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フレデリクとの決闘を終えてから、私とノエルはいつも通り準備室に向かった。
鍛錬場から離れるにつれて、自分が招いた事態の重さに気が滅入る。
迂闊だった。
ラクリマの湖でのイベントを回避できたらバッドエンドから遠ざかると思っていたのに、決闘のせいでかえってフレデリクを危険に晒してしまうようなことになった。
考えなきゃ。
この事態を挽回する作戦を練らないと、このままじゃいけないわ。
考えを巡らせていると、コトリと音を立てて目の前にティーカップが置かれた。
「ジラルデも言ってたけど、レティシアが責任を感じることじゃない」
ノエルはそう言って差し向かいの席に座る。
「それにジラルデの顔を見ていると、むしろあの結果を望んでいたような気がするんだ」
「……」
確かにそうかもしれない。
フレデリクは幼い頃から自分の居場所を求めていたんだもの。ジラルデ家の居心地が悪いなら出て行きたいと思っていただろうに、当主になる責務で縛りつけられていた。
「でも……もし、」
もしゲームの通りのことが起こってしまったら。この不安を言えたらどんなにいいだろうか。
「もし?」
「ううん、何でもない」
ノエルの目が一瞬だけ鋭さを増した気がしたけど、すぐに戻った。
ティーカップを持つ手を包み込んでくれる彼の手は温かくて、励まそうとしているのが伝わってくる。
「卒業するまでの間はしっかり見守ってあげよう」
「そう、ね」
そうよ、学園にいてもらって、私がずっと見ていればいいんだわ。
ノエルのおかげで一つ、策を思いついた。
悪あがきかもしれないけど、教師と言う立場を十分に活用してフレデリクを守りたい。
「ノエル、ありがとう」
「お礼を言われるようなことはしてないよ。誰かさんのらしくない顔を見たくなかっただけだから」
起死回生のチャンスを得られたと思う。
ホッとして紅茶を飲むと、温かさが体中に沁み渡った。
◇
それから私はフレデリクと話し合い、ご両親に来てもらって彼の進路について話し合うことになった。
自分は当主にはならないとフレデリクが伝えると、ご両親は二人とも真っ青になってフレデリクを止めたけど、彼は弟が生まれてからずっと後ろめたく思っていたことや、自分の手で居場所を得たいと言って曲げなかった。
「わかった、フレデリクの意思を尊重しよう。お前は幼い頃からいままで、私たちに甘えずに頑張ってきたんだ。親として願いを叶えさせて欲しい」
ジラルデ伯爵はそっと溜息をついた。寂しげで、だけど愛情に満ちた目でフレデリクを見つめる。
すれ違いだと思う。
ジラルデ夫妻はフレデリクのこと、大切にしているけど、どう接したらいいのかわからなくて距離を置いてたみたい。
たぶん、お互いにもっと言葉をかけていれば、違う未来が見えていたかもしれないのに。
「ベルクール先生、ありがとうございました。今日は、久しぶりにフレデリクの笑顔を見られました。あの子がずっと笑えなかったのは私たちのせいだと、改めて思い知らされました」
ジラルデ伯爵は眉尻を下げた。
「これからは陰ながらあの子の夢を応援したいと思います」
「……私もです」
ジラルデ伯爵は、今後はもっとフレデリクと交流の時間を持ちたいと言っていた。
おそらく彼らの関係はこれから変わっていくだろう。
どうかすべてが良い方に向かいますように。
ご両親を見送った私とフレデリクは、そのまま廊下で話し込んでいた。
卒業後の事をいきいきと話すフレデリクは今まで見てきた中で一番うれしそうにしている。
この子が夢を叶えられるように守りたいと、改めて思う。
「ジラルデさん、約束して。卒業までは学業に専念して欲しいの。あなたに教えられていないことがまだまだあるのよ」
「わかりました。」
よかった。
弟子入りを止められたのならまだ未来はある。
「それともう一つ、絶対に無茶をしないことよ。あなたになにかあったら、あなたのことを大切に思っている人たちが悲しむわ」
「先生も?」
「ええ、もちろんよ。準備室が水没するくらい泣くわ」
「さすがに大袈裟ですよ」
ジラルデは顔をくしゃりとさせて笑った。
初めて見る顔だった。
いつもは仏頂面していたり、顔の表情筋をあまり動かさないジラルデが破顔している。
まじまじと見てしまう気持ちを抑えて小指を前に出す。
約束の定番といえばこれでしょう。
言質はとったけどより確かなものにしたい。
本当にほんとうに、不安でしかたがなかったから。
「指切りしましょ」
「子供扱いしないでくださいよ」
フレデリクは苦笑しつつ応じてくれた。
彼の言う通りだ。
私はフレデリクを子どもと決めつけて、止める口実が欲しい。
だけどフレデリクの手は大きくてゴツゴツしていて、もう大人と変わらない。
もともと大人っぽい生徒だけど、たった一年であどけなさがすっかりなくなってしまった。
こうやってみんな巣立っていくんだな、と感傷に浸っていると、フレデリクの手がピクリと動く。
「メガネ、後ろにいるファビウス先生を何とかして欲しい」
「へ?」
フレデリクの視線の先を見ると、笑顔のノエルが立っていた。
笑顔のまま、禍々しいオーラを放って。
え?
なんで?
ノエル、なんでそんな怖いオーラを振り撒いてるの?
よくわからないけどそのまま、ノエルに手を握られて準備室に連行された。




