第十五話 別に優しさじゃない
何が起きたのか、剣を振り出したらまるで別人の様に、迷いのない太刀筋と重さだった。切れ味の悪いアイアンソードでも、もろに食らっていれば肉よりも先に骨が折られていただろう。
行商人は体を起こすと、無防備に抱き合っている二人に向けて剣を振り上げる。
「さて、何から聞いたら良いものか」
剣を振り上げたまま、行商人は固まっていた。
喉元には片手剣の切っ先が触れている。
隣に視線を向ければ、いつの間にそこに立っていたのか、青い衣を身にまとった女性の姿があった。
行商人は息をのむ。
噂には聞いていたが、これが護国の人神なのだろうとすぐに分かった。
若い見た目にまとう霊象の濃さは、ちょっとでも魔術をかじっている人間ならすぐ分かる。
完全武装した王宮魔術師でも、これほどの魔力を大型装置なしで扱えはしない。
噂には不死身とまで言われ、神と崇められる存在。
確かに、これはヒトじゃない。
「わ、我々は、これ以上の闘争を求めません……」
行商人は粘つく喉を飲み込むと、剣を手放した。
「うむ、聞き分けの良い子は好きだ」
カミナも剣を引く。
青白い特殊な金属の剣身を、さっと鞘に納めた。
「全員、武器を手放せ! 妙な真似はするなよ。この場はカミナが掌握した!」
ツヴォイが気付けば、辺りには村の兵士が何人も集まりはじめ、カミナが近くに立っている。そして、行商人を兵士に渡すと、こちらに歩み寄ってきた。
「君達、大丈夫か?」
こんな乱闘騒ぎの中心だ。
何があったんだと問いただしても良い所なのに、気遣う言葉が先に掛けられた。
カミナの配慮に、ツヴォイは泣き笑いのような表情をするしかない。
「俺は平気です」
「アタシも、大丈夫……」
桜花も、どこかぼんやりと答えていた。
「あれだけ殴られたのに、大丈夫なわけがないだろ」
ツヴォイが桜花の呆けたような顔に、頬にそっと手を当てる。
しかし、打撲の跡はない。
綺麗な肌の感触だけが返ってきた。
「そうか。また二人は随分と仲がいいのだな」
カミナがにやりと笑いながら、そんな事を言う。
未だに抱き合ったまま、頬に手を当てられた桜花の思考が、急激に正常化していく。
「いっ!? いつまで抱きついるのよ!」
「のわ!」
元気いっぱい突き飛ばされたツヴォイは、体を投げ出すように地面に倒れてしまった。
「あたた、もう少し優しくしてくれても良いだろうに」
「ふざけないで。女性にいきなり抱きつくなんて、他の人にもそんな事するの?」
顔を赤くして桜花が抗議していた。
言われて見ればと、ツヴォイも思い返す。
先ほどは気持ちが大きくなりすぎて、つい抱きしめてしまったが、もちろん普通は絶対しない。
「そんな分けないだろ。いつもはコウだけだ」
「んな!?」
ますますお怒りなのか、桜花が拳を振るわせて睨みつけてくるからおっかなかった。
「あー、こっちの話をしてもいいか?」
苦笑いをしながらカミナが口を挟む。
「で、結局、事の問題はなんだったんだ?」
「それは……、あいつらが奴隷を扱っていたから」
桜花が若干言いにくそうに、はぐらかしていた。
流石に、ジェノサイドしようとしていたとは言えないだろう。
割り込むようにツヴォイが口を開く。
「それで、俺達は奴隷を解放しろと迫ったんですよ」
「まてまて! そもそも、俺達は帝国の免状がある! 奴隷の売買は合法的なものだ!」
行商人が手当てをしようとした兵士を振り払って、カミナ達の元へ戻ってきた。あれだけ斬りつけられたのに、凄まじくタフな男だった。
「それを、こいつらがいきなり剣を抜けば、こちらは応戦するしかないだろ!」
「そうなのか?」
カミナの言葉にツヴォイは頷く。
「そうか、それは不幸な行き違いだったな」
「行き違い!? 待ってくれ、こっちは俺含めて六人も怪我を負わされたんだぞ!」
喚く行商人にカミナは向き合うと、言葉をかける。
「残念だが、我が国では奴隷の売買は禁止されている」
「ああ!? そんな分けがあるか! 幾ら辺境の国だと言っても、帝国の免状を無視できる分けないだろ!」
「ふむ。下調べもしないで、慣れない土地に来るからそういう事になる。魔界隣接国同盟は集団で帝国との条約を締結している。こう言った特例条項がある事を覚えておくんだな」
「だ、だが、被害者はこちらだ……」
「その辺を裁判で争いたいと言う要望かな?」
当然、裁判で争えば桜花の凶行を裁かせる事が出来るだろう。
ただ、こちらの世界での暴行の刑は軽いので、違法売買を追求される方が余程痛手になる。
「い、いや……そこまでは」
行商人が引きつった顔をして、それを否定した。
カミナも、冷や汗を悟られないように笑顔で応じる。
「うむ。賢明な判断だな」
行商人には当然いう積りはないが、桜花をこの世界の裁判に関わらせる事は絶対にさせたくない理由がある。
「それと残念だが、我ら同盟領内では奴隷の所持も禁止されている」
「な! そんな無茶苦茶が!」
商品の没収と言う話に行商人が慌てたように叫ぶが、カミナは淡々(たんたん)と応じる。
「我が国は常に戦時体制だ。規律を乱す者には容赦はしないぞ。だが、おとなしく帰ってくれると言うのならば、それ以上の追及はしない」
「え! ちょっと!!」
桜花が口を挟もうとしたが、カミナが片手をあげて押しとどめる。
その間、行商人の頭の中で何がめぐっているのか、必死に視線を彷徨わせて、迷っている様子だった。
「わ、分かりましたよ……」
結果的に、行商人は不服そうにそう言う。
そして、離れて行った。
「なんでよ! あいつらは悪い奴なんでしょ! 裁判でもなんでもいいから、罰っするべきよ!」
先ほどのバーサク状態からは幾分落ち着いた声色だったが、いまだに桜花の怒りは収まらないようだった。
「まぁ、その通りだが。私は、あんな男を処罰する為に、君を犠牲にはしたくない」
「アタシが、犠牲? どういう事?」
困惑したように桜花が聞き返す。
「リアルじゃ、刑事事件をなぁなぁで流すなんて不可能、ですよね?」
ツヴォイがカミナの不可解な行動を指摘した。
「そうなる。今回の事件を正式に取り扱うとなると、日本政府に君の行いがばれる」
そうなれば、桜花の更生プログラムは即時中止となり、最悪、執行猶予つきの有罪が、リアル側で下されるかもしれない。
「だ、誰も助けてほしいなんて言っていないわ! アタシの事なんて、どうでもいいのよ!」
カミナは少し困った顔をすると、ぽんぽんと桜花の頭を軽くたたく。
「君たちは、先週の防衛戦で一生懸命戦ってくれた。おかげで、私の大切な人達に死者は出なかった」
一度聞いた話だったが、改めて褒められても恥ずかしいと桜花は視線をそらした。
「君たちがこの世界に居てくれれば、それだけ助けられる人が居る」
しかし先日とは違い、その言葉にカミナは少し付け加える。
「桜花、君が居なくなれば助からない人が増える。だから、私は君を手放したくない」
つまり、ただの善意から桜花をかばった訳ではないと言っていた。
しかし、その言葉は誰からも認められず、大人達に敵意を向けていた桜花にとって、この上なく甘美な響きを持っていた。
「すまないな。どうしても、君が欲しいのだ」
それは偽りのない言葉だったが、同時に極めて卑怯なやり方だなとカミナ自身も思っていた。
誰かに頼られる、求められる事を何よりも渇望している勇者たちに、ストレートにその感情を浴びせて、からめ捕り、この世界に縛り付ける。
「…………」
案の定、桜花の激情は一気にしぼんで、気弱な表情におちてゆく。
後は優しく手を差し伸べれば、桜花をその腕に包んだ。
子供あやすように頭をなで、迷える若者を導てゆく。
大勢の人間を救う、英雄と言う名の義務へと。
***
「物資の充実を図らないと、今後も越境する行商が増えそうか……」
桜花とツヴォイを帰した後、カミナが呟く。
勇者達の旺盛な需要を、むざむざ外国商人の儲けにくれてやるのは面白くない。
いくら外国の行商人が儲けても、その売り上げは海外へ流出してしまうからだ。
出来る限り、自国の商人を介して、自国の製品を買ってもらった方が、王国全体で潤い、税収も増えて、ますます勇者たちへの予算を拡大させることが出来る。
幸い、王国内からかき集めた魔導装備がそろい始め、村には明日にも到着する。
本来は王国軍兵士に支給されていた装備なので、一時的に国軍の戦力が低下する。
現在大急ぎで、主要都市が魔導装備の生産拡大を図っている。
その為の、大規模な設備投資が行われていた。
三年で何とか勇者に回した分の半数、1800器分の魔導装備を生産させ、国軍の戦力を回復させる予定だった。
だが、問題もある。
勇者含む、軍事費の拡大はそれだけ財政を圧迫する。
しかし、増税は絶対にできない。
王国全体で生産力拡大を、強力に推し進めなければならない時期だ。
増税とは、民から資金を吸い上げる行為になる。
そんな事をすれば、資金を吸い上げられた民は、投資を行いにくくなる。
それでは生産力が伸び悩み、結果的に勇者達の装備の充実も行えない。
そこで、王国政府は一時的な減税により、民の手元の資金を増やした。
それは投資意欲を促進する。
同時に、政府による公共投資も押し進め、国庫の蓄えの大半を放出する決定をしていた。
王国全土をあげて、全力で設備投資を行い【生産力の拡大】を目指す。
つまり、それこそが【経済成長】であり、豊かになるという事の本質だった。
国庫が空になると怯える大臣達もいたが、経済が成長すれば増税をしなくても税収は勝手に増える。
王国政府の貯蓄など、後から回復させればいいと言う考えだ。
しかし、それが成功するかどうかは、この世界の人々には未知のものでもある。
にも関わらず実行に移す事が出来たのは、前例を、その成功例を知っているカミナ達が居たからだ。
「さて、と。そろそろ、次の段階かな」
カミナは腕を組みながら、行商人たちが撤収していく様子を眺めていた。
【経済成長】の下準備は整いつつある。
しかし、現実の日本に有って、この世界に無いものもある。
それを埋めなければ、経済成長は達成しえない。
「来週からは、鉱山の再占領をはじめるか」
当面の目標は、鉄ではなく、金、銀、銅の貴金属。
硬貨の材料だ。
この国が魔物と戦う為には、【硬貨】が要る。
だが、それは財源が必要と言う意味ではない。
財源なら、王国政府の国庫と国債で資金調達できる。
問題は、【資金】ではなく【硬貨】が足りない事だ。
この世界の人々は、硬貨、【お金】の本当の意味を理解していない。
それが、この世界にないモノ。
いよいよ、この国の、魔界隣接国同盟の五カ国が求めた【富国強兵】が動き出していた。
それを手にしない限り、魔界と人界の列強に挟まれたこの国に未来はない。
***
あれから、そわそわしたままの桜花を連れて、ツヴォイは村の中央広場の方へ歩いていた。
もう一緒にいる必要もないのに、桜花がなぜついて来ているのか気にはなる。
が、どう考えてもヤブヘビなので、気にしていない風をよそおう。
哀れな同族愛、なのだろうか。
もしあそこに、見知らぬ子供ではなくてコウが奴隷商に捕まっていたら、きっと桜花と同じように後先考えずに剣を抜いていたのだろう。
ツヴォイも、そんな風に思っていた。
桜花に何かを語れるほど、ツヴォイは真人間じゃない。
ただ、キレるポイントが少しだけズレているだけだった。
そんな事を考えていると、ふと視線を感じた気がした。
ツヴォイがあたりを見回せば、民家の横に立つ木の陰からこちらを見ている勇者がいる。
イケメンな顔に、赤味を反射する髪の毛は印象的で覚えていた。
しかし、名前が思い出せない。
そもそも、ツヴォイはコウ以外の勇者の名前をほぼ覚えていない。
その見つめてくる勇者の視線が何を言っているのかは判断がつかないが、確か、桜花と一緒にいるのを見かけた気がした。
こちらの視線に気が付いたのか、ますます目に力を込めて見つめ返してきていた。
まったく意味が分からない。
怖くなったツヴォイは、見なかったことにして視線を外しす。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次話は、また水曜日の夜頃にupしたいと思います。




