徳政令
井伊直虎は書面を片手に思案していた。
徳政令。実に美しい言葉だ。
現状があんまりなので言葉だけでも美しくしてみたというところか。
実際、あんまりな話だったりする。
借金の踏み倒し、のようなものだ。
借財を抱えているものには有り難いが、貸方のほうは下手をすれば身の破滅。
今川氏真がどうしても助けたいものだけを助けるために、誰かを破滅させる、そういう政策。
井伊直虎は薄く笑う。
たとえ今救おうとしたとしても、誰が氏真に恩を感じるだろうか。
ただ恨みを買うだけだ。
そして思う、それを利用しない手はないと。
「いつになったら、命に従うのですか」
直虎は徳政令の引き延ばし工作に走った。
「徳政令とはいっても、すべての人間が得をするわけではない、あくまで一部の人間だけ、損をする人間に何とか納得してもらうためには、それなりの時間をかけねばならないものだろう」
すらすらとあらかじめ考えておいた言い訳を並べ立てる。
相手は不満そうに押し黙る。
こういう正論を押し通すのもありだが、それも時間の問題だろう。
小野を直虎は見下ろす。
「私は命に従うために努力はしておるぞ、しかし、時間がかかると言っておるだけ、従わないとは言っていない」
「あまりに時間をかけすぎれば、あのお方の怒りを買いますぞ」
怒りを買って、当主の座から追われるか。
直虎は薄く笑う。別段当主の地位に恋々としているわけではない。むしろ、当主の座など長居するつもりもない。
だが相手はこちらが党首の座に執着していると思っているのだろう。
ならばそう思い込ませておけばいい、そして、自分に切り札があると思って居ればいいのだ。
にっこりと笑いかける。
目を三日月の様に曲げて。
「そうだな、当主の座を追われるのは困るな」
「いずれにしても、土岐はそう長くとれませんよ」
「むろんわかっている」
相手が出ていけば直虎は小さく舌を出す。
すでに今川の屋台骨は骨粗鬆状態だ。
すでに今川を見限り、こっそり内通している国衆のほうが多いということもあのバカはわかっていないのだろう。
寺社はこの時代諜報機関を兼ねていることも多い。
すでにどこが武田に、どこが徳川に、はては織田にと伝手を頼っているものがほとんどだ。
「氏真がどうしようと、すでに遅いのだがな」
今川は終わる。すでに周りは終わった後の後始末のほうに気が向いているの




