99(書籍発売お礼SS)
朝。
エメロード国の聳え立つ白亜の王城。
第二王子とその妃の暮らす、プライベートな区画。
寝室の豪奢なベッドの中で目覚めると、いつもセシアは長い腕に抱きしめられている。
最初の頃は、誰かと同じベッドに入ることすら違和感があってなかなか寝付けなかったが、今となってはこのぬくもりがなくては少し肌寒く感じてしまうまでに、なってしまった。
「……でも腕は重い」
よいしょ、と長い腕を除けて、彼女は身を起こす。
その動きの所為で上掛けが捲れ、寒く感じたらしい腕の持ち主は眠ったままセシアの腰に抱き着くようにして身を丸めた。
燃えるような赤い髪の、セシアの夫。マーカス第二王子殿下。
まさか平民で、身よりがなく、捨て猫みたいだったセシアが王子様と結婚するなんて、セシア自身を含め誰も考えていなかっただろう。
今でも時々信じられない。
初めて好きになった人と、ずっと一緒にいられるなんて。
手櫛で髪を整えながら、簡単に三つ編みに結う。まだ起きるには早い時間で、支度を手伝ってくれるメイド達はまたここには来ない。つい、これまでの癖で自分で身繕いをしてしまうのだ。
それが、セシアだ。
「……これが夢なら、早めに醒めないと」
長く幸せを味わってしまっては、起きた後の落胆が大きくなる。
セシアがそう呟くと、下から吹き出す音が聞こえた。
「……狸寝入りなんて趣味が悪い」
「寝てたさ。おはようのキスを待ってたんだ」
「いつも言ってるでしょ、そんな甘ったるい習慣を私に期待しないで」
寝起きの残滓を感じさせない、軽やかな動きで身を起こしたマーカスはふんわりと笑いながら、胡坐を掻いた自分の膝の間にセシアを連れ込む。
ぎゅう、と背後から彼に抱きしめられて、セシアは俯いた。夢なら醒めないで欲しい、そんな風に考えられる程、ロマンチックな思考を持っていればよかった。
照れくさくて可愛くないことばかり言ってしまうし、言ったそばから、その所為で嫌われたらどうしよう、と不安がつき纏う。
これが幸福な夢ならば、目が醒めた後もセシアはマーカスの部下として彼の傍にいることが出来る。
でも現実ならば、彼に嫌われて離縁でもされたら、二度と傍にはいられない。
だったら、夢なら早く醒めてしまいたい。
「俺の妃は、悲観主義で幸福に慣れていない」
ちゅっ、と音をたてて顎の下にキスをされ、セシアは不意打ちに目を丸くする。
「……悪い方に考える癖がついてるのよ」
「奇遇だな、俺は物事を良い方に考える癖がある」
快活に笑って、マーカスはセシアの瞳を覗き込む。純度の高い翡翠のような瞳は、いつ見ても吸い込まれてしまいそうな程、綺麗だ。
「任せろ、セシア。俺がお前に幸せを届け続けよう。お前が、幸せを信じられるようになるまで、なってもずっと」
「……」
「だから、俺の幸せはお前が届けてくれ」
マーカスが言うと、不思議といいアイデアに聞こえてしまうのだから、大概セシアもロマンチックな思考に侵されつつある。あるいは、惚れた欲目とでも言おうか。
「……どうやって」
「さしあたって、おはようのキスはセシアからしてくれ」
ニヤリと笑って言われて、結局自分の要求を貫く悪童に、セシアは音をたててキスをした。




