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破局

 井伊谷には谷という天然の障害物と、その他谷の入り口を守る郭があった。戦国時代にはありふれた構造だ。谷の住人を守るための壁だ。

 その壁が轟音とともに打ち壊された。

 そして軍勢が攻め込んでくる。

 郭を守る井伊谷の兵たちは散々に蹴散らされた。

 死屍累々たる光景を残し、軍勢は去っていく。

 惨状としか言いようのない光景を次郎法師は茫然と見ていた。

 次郎法師がすべてを知ったのは状況が変えようもないくらい進んだ後だった。

 まず、直親が駿府に呼び出しをされたと言われ、その旅立ちを怪訝に思いながらも見送ったその翌日、直親の死が知らされた。

 そのあとは急転直下だった。

 館で半狂乱になる直親の妻子を何とか抑えて家臣たちに話を聞き出す。

 重い口を開く家臣たち。

 その時初めて次郎法師は直親がひそかに松平に連絡を取り、離反の手助けを頼んでいたことを知った。

 今は時期が悪いと止めたものもいたようだが直親は止まらなかったらしい。

 それを知ったとき、次郎法師の胸に去来したのは直親の死を悼むよりも、父直盛の死を犬死にしてしまった直親への怒りが勝った。

 父は今川の疑いをそらすためにもしかしたら生き延びられたかもしれない命を捨てたのだ。

 何のために捨てたと思っている。直親の今後のためだったはずだ。

 その今後を直親は愚かな行為で投げ捨てたのだ。

 次郎法師はただ唇をかみしめて空を睨んだ。

 周囲で、泣き崩れている侍女たちの姿すら忌々しい。

 いまだかつて見たことのない次郎法師の怒りの顔に家臣団は目を伏せた。

 だが事態はそれどころではなくなった。そこに今川の軍勢が押し寄せてきたのだ。

 ここまで早く今川の兵が押し寄せてくるとは完全に計算違いだった。

 氏真は生贄を欲していた。自分に逆らうものは完膚なきまでに叩き潰すその見せしめを求めていたのだ。そのためどこの裏切りが発覚しても即兵を送り込めるよう準備を怠ってはいなかった。

 それからあとはただただ狂乱の時間だった。

 右往左往する家臣たち、血にまみれて報告に来る下級兵達。

 それらはなぜか現実味がなく、空気はねっとりと重く時間は薄いような気がする。

 まるで夢の中をさまようような気持で次郎法師はその時間を過ごしていた。

「とにかく、女子供を安全なところに」

 そう叫んだ声も自分の声とは思えなかった。


 直親の妻子を連れ、館を出て、井伊谷のさらに奥へと逃げだした時には館のすぐそばまで今川の兵が押し寄せてきた。

 泣き叫ぶ声が聞こえた。

 断末魔の悲鳴とも思える声も。

 幼い少女の手を引いてひたすら走ることしかできなかった。

 そしてゆるゆると今川の兵が引いていく。

 後に無残な躯を残して。

 その光景をただ立ち尽くしてみているだけだった。

 破壊された井伊谷と殺された民。


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