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【書籍化】悪童王子と捨て猫~ワケあって、王子の推薦で執行官やってます~  作者: 林檎


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23

 



「呼びたてて悪いな、セシア」

「いえ……」




 冷や汗をだらだらを流しながら、セシアは上等な絨毯の上に立っていた。

 最近すっかり忘れ気味だったが、メイヴィスはこの国に二人しかいない王女殿下であり、目の前にるマーカスはこの国で上から数えた方が早い存在、王位継承権第二位の王子殿下なのだ。


 第二王子の執務室に呼び出されたセシアは、初めて入る執務室の豪華さに眩暈がしそうだ。

 壁際には護衛の騎士が、マーカスの座る豪奢な椅子の後ろには彼の執事のクリスが立っている。


 そして大きな窓を背に、こちらを向いて座っているマーカスは、

「呼び出しておいて悪いんだが、少しそちらに掛けて待っていてくれ。急ぎの書類が来てしまってな」

 などと言って気安くソファを指す。


 それを聞いて、言葉通り大人しく座って待つべきなのか、末端の末端文官の身であるセシアは立ったまま待つべきなのか判断がつかなくて、思わず助けを求めるようにクリスを見てしまった。

 既に見慣れた銀髪に青い瞳の青年は、捨てられた子猫さながらのセシアの顔を見て、僅かに眉を顰める。

「セシア。殿下の命です、座って待ちなさい」

「は、はいっ!」

 お許しが出たことにホッとして、セシアはソファの隅っこに座った。


 今度はそれを見て、マーカスが眉を寄せる。

「なんでお前の言うことは聞くんだ?」

「セシアは”王子殿下”にお言葉をもらうことなど滅多にない身ですから、勝手が分からなかったのでしょう」


 セシアに最も近しいのはマリアだが、セシアの認識ではマリアとマーカスは別人だ。

 また経理監査部の課長としてのマーカスも王子には違いないのだが、上司と部下、師と弟子、という関係なので親しいながらも一線引いた関係ではある。

 そして第二王子殿下のマーカス、ともなればセシアにとっては雲の上の尊き人、廊下ですれ違う際にはただただ首を垂れて彼が通り過ぎるのを待つ身なのだ。


「ふむ……」

 マーカスは唇が尖ってしまわないように、顎に手をやって溜息を飲み込んだ。

 彼にとっては、セシアは4年以上の付き合いだ。最初の2年こそお互い偽りの姿での交流だったが、正体を明かした後も屈託なく接してくれる彼女は、色恋抜きに考えてもマーカスにとって特別な存在だった。


 とはいえ、セシアにとってその付き合いの間、親しいと感じているのはあくまでマリアとであって、マーカスとではない。

 これ以上彼女自身にマーカスが踏み込むことは、先日メイヴィスに告げた通り、セシアに対してもかの婚約者に対しても失礼なことだと自戒している。



 この気持ちが育つ前に芽を摘むことが、誰にとっても一番いいことなのだろう。



 ちらりと見た、ソファに座るセシアはカチカチに固まって緊張しているし、王子の執務室に呼び出したのも不味かったかもしれない。

 マーカスは書類に目を通し、必要な箇所にサインを入れるとこちらも恐縮した様子で待っていた文官に渡した。

「出来たぞ。大臣に渡しておいてくれ」

「はっ。お忙しい中、急に申し訳ありませんでした」

 文官が平身低頭の様子で詫びるものだから、つい気持ちが解れてマーカスは笑ってしまう。


「これは俺の仕事だからな、お前が謝る必要はない。しっかりと渡してくれよ」

「はい!」

 感激した様子で執務室を出て行く文官の様子を、セシアは見るともなしに見遣った。

 確かにマーカスの仕事ではあるのだろうが、あれほど文官が恐縮していたのだから、きっと時間外の仕事か向こうのミスで再度サインをもらうことになったか、だろう。王城中で1・2を争う多忙な王子なのに、部下に対する接し方は上司の見本のようだった。

 そういう点は、素直に尊敬する。


 しかし、先日のように予告もなく突然マリアとして登場されると、セシアの上司への尊敬の気持ちが揺らぐのも確かだった。


「待たせたな」

「い、いえ……」

「ああ、すまん何も持て成さず……クリス、茶を淹れてくれ」

 そう言って、マーカスはソファまでやってくると、セシアの向かいに座る。

 王子とお茶!とセシアはぎょっとしてしまう。


 クリスは既にそう言われることが分かっていたらしく、セシアが辞退すべきか悩んでいる内に、素早く二つのカップをテーブルに置いた。あまりの早業に、彼女は舌を巻く。


 マーカスは優雅にカップを傾けて一口お茶を飲むと、うん、と頷いた。

「茶はクリスに淹れてもらうのが一番美味いな」

「恐れ入ります」

 クリスが僅かに誇らしげの礼を言う。

 促されてセシアも戴いたが、茶葉なども高級なものを使用しているのは勿論なのだろうが、それを差し引いたとしてもとても美味しかった。


 一口飲むと、温かく美味しいお茶が胃の腑に落ちて行き、先程までの緊張を柔らかく解してくれる。

 セシアがほっ、と安堵の溜息をついたのを見て、マーカスはカップの影で口元を綻ばせた。


「さて、呼び出した理由なんだが」

「はい」

 突然話が始まり、セシアは慌ててカップをソーサーに置く。その際に、ほとんど音が立たなかったので、クリスは表情に出さずに感心した。

「以前の、褒賞のことなんだがそろそろ決まったか聞いておきたくてな」

「ほう、しょう……メイ様、の件のですか?」

「そうだ」


 セシアの顔に、何故今更?と書かれているのを見て、マーカスはぐっ、と詰まる。

 彼とて、この手段が最良手だとは思っていないのだが、他に彼がセシアを呼び出す理由が見つからなかったのだ。


 経理監査部二課の課長をマーカスが務めていることは、ごく一部の者にしか知らされていない。

 二課の会議に参加したり、セシアに稽古を付けたりしている際は人目に付かないように気をつけていて、王子としての公務の際に課員と会った時などは他人行儀に接しているのだ。

 しかも、それらは多忙な中で執行官としての仕事の為に捻出した時間である為、プライベートな話をセシアとするのはいかがなものか、と公私を分けていたつもりだった。


 そう、今マーカスは、私用でセシアを呼びつけているのだ。

 彼女の業務時間外とはいえ、これではメイヴィスの我儘と変わらない、と少し恥ずかしくもあった。


「えっと……褒賞はいらない、と言ったつもりなんですが……」

「そういうわけにもいかない、とも俺は言った筈だ」

 そう言われても、セシアは困る。

 確かに王女を守ったことは、今考えても大した功績だとは思うが、どう考えてもセシアだけの功績とは思えないのだ。

 なのに、マーカスもメイヴィスもとても感謝してくれていて、事あるごとに便宜を図ろうとしてくれる。




 その所為で、逆にいっそ小さな宝石でも強請った方が丸く収まるのではないだろうか?と最近は思うようになってきてしまっていた。





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