上に靴下の左足を置いた格好で。でも、それを受け取ったのは、横から手を出した冬龍君でした。
「… 先輩、ありがとうございます」
冬龍君が靴底の溝から、泥の塊を取り出しました。それを手にしたまま、靴を片桐先輩に返します。
「あ、うん。靴がどうかした?」
「いえ。特に何もないです」
スッと、先輩の足元に靴を置く冬龍君。先輩は不思議そうな表情で、靴を履きました。
「先輩、中庭の片付けは終わりましたから、温室に戻られて大丈夫ですよ」
冬龍君の言葉に、片桐先輩は少し寂しそうに頷きました。
先輩、中庭のお花を心配して慌てて来てくれたのに… 何だか申し訳ないな。
「片桐先輩、来週から仮入部よろしくお願いします。僕と和桜ちゃん、仮入部します」
冬龍君も同じことを思ったのかな? しょんぼりと肩を落として歩き始めた片桐先輩の背中に向かって、冬龍君が頭を下げました。
「本当? それは、本当かい?!」
途端に、片桐先輩は背筋をピンと伸ばして、私達の方を振り返りました。真ん丸眼鏡をキラキラ輝かせながら。
「本当です。来週からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。じゃぁ、来週までにやりたい事を考えておいてね」
ちょっと前とは正反対に、片桐先輩は足取りも軽くスキップをしながら温室に戻って行きました。とってもリズミカルで、羽根でも生えているかのように軽やかです。
先輩、スキップがとっても上手!
「鍵、見つかったよ」
そんな先輩のスキップに感心している私の目の前に、冬龍君は大きな手の平を見せてくれました。そこには、泥で汚れた小さな小さな鍵がありました。その鍵は白くて透明だから、まるで泥がキラキラと輝いているようでした。そして、クレマチスの妖精さんが、小さな手で泥を拭いてくれていました。




