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100/106

100(2023バレンタインSS)


 かちゃかちゃ、と器具とボウルが触れ合う音がする。

「あー……先に予熱、その間にこっちだな」

 かさり、と台の上に広げた紙片を辿る長い指。


 休日の昼間。

 ラフな部屋着の上に料理人から借りたエプロンを腰に巻いた王子様が、厨房に立っている。

 その本来ならばありえない光景に、セシアは頭痛の種を探すかのようにこめかみに拳を擦り付けた。

「どうしてこうなった……?」

「チョコ作ってくれって言ったら、自分は去年作ったんだから公平を期す為に今年はそっちが作れ、とセシアが言ったからだな」

 小さな愚痴だったのに、こちらを見もせずにマーカスが朗らかに言う。彼の視線は料理人に書いてもらったレシピと、砕いたチョコレートに注がれている。

 厨房の隅、作業に邪魔にならない場所に置かれた椅子に座ったセシアは、脚を組んでそこに頬杖をつく。

 食事を作る為の大厨房ではなく、お茶を淹れたりちょっとした菓子を用意したりする為の小さな厨房、給湯室のような場所なので他に使っている者はおらず、開かれた扉の前で執事のクリスが嫌そうな顔をして控えているだけだ。

「だからって普通、そうだな、って言って作りにくる? あなた王子様なのよ?」

「今はセシアの夫としての時間だからな」

 もしもまだ王子妃になっていなかったら、セシアはこの展開についてクリスからお説教をくらっていただろう。

「……減らず口を」

「口は一つしかないからなぁ、減ったら困る」

 快活に笑って、しかしその後すぐにマーカスは慎重な様子で粉や砂糖を秤で計量している。真面目だ。

 捲った袖から伸びるマーカスの腕は男性らしい美しさがあって、セシアは目を細める。

「……ねぇ、砂糖多くない? 減らそうよ。私を太らせてどうする気?」

「丸々させて食べるのかって? だとしたらお伽話の魔女だな、俺は」

 マーカスは笑いながらも、迷いなく手を動かしていく。

「菓子は計量が大事だとココにも書かれている、指示通りの量だぞ」

 騎士訓練の野営で自炊をしたことはある、と言っていたらがお菓子作りは初めての筈なのに、やけに手際がいい。

「……練習したの?」

「そんな時間はなかっただろ。レシピを読み込むぐらいしか出来なかった」

「…………初めてで、そんなに手際がいいの?」

 セシアが信じられない、と紫色の瞳を丸くすると、マーカスはようやく振り返ってニヤリと悪童の笑顔を浮かべた。


「惚れなおしたか?」

「ちょっと嫌いになった」

「なんでだよ」


 出来上がったフォンダンショコラは、外はふんわり中はとろーりの絶品の作で、セシアの中で更にマーカスの株が下がったのだった。


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