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「うーん……とはいえ、私は本当に庶民育ちなので、褒賞って何が一般的なのかよく分からないというか……」
金一封、ぐらいが関の山で、それだって与える側が金額を決めるものだろう。
学費やその他掛かる費用などは奨学金と国の補助を申請して、なんとか生活していたが、基本的にセシアは未だロクな資産を持たないド平民なのだ、突然王子様に妥当な褒賞を望めと言われても、困る。
ちなみに奨学金は、学年首席をキープした為返金義務はなく、国の補助もクリスが調べに調べつくしてくれたおかげでほとんど返済する必要のない方法が取れた。そう思えば、感謝するのはセシアの方だ。
主に、クリスに。いや、命じたのはマーカスだが。
「それもそうか……例えば主だったものだと、領地、爵位、もしくは王城での仕官の位を上げるだとか、あー勇者とかになると王女を娶る、とかもあるよな」
「…………大それた例過ぎて全然参考になりません!」
青褪めてセシアが言うと、マーカスはニヤニヤと笑った。
「許せ、今のは救国の際の褒賞だ。さすがに王女はやれん」
「いただけません……!」
この悪童め!とセシアはマーカスは睨みつける。壁際に背を向けている為、護衛騎士にバレないので思いっきり。
「領地は言い過ぎだが、王都に小さな屋敷ぐらいなら可能だぞ?」
「うっそ!」
「セシア、言葉遣い」
素早くクリスの叱責が飛んできて、慌ててセシアは口に手を当てる。
「そんな高額なものをいただけるんですか……?」
「可能だ」
マーカスが鷹揚に頷くと、セシアの紫の瞳が輝く。
自分の、家。
幼くして両親を亡くし、伯父の家でほぼ無給のメイドとして搾取され続けてきたセシアにとって、温かな家庭は自分には手に入る筈もない、と最初から諦めてしまっている遠い夢だ。
家族ではないけれど、自分が必ず帰る場所、があれば彼女を常に意識的に、または無意識に苛む、この寄る辺の無さと離れることが出来るのだろうか?
いつか家族が出来たり、家族ではなかったとしても、親しい友達が遊びに来たり。
城の宿舎ではないのだから、動物を飼うことも出来るかもしれない。
近所の人と親しくなったり、馴染みの店が出来たり。
そういった、ごく普通の庶民の暮らしも、いつかセシアにも営むことが出来るのかもしれない。
その一歩として、小さな家をもらう、というのは何かとても素敵な提案のように思えた。
マーカスは小さな屋敷、と言ったので、セシアの想像するアパートよりもやや広い家、とはまた規模が違うのだが、ここにそれを指摘する者はいない。
「……家、はいいかもしれません」
セシアがぽつりと言うと、マーカスは我が意を得たり、とばかりに身を乗り出す。
「だろう?拠点を得るのはいいことだ。不動産はいざという時の資産としても使えるしな」
矢継ぎ早に彼女が好みそうな条件を述べて、マーカスは畳みかけた。提案が通りそうなことに機嫌を良くした彼は、さらにダメ押しをしようと顔を上げてセシアを見て、動きを止める。
セシアは、子供が嬉しくてたまらないのに、それを我慢する時のムズムズとした表情を浮かべていたのだ。
マーカスは驚く。本当に、彼にとっては大した褒賞ではないのだ。
王都とはいえ、様々な理由で屋敷や土地を手放す者は多く、それを国が管理することになるのはよくあることだ。
その土地や屋敷を、褒賞の一つとして功績を上げた者に与えることもよくあることで、受け取った者で既に自身の屋敷を持つ者などは、すぐにそれを売って金に換えてしまうことだって珍しくはない。
だというのに、セシアは本当に嬉しそうにしているのだ。
根無し草の捨て猫。
セシアを見て、マーカスがいつも思うのはそれだ。
彼女自身の努力と訓練の甲斐もあって、今や普段のセシアを見てそう感じる者は少ないだろう。
淑女教育も、文官としての所作も板についてきて、一見して孤児の平民にはとても見えない。
けれど、マーカスにとってはセシアはいつまでたっても痩せっぽっちで強がりの、全身で警戒している、可愛い捨て猫だ。
セシアが、マーカスの傍ではなかったとしても、他の誰かの隣であったとしても、幸せで笑っていられるようになればいい、とそれだけはずっと思っていた。
出来れば、自分の隣で笑ってくれていればもっといい、と最近気づいてしまったのが困りものなのだが。
今ならまだ引き返すことは可能だ。
それでも、セシアを友として大切に思うことは矛盾しない。
マーカスは友情の範囲内において、彼女を大切に思い見守ることを自分に許した。
「……どうする?屋敷が褒賞でいいのならば、いくつか良さそうな物件を見繕うが」
彼がそう言うと、セシアは慌てて顔を上げる。
美味い話には罠があったのを思い出したのだ。つい最近。この悪童主導で。
「…………よく考えさせてください」
セシアが声を絞り出すと、マーカスはすぐに彼女の懸念に気付いたようで快活に笑った。
「相変わらず慎重なことだ。良い良い、別に期限はないんだから、じっくり悩め」
わざわざ催促に呼び出した男の言葉とは思えない。セシアは彼をキッ!と睨んだが、存外柔らかな視線とかち合って、身の内が震えた。
唐突に、先日のメイヴィスの問いへの自身の答えが蘇る。
メイヴィスに、好ましいと思う男性は?と尋ねられて、セシアはものすごく真剣に考えたのだ。
考えて考えて、そして出た答えは、王女殿下にお聞かせするには不釣り合いな言葉。
「私にはもう家族がいないので、家族を大切にしている方がいいです」
セシアがそう言うと、まるでメイヴィスは自分が傷つけられたかのように辛そうな表情を浮かべた。
それから、小さく温かな手がセシアのそれを握ってくれる。小さなぬくもりに勇気をもらって、彼女は言葉を続けた。
「あとは……徹底抗戦、というのは、家族がおらず、他に頼るもののなかった私の信条です。逆境に負けず、屈さずに生きる為の、意地を張る為の、言葉でもありました」
「あなたは意地っ張りだものね」
メイヴィスの瞳が柔らかく笑む。
セシアは少し恥ずかしくなったが、話し始めてしまったのだから、最後まで伝えなければ王女の問いへの答えにはなれない。
「はい……そんな私なので……少し離れたところで、私のことを見守ってくれている人がいいです。私はやっぱり自分のことは自分で戦って、勝ち取っていきたい。でも挫けそうな時、諦めてしまいそうな時に……」
「助けて欲しいわけじゃないんです、そっと背中を押して欲しい。大丈夫だから、頑張れ、って、絶対に味方でいて欲しい。……そんな人を、好ましく思います」
自分の中に、ストンと降りてきた素直な気持ち。
婚約者選びに悩む可憐な王女にはきっと、何のアドバイスにもならない。
それでも、セシアはそれを口にしている時、不思議と満ち足りた気持ちだった。
話している時に、浮かんだ人がいたから。
びっくりするぐらい優しい、翡翠色の瞳。
目じりが僅かに下がり、よく見ようとする時に研ぎ澄まされたように視線が鋭くなるのは、マリアと同じだ。
信頼している部下を見る時、大切な妹を見る時、そのどれでもない、セシアを見る時の不思議な瞳の煌めき。
その柔らかな輝きが、セシアは大好きだった。
ずっと。
前から。
「セシア?とりあえず、屋敷を探しておくからな。受けとるかどうかはまた考えてもいいが……」
屈託なく楽し気に笑うマーカスを見て、セシアは他のことに気を取られた様子でこくりと頷いた。
「……大丈夫か?」
「だい、大丈夫です……」
いつの間にか、セシアの顔は真っ赤になっていて、マーカスは驚く。
「いや、大丈夫じゃないだろう。医師を呼ぶぞ」
「だい、じょうぶ!本当に大丈夫ですからっ!」
慌ててセシアは手を振って、彼を止めた。こんなことで医者に診られてはたまらない。
メイヴィスにあんな話をするんじゃなかった。きっと参考にならなかったし、共感も出来なかっただろう。
何より言わなければ、自分の気持ちを真正面から見つめなくて済んだのに。
「本当か?お前はすぐになんでもない、大丈夫、て言って後でぶっ倒れるタイプだからな……」
ブツブツと口では文句を言いながら、マーカスの翡翠色の瞳は心配そうにセシアを見つめている。そのことにたまらなくなって、彼女は視線を逸らした。
この王子様が、好きだ。
気付いた瞬間、失恋決定だなんて、やっぱり自分はツいてない。




