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 ぎし、と僅かに床が軋む音でマーカスは目覚めた。

 静かに瞼を開き、目だけで周囲を確認する。木造の床と壁、扉が一つ、少し高い位置にある窓。そしてゆっくりとした定期的な揺れ。


「……」

 マーカスが警戒しつつ身を起こすと、ジュリエットが悠然と椅子に座って彼の様子を窺っていた。

「こんな形での招待になってしまって本当に残念ですわ、マーカス様」

 ジュリエットは情感たっぷりに嘆いてみせた。その芝居がかった様子に、思わず彼は鼻で笑う。


「わたくしの侍女達が失礼をいたしました」

「一番失礼を働いているのは、あなた自身だと思うがな」

 彼はガチャン、と両腕を纏めて拘束している魔法錠を鳴らしてみせる。丁寧に両足にも付けられていてその罪人のような扱いは、高貴な生まれであるマーカスには想像以上に屈辱的なことだった。


「あら、だって……こうしておかないと、マーカス様は大暴れなさるでしょう?」

「自分が無礼だからと言って、相手まで自分のルールを適用するのはいかがなものかな?……とはいえ確かに招待された覚えのない船に乗せられている以上、大人しくしているわけにもいかないが」

 定期的な揺れは、波によって船体がゆっくりと動いている所為だ。まだ出航していないことと、揺れによってどの程度のサイズの船なのかに見当をつける。


 マーカスが翡翠色の瞳に怒りを込めて彼女を睨みつけると、ジュリエットは眉を顰めた。

「こんな無様な状況が、わたくしの計画だとは思わないでいただきたいわ」

「…………侍女の勝手な行動の所為だと?」

 ぴく、とマーカスの片眉が上がる。

「ええ。まさか留守番ひとつまともに出来ない、揃いも揃って役立たずばかりだとは思いませんでした」

 ツン、とジュリエットは不貞腐れたように顔を背けた。

 よほど腹立たしいのか、この状況がイレギュラーであることをマーカスに吐露してしまっている。

 ここまではずっとジュリエットの手の内だった。王城の部屋から抜け出していたということは、既に内通者の正体がバレていることを想定して動いていたのだ。


 しかしマーカスが強引に部屋を訪ねてきたことは想定外で、侍女達が動揺して彼を殺そうとしてしまったことはもっとあり得ないハプニングだったようだ。

 確かにマーカスがこんな立場でなかったら、ジュリエットに同情してやりたいぐらい愚かな失態だ。


 彼女がどれほど知略を巡らせようと、部下を捨て駒のように考えている以上その部下は愚かなままであり、計画はそこから綻びが生じる。

 これまでジュリエットが他者に任せていた犯罪組織を、マーカスが自慢の部下達と検挙してきたように。


 マーカスはその延長で、セシアのことを考えた。

 セシア。彼女はこの一年で本当に努力して、目覚ましい成長を遂げていた。女性として彼女を愛する気持ちは勿論あるが、立派に成長した弟子を誇らしく思う気持ちも強い。

 乾燥魔法すら苦手だった彼女が、今ならば王城付き魔法使いともいい勝負をするのではないだろうか?もしくは騎士団からスカウトが来たらきちんと断るように言っておかなければ。


「何を笑っていらっしゃるの?この状況を理解出来ていないのかしら」

 僅かに口角の上がったマーカスを見て、ジュリエットは鋭く指摘する。

 実際ジュリエットはかなり苛立っていた。計画は変更を余儀なくされていて、それはいつもマーカスの所為だ。

 これまで時間と金を費やした準備を考えれば、大きな計画とはいえ十分実行可能だと彼女は踏んでいたが、悉くマーカスに邪魔をされている。

 彼は、ジュリエットの計画の要であると同時に最大の障害でもあった。


「……俺も非常に残念だ。貴女と俺の婚姻はグウィルト、エメロード両国にとっていい取引だと思っていたのに、このようなことをされるとはな」

「あら、では当てが外れましたわね。元々エメロードにとって有益なことなど一つもない婚姻でしたのよ、わたくしはこの国を我が故国の属国にするつもりですもの」

 ジュリエットはにっこりと微笑む。少女のような淡いピンクの口紅は、彼女の肌の色には似合っておらずマーカスは内心で唾棄した。

 ジュリエットのような毒婦の唇には、もっと禍々しい赤色がお似合いだ。


「夫であるあなたを王に据えて」

 言われた言葉に、マーカスは眩暈がする。


 ジュリエットの計画とは、マーカスを王に据え実質的なグウィルトの属国にすることだったのだ。


「馬鹿な……仮に王一人を掌握したところで、この国は法治国家だぞ。そうそう好きに出来るわけがないだろう」

 マーカスは唸るように言う。

 エメロードの王位継承は盤石だ。

 誰もが認める王太子、サポートの得意な第二王子、まだ年若い第三王子。

 美しい王女達もそれぞれ政略結婚をするだろうし、この先の未来を疑う国民はいないだろう。


 それでも時折、側妃の子であるマーカスに王位をチラつかせてくる愚かな者がいる。彼らは、ジュリエットと同じくマーカスを通じて国を牛耳りたいと浅はかな夢想をしているのだ。

 王は民の為にある機構であり、誰か一人の私利私欲の為のものではない。王の椅子は、一番偉い場所ではなく一番責任の重い場所なのだ。

 マーカスの、ジュリエットの浅はかさを責めるような瞳を眺めて、彼女はフッと笑う。


「では、わたくしの国となった後にその仕組みを変えていけばよいのですわ」


 エメロードとグウィルトでは王の意味が違う。

 グウィルトの王はまさに神に等しい存在、一番偉い椅子に座っている者なのだ。だからこそ、ジュリエットはここに自分の国を築く為に来たし、マーカスの主張など弱者の意見にしか聞こえない。


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