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 結果的に、マーカスは議会の承認を得て正式にグウィルト王女、ジュリエットへの捜査の権限を得た。

 ロナルドを見捨てる、という考えが少数派であったのはせめてもの救いだろう。あとは消極的な考えの者の数人。大概は睨みを利かす王太子の顔色を窺った者の票だが、中には確かにグウィルトとの国交が険悪になったとしても、王子を奪還すべく強気の姿勢で挑むべきだ、と発言した者もいた。


 エメロードは自国の生産よりも、港を使用しての他国との貿易で栄えている国だ。

 あちこちの国の旗色を窺うのが、既に習いになってしまっているところがある。ヤンチャに動くのは第二王子の役目で、この後視覚化された膿を取り除くのは王太子の仕事だろう。

 面倒なことばかり兄に任せて申し訳ない気持ちと、動けない代わりに息子の救出を頼まれたことによる鼓舞がマーカスの胸の中でマーブルを描き、それを燃料として彼は前に進んだ。




 セシアがジュリエットに暴行しようとして失敗し、城から逃走したという情報は来賓の多く訪れているエメロード王城の中で秘密裏に、しかし恐ろしく早く流れた。

 表向きは来賓達にはいつも通りに接しながら、エメロード側の人間は下っ端使用人に至るまで、その情報を耳にしていた程だ。

 来賓の耳に入る前に早急な解決が望まれる。


「セシアが犯罪組織の内通者だなんて、あり得ません!!」

 ドンッ!と机を叩いてそう叫んだのは、フェリクスだ。

 どこをどう流れてそうなったのかは誰も把握していなかったが、噂が流れる内にセシアが一連の犯罪組織と内通していてこれまでずっと情報を提供していた、それがバレそうになってジュリエットを襲っただなんて、荒唐無稽かつ根も葉もない噂となって流れ着いていた。

 当然真の内通者であるアニタの情報操作だったが、彼女の正体を知らない二課の面々には寝耳に水だ。


 二課と警備部との合同会議で、採用の際にセシアの素行調査は完璧だったのか、と聞かれての返事である。議会の承認を得たことにより警備部との連携が取れるようになったのは有難いが、まずセシアを疑ってかかっていることには閉口した。


「しかし彼女はやたら事件に巻き込まれているし、自身が絡んでいたならばそれはおかしなことではないだろう」

 警備部の責任者の方はむしろ冷静で、セシアの挙動におかしな点はなかったのか、と二課の面々に訊ねた。


「確かにセシアは間が悪いし、一応考えてるけどその考えが浅いところはありますが」

「フェリクスさん、それ悪口です」

 ロイが控えめに言うとフェリクスは一旦口を閉じた。が、またすぐに開く。

「とにかく、あいつは正義感の強い人間です!国を裏切って、他国と内通するなんて器用な真似、出来るわけありません」

 ハッキリと言い切った彼に、二課の面々は同じ気持ちだった。


「……ですが、ジュリエット王女に暴行を加えようとしたのは、アニタの証言からも明らかです。内通者ではなかったとしても、日頃メイドとして辛く当たられていてその腹いせに……という可能性はありませんか」

 ない、とは言い切れない。

 先程と違い視線を泳がせるフェリクスに、マーカスは少しだけ笑った。

「殿下」

 レインが聞き咎めると、マーカスは悪びれた様子もなく首を横に振る。


「セシアは、俺の命令でジュリエット王女のメイドとして潜入していた。その職務を忘れ、私情で暴行に及ぼうと考える愚かな者は、俺の部下にはいない。見縊らないでもらおうか」


 静かな声だったが、心なしか部屋の温度が下がったかのようにその場にいた者には感じられた。

 警備部の責任者も額に汗を掻いてはいたが、それでもなんとか持ち直して捨てセリフのように溢す。

「……何が理由があるにせよ、証言がある以上セシアの素性は過去に遡って調べさせていただきます!」

 その言葉に、マーカスは鷹揚に頷く。徹頭徹尾頭の固い警備部には、彼らなりのやり方がある。それでは迅速に動けないものだから、マーカスは経理監査部二課、などというものを作ったのだ。

 しかし、ひとたび必要な手続きを経た警備部の働きは目を見張るものがある。今回のように相手が大きな存在とやり合う時は、地盤のしっかりした石頭軍団はとても有効だった。

 先陣は二課が切ればいいだけだ、あとの捕り物はしっかりと務めてもらうことにしよう。


 細かい打合せを済まし、どやどやと警備部が帰った後の二課室には沈黙が落ちていた。

 セシアの過去を調査していい、だなんて許可してよかったのだろうか、と彼女の過去を知るクリスは考える。勿論、セリーヌの代わりに学園に通っていたことは記録には残っていないだろうが、物事には万全、ということはないのだ。

 あの様子では、警備部はセシアの粗を血眼になって探すだろう。

 クリスは一抹の不安を抱きつつも、今はそれを気にしている余裕がないことに焦躁を募らせた。


「殿下、我々もセシアを探しに行った方がよいのでは?」

 キースが言うと、マーカスが返事をする前にレインが口を開く。

「ジュリエット王女の監視を怠るわけにはいかない。監視役のセシアを罠に掛けたということ自体が、彼女が犯罪組織と繋がっている証拠だ。問題は、どうやって罠に掛けたのか現時点で分かっていないことだ。警戒を怠るわけにはいかない」

 厳しい意見に、セシアと親しいフェリクスとロイは眉を顰めたが、実際警備部が彼女のことを探しているのだから、二課までそこに人員を費やすことは無駄とも言える。

 警備部よりも早くセシアを見つけられたとしても、ひとまず事情を聞く為に出頭させるしかないからだ。


 部屋に、何とも重い沈黙が落ちる。

 マーカスは、私情を抜きにしても執行官としてのセシアを信頼している。ジュリエットの罠に陥れられたとしても、大人しく逃げたりはしないだろう。

 彼女が戻って来るまでに、何かしらの進展を得ておきたかった。


 と、そこで二課室にノックの音が響く。

 資料室の一角にデスクを置いたり間仕切り壁を作って職場にしているこの部屋に、訪れる人は珍しい。面々に僅かに緊張が走ったがロイが扉を開けると、するりと中に入ってきた意外な人物に皆目を見張った。


「……メイ」

 マーカスの低い声が床に落ちる。

 地味なドレスを身に纏ってはいても、その燃えるような赤毛は人目を惹かざるえをえない。

 メイヴィス王女が、布に包まれた何かを持って、そこに立っていた。


「お兄様。お話があります」



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