13
建物の角に差し掛かると、マーカスは振り向いて、追手を引き付ける。
ドンッ!と彼が地面を踏み鳴らすと、地面が揺れて男達が派手に横転した。
「メイを連れて逃げろ。あちらに騎士隊がいる」
「……了解!」
セシアがメイヴィスを抱えるようにして走り出そうとすると、さっきまで大人しく逃げていた当のメイヴィスがそれを止める。
「待って!お兄様一人を、置いてなんて行けないわ!」
「殿下が本当に一人で来ているわけないじゃないですか!大丈夫ですよ。それに、私とあなたは、殿下にとって足手纏いです。ここから立ち去った方が、役に立ちます!」
前者はセシアの予想、後者は事実だ。
メイヴィスが誘拐された経緯を考えると、護衛がいつも王族の傍にいると過信するのはよくない。マーカスも単身で来ている可能性はあるが、どちらにしろ、彼一人の方が勝率は上がるだろう。
「……分かったわ」
セシアの勢いに目を丸くしたメイヴィスだったが、言われたことをきちんと咀嚼して、頷く。
「お兄様、お気をつけて!」
言って、セシアと共に走りだす。
さっき、彼を駒扱いするマーカスの行動に腹を立てたばかりなのに、セシア自身も彼に任せて逃げざるを得ない状況が、悔しかった。
「うん」
マーカスの暢気な声が耳に遅れて届いた。
その後はセシアとメイヴィスは、なんなく騎士隊と合流出来た。
マーカスはやっぱり単身で突っ込んで来ていたそうだが、すぐに後続がフォローに走ったと聞いて、セシアは胸を撫で下ろしたのだが、メイヴィスの方はショックを受けて気を失ってしまった。
どうやら彼女の中では、兄は荒事に向かない、と思っているらしい。
先程のやり取りで、マーカスには人を殺す覚悟があり、そして恐らく既に殺した経験があるのだろう、とセシアは考えているのだが。
「無事か、カトリン」
慣れ親しんだ声が聞こえて顔を上げたセシアは、そこに武装したキースを見つけて目を丸くした。
「…………先輩?」
「お前、先に誘拐されていた人達を逃がしただろ、あれが良かったみたいでな。この港を警戒してた騎士に発見されて、このアジトに案内してもらえたんだよ」
「……はぁ」
セシアが聞きたいのは、そこではない。
彼女がじろじろとキースの武装を眺めていると、マーカスとレインがやってきた。いかにも好青年らしいレインも武装していて、セシアは更に眉を寄せる。
嫌な予感がする。
「…………」
「なんだ、メイは気を失ってしまったか。お姫様には向かない荒事だったな、可哀相に」
マーカスは、セシアの膝を枕にして眠る妹の赤い髪をさらりと撫でる。
「……殿下」
「うん」
「説明してください」
「後でな。まずはこの事後処理と、メイを無事に城に送り届ける」
マーカスはいたって普通だ。
セシアがこの状況に混乱していることも、彼に不信感を抱いていることも承知の上で。
「……わかりました。必ずきちんと説明してくださいね」
「ああ、約束する」
真っ直ぐに彼を睨んでセシアが言うと、マーカスは翡翠色の瞳を和らげた。それから彼女の傍らに屈んで、その手を取る。
「殿下?」
「……お前は、無事だな?」
確かめるように、親指の腹で手の甲を撫でられて、セシアは反射で顔を赤くする。なんだか、触り方がいやらしいのだ。
「無事です!擦り傷程度はあるかもしれませんが……」
「……そうか」
僅かに、マーカスが俯く。
その表情を窺うことが出来なくて、セシアは不安になって手を揺すった。
「あなたは」
「うん?」
「……殿下は、怪我はありませんか?」
セシアが言うと、パッ、とマーカスは顔を上げる。
「……ああ。うん、俺も特に怪我はない」
単純に驚いた時のあどけない表情はマリアが時折見せていた表情と同じで、やはり彼はマリアなのだと、改めて実感した。
思わずセシアはふふ、と笑うと、マーカスは不思議そうに首を傾ける。
「なんだ」
「いえ……やっぱりマリアなんだなぁ、と思って」
「なんだそれ」
マーカスは一瞬憮然とした表情を浮かべたが、すぐにそれを隠すように軽快に笑ってみせた。
「今日はご苦労だった。本来なら休日の筈だな、明日を代休とするようにレインに言っておくからゆっくり休むといい」
彼は立ち上がる際に、握っていた手を離す。
僅かな時間だったのに、大きな掌に握られていた手が温かくて。離れてしまった温もりを、セシアは無意識に視線で追ってしまった。
「……いえ、早く説明が聞きたいので、明日は出ます」
セシアがそう言うと、マーカスはニヤリと悪童らしく笑った。




