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「本当にすまなかった!!」
マリアのことはまだフェリクスには内緒なので、彼が起きた気配にマリアが部屋を出て行った後、しばらくして部屋から出て来たフェリクスと共に、セシアはさっさと夜会の行われていた屋敷から撤収した。
そして昼頃、それぞれ一旦宿舎に帰り仮眠や着替えをした後、二課室で顔を合わせた開口一番、フェリクスはセシアに謝った。
申し訳なさそうに視線を下げる様は、叱られた犬に似ていて、セシアはほんの少しだけ、可愛いな、と思う。
自分よりもずっと背の高い、がっしりとした体躯の男に何を考えているんだ、とすぐにその考えを振り払ったが。
「……私の方が先輩なんだから、単独行動させてしまった時点で私のミスでもあるし。もう体調は大丈夫なの?」
「ああ……怪しげな会話をしていたから、つい深追いしてしまったんだが、物が麻薬じゃなく、媚薬だったのは参った……」
フェリクスは顔を上げ、赤い顔で悔しそうにするものだから、ここはきちんと言っておかねば、とセシアは眉を寄せた。
「あのね、フェリクス。実際見たのが麻薬の取引だったら、一人でノコノコ見に行ったあなたは殺されていたかもしれないのよ?」
「俺は元騎士だぞ?相手に後れは取らない」
「……まぁ、そうかもしれないけど、内偵していることはバレるよね?そうなったら、何もかも無駄になってたと考えて」
セシアが厳しい声を出して言うと、さすがに彼も怯む。
「媚薬を飲んじゃったこと自体は、今回はお互いにミスだと認めましょう。でも、二人で組んでる意味をちゃんと考えて。今後単独行動は絶対にしないでよね!」
「……分かった。本当に、すまなかった」
素直なフェリクスの返事に、セシアもようやくホッとした。
媚薬の件だけは本人がどうしても言わないで欲しい、というので伏せて、事の次第をレイン達に報告する。
同じく昨夜の仮面舞踏会に潜入していた彼らも収穫はなかったようで、まだまだしばらくあちこちの夜会に顔を出す夜が続くのか、とセシアはうんざりとした。
昼間は昼間で、本来の経理監査部としての仕事がある。
一課に比べればかなり少ない分量が割り振られているらしいが、それでも昨夜も時間外勤務に徹していた身としてはキツイ。
書類を抱えて、セシアとフェリクスは長い廊下を歩いていた。
こういう時、職場が資料室という僻地にあるのは面倒だ。
「あら、セシア」
そこに、鈴の音のような耳に心地よい声が届き、セシアとフェリクスはすぐさま首を垂れる。
廊下の向こうからしゃなりしゃなりと現れたのは、マーカスの同腹の妹王女、メイヴィス殿下だ。
彼女は先の一件以来、セシアの淑女訓練に協力してくれていて、本来ならば今日の午後もその予定だった。
しかし昨夜時間外勤務だった為、午後は仮眠をとって今夜の調査の為に体力回復すること、と指示を受け、午後の予定はキャンセルさせてもらったのだ。
「予定変更の報せは聞いたわ。まったく王女との約束を反故にするなんて偉くなったものよね!」
「う……申し訳ありません、メイ様」
セシアが素直に謝ると、メイヴィスはキッと彼女を睨む。
「最近はだいぶマシになってきたけど、まだまだ捨て猫仕草が多いから気をつけなさいよ!油断してると庶民丸出しなんだから!」
「……返す言葉もございません……」
何故この兄妹は人のことを猫呼ばわりするのか、と不満に思いつつも、セシアはますます縮こまる。
話が長引きそうなので、フェリクスはセシアの持つ処理済の書類を受け取った。
「フェリクス」
「纏めて提出しとくよ、そしたら少しは時間あるから殿下とお話出来るだろ?」
「ありがとう」
セシアが素直に礼を言うと、フェリクスは頷いた。
「では、御前失礼いたします、殿下」
騎士の礼をとって、フェリクスが廊下を去って行く。
セシアは感謝を抱きつつ彼の背を見送り、放ったままだった我儘王女の存在を思い出して慌ててそちらに向き直った。
と、
メイヴィスは翡翠の瞳を呆然と丸くして、セシアの様子を真っ直ぐに見つめていた。
「……メイ様?」
「あれほど言っておいたのに、お兄様ったら……!!」
わなわなと手を震わせたメイヴィスは、口元を扇で隠したが動揺は隠しきれていない。セシアが心配になる程だったが、なんとか持ち直して王女の威厳を保った。
「……こほん」
あからさまに仕切りなおす。
「その……セシア?彼……と随分仲がいいのね」
「は?フェリクスですか?同僚ですし……今ペアを組んでいるので、比較的気安くはありますね」
セシアは首を傾げる。
メイヴィスがこんな風に誰かのことを聞いて来るのは初めてだった為、不思議に感じたのだ。
「メイ様?」
「……セシア、唐突な質問なんだけど、よく考えて答えて欲しいの」
メイヴィスに真剣な表情で言われて、セシアは背筋を伸ばした。
「はい……!」
何か王女として重大な問題に直面しているのだろうか?だとしたら、セシアにはきっと何も出来ることはないだろうけれど、今彼女が質問してきている相手は他ならぬセシアなのだ。
出来得る限り、真摯に答えよう、とセシアは知らず拳を握る。
「……こ、好ましいと思う男性の、タイプは?」
「はい?」
思わぬ言葉に、セシアはぽかん、と目を丸くした。メイヴィスはそれを見て、やはり唐突過ぎたかと焦る。
「わ、わたくしもそろそろ婚約者の選定にはいるようにお父様……国王陛下から言われていて」
「あ……そういうことですか」
「ええ、わたくしは、家族以外の男性とはあまり交流がないし、ある程度自由に選んでいいと言っていただけていても、何を基準にすればいいか迷ってしまって……!」
焦ったメイヴィスは、口数が多くなってしまい、本当に不安に思っていることも吐露してしまう。
「落ち着いてください、メイ様。メイ様なら大丈夫です」
セシアはメイヴィスの手を握って、励ますように笑顔を浮かべた。
「……う、うん」
「ご自分の、人を見る目を信じて。……候補の方と交流を持ってみてはどうでしょう?」
きゅっ、とメイヴィスの方からもセシアの手を握る。
「マーカス殿下にも、相談するといいと思いますよ。殿下がメイ様のことをお話になる時、いつも可愛くて仕方がないご様子ですもん」
「そう……なの?お兄様ったら……」
メイヴィスは頬を赤くして恥じらう。相変わらず、可愛い。
「さ、参考にしたいから、一応セシアの好ましいと思う男性のタイプも教えてくれる?」
顔を赤くしながら再度訊ねてきたメイヴィスに、セシアは真剣に考えた。
とはいえ、恋愛経験の乏しい身では、あまり役にたつ事を言えるとも思えなかったが。
「……そうですね、私が好ましく思う男性のタイプは」




