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メイヴィスは慄くが、セシアは無視して縛られた脚の縄を、こちらはきちんと解いて外す。
窓には板が打ち付けられていて外を窺うことは出来ないし、出入り出来るのは扉だけ。
窓の板を外して出ることも考えたが、ここがどこなのか分からないまま窓からメイヴィスを連れて出るのはリスキーだ。
「……メイヴィス様。馬車に乗っていた時間はどれぐらいでした?」
「え?ええと……確か」
時間を聞いて、セシアは馬車でその時間走ったならば、王都近郊だな、と当たりをつける。
メイヴィスの縄も解いてやって、セシアは部屋のあちこちを調べ始めた。
ドアに触れると、石壁と建付けの悪い木製扉の間には僅かに隙間があり、そこから視野は狭いながらも部屋の外が見えた。
暗い廊下が続いているようで、人の気配はない。セシアとメイヴィスの両方を縛って閉じ込めておいたので見張りも不要だと思われたのか、人手が足りないのか、もしくはもっと別の理由があるのか。
「外に出ていいものかどうか……」
彼女が悩んで唸ると、縛られていた腕を擦っているメイヴィスが不思議そうに首を傾げた。
「あら、どうして?あなたは魔法が得意なんでしょう、誘拐犯達に出くわしてもやっつけちゃえばいいじゃない」
簡単に言われて、どう説明したものか、セシアは悩む。
「王女様。私は多少小手先の魔法は得意ですが、戦闘訓練を受けた兵士でもなんでもない、ただの文官なんです。それは、剣を持っているのだから、戦場で活躍出来るでしょう、と言われているようなものですよ」
「あ……わたくしはまた間違ったのね、ごめんなさい……」
しゅん、と項垂れるメイヴィスに、セシアは苦笑を浮かべる。あまりにメイヴィスが素直なので、セシアは調子が狂いっぱなしだ。
「構いません。ほら、今度は間違えないように、気を取り直していきましょう」
「……ええ。ありがとう……あなたは、素敵な人ねセシア」
メイヴィスはぎこちなく笑う。
セシアは驚いて目を丸くした。
「……そんなこと、初めて言われました」
「そうなの?あなたは寛大で、思慮深く、優しい人なのだと思ったけど……」
「褒めすぎですよ」
恥ずかしげもなくそういう王女に、セシアの方が赤面する。それを見て、メイヴィスの方もようやく笑顔からぎこちなさが消えた。
「でも、まぁ。縛って転がしておいた、ということは今すぐ殺す為に誘拐したわけではないようですし、近くに見張りもいないので出て見ましょう」
行動あるのみ!とセシアは扉に触れる。
鍵は外側に閂で掛けられているだけだったので、それを魔法で持ち上げて開錠した。
「……器用ね!」
「それは、よく言われます」
セシアはつい、ニヤッと笑ってしまった。
扉をそっ、と開いて、廊下の様子を窺う。
薄暗い廊下は人気がなく、シンとしている。誰にも会いませんように、と祈りながら、セシアはメイヴィスと共にそろそろと廊下を歩き始めた。
設えから予想するに、ここは資材などを置いておく為の倉庫の一つだと考えられる。
二人が閉じ込められていたのが、一番奥の部屋だった為出口に向かう方向を間違えなくていいのは助かるが、逆に言えば犯人達と鉢合わせする可能性も高まるのが恐ろしい。
「……なるべく頑張りますけど、いざって時は私を置いて逃げてくださいね、殿下」
小さな声でセシアが言うと、メイヴィスは首を横に振る。
「…………どちらかが逃げて、助けを呼ぶ方が助かる確率は上がります」
「その場合、侍女だと思われているあなたが残るより、王女だと知られているらしいわたくしが残る方が、生存率は高いんじゃないかしら」
恐らく王女は、殺されない。交渉の材料だからだ。
引いてくれる様子がない頑固なお姫様に、セシアは肩を竦める。これで王女だけを逃がす道は絶たれてしまった。
「……あなたがもっと馬鹿ならよかったのになぁ」
「お生憎様」
メイヴィスは口調だけはツン、としているが、まるで一人では逃げない、とばかりにセシアの手を握ってくる。
「……」
セシアも無言で、その小さな手を握り返した。
廊下を歩いていると、ようやく曲がり角に当たる。左右に廊下は続いていて、次にどちらに向かえばいいのか迷った。両側に部屋がある中廊下なので、窓もなく小さな常夜灯のみが灯りとして機能している状態だ。
と、メイヴィスがセシアの腕を引く。
「セシア、あの部屋、声がしない?」
小声で言われて、セシアも頷いた。
また二人でそろそろと該当の部屋に近づき、様子を窺う。
彼女達が閉じ込められていた部屋と同じような扉で、やはり同じ様な閂が外から掛かっていた。
「んー……」
扉にそっと触れると、これまた同じように僅かに隙間が出来たので恐る恐る中を覗くと、そこには複数の女性が後ろ手に縛られて座っているのが見える。
「……女性?」
メイヴィスもセシアの後に続いて覗き込んで、首を傾げた。
「どうするの、セシア」
「どうって……縛られてるんだから、犯人ってことはないですよね……同じように誘拐されてきた人達でしょうか」
セシアはしばし、悩む。が、彼女は判断材料がない、ならば良心に従うまでだ。
「見て見ぬフリは出来ません、解放しましょう……あと、一応情報が得られるかも」
閂を抜いて、セシアはゆっくりと扉を開く。
中にいた女性達は、扉が開いたことに怯えた様子を見せたが、現れたのが若い女二人だったので不安そうに視線を彷徨わせた。ぐるりと見回して、セシアは口元に指を立てて小さな声で囁く。
「騒がないでください。皆さんは誘拐されてここに来たんですよね?」
聞くと、彼女達はまばらに頷いた。
「……助けに来てくれたの?」
誰かが言い、空気が一気に明るくなるが、ここで嘘はつけないのでセシアは首を横に振った。
「残念ながら、我々も誘拐されてきた側です。ただ、鍵を開けて逃げてきたので、皆さんのことも解放します」
言って、セシアは手近な人の縄を解いてやった。
「隣の人の縄を解いてあげてね」
言い置いて、次々女性達を解放していく。解放された者も、順に傍の者の縄を解いていったので、さほど時間がかかることなく全員の縄を解くことが出来た。
「誘拐犯の人数とか、彼らの目的とか何か聞いた人っている?」
セシアが聞くと、彼女達は顔を見合わせつつ首を横に振る。皆、セシア達同様、突然誘拐されたようだ。
しかし若い女性ばかり、貴族の令嬢ならば家族が捜索するので大事になり、失踪が明るみに出るが、どうやら見たところここにいるのは平民の、それも貧しい暮らしをしている女性ばかりのようだ。
これでは、失踪したことに気付かれていない者もいるかもしれない。
考えつつ、もう一度確かめるようにぐるりと女性達の顔を見回したセシアは、奥に赤毛に翡翠色の瞳の女性を見つけてぴたり、と静止した。
「!」
そこに、他の被害者の女性同様大人しく座っていたのは、紛れもなく見慣れた親友・マリアで、彼女は皆にバレないようにぱっちりとウインクをしてみせる。
何やら面倒な気配がしてきて、セシアはうんざりとしつつ溜息を口の中で噛み殺した。