第十六話 つり銭が不足しています
HPポーション3つ。
緊急用のMPポーションを2つ。
ショートソードの手入れ用に、荒い砥石を1つ。
砥石台は自室にあるので要らない。
それから、剣についた汚れを拭くためのボロ布を4枚。
さび止め用の、原料が謎な油瓶を1つ。
それほど広くない店内の壁を埋める棚には、すべてが勇者の戦闘に関係があるものだけが揃っている。
その店先の看板には、【生存協同組合】と書かれていた。
勇者達は略して【生協】と呼んでいるから、どこか馴染みのありそうな名前だった。ただ、読み返し見たら相変わらず物騒な名前だと気が付く。
「ペネロペ銀貨4枚と、オルタリス銀貨1枚、オレオパシス銅貨2枚です」
道具屋のカウンターに品物を並べれば、店員の細長い男性が笑顔で値段を教えてくれる。
ツヴォイは巾着袋から、大きいペネロペ銀貨4枚と、小粒のオルタリス銀貨2枚を出した。
「すみません、できれば銅貨はありませんか?」
困り顔の店員に、ツヴォイは何か間違ったかとカウンター上の代金を見る。
小粒のオルタリス銀貨1枚で、オレオパシス銅貨4枚分なので問題ないはずだ。
「今、お釣りの銅貨を切らしてまして」
「あぁ、なるほど」
納得して、ツヴォイはもう一度財布の中を探した。
しかし、見当たらない。
「困ったな。銅貨持っていないや」
隣にいるコウを見てみたが、黙って首を振ってくる。
銅貨はでかいし重いし安いから、邪魔だと思って優先的に使っていたのが、裏目に出てしまった。
オレオパシス銅貨2枚分が合わず手間取っていれば、後ろに他の勇者が並んでしまっていた。大した金額ではないのに、スムーズに買い物が行かず肩身が狭い。
「でしたら、拭き布をもう一枚どうでしょうか?」
あのボロ布一枚で、オレオパシス銅貨2枚だ。
それなら、今出している金額でピッタリになる。
「じゃぁ、それで」
ツヴォイの返事を聞いて、店員がカウンターの下から布きれを取り出して渡してくれる。
その動きが少し気になった。なぜそんな所に、あらかじめ用意されたようにボロ布のストックがあるのだろうか。まるで、おつり不足に慣れている様な雰囲気だ。
しかし、釣銭不足もすぐに解消する問題だろうとツヴォイは思い、商品をバックパックに詰め込んでいく。
お釣りがないなんて、日本ではそうそう起こらない。同人誌の即売会ぐらいだろうか? ここでは、村役場で両替してくれるのだから、足りなくなる前に両替してくれば良いのにと思う。
***
「え? 銀貨くずせないの?」
「すみません、今、銅貨が不足していまして」
「マジかー、困ったな。お店もお釣りが出せないって言うし」
ツヴォイがそんなやり取りをしたのは、昨日の買い物帰りに寄った村役場での事だった。
早朝からこうして勇者達が村役場のホールに集まっているのは、先週の防衛戦以来だろう。当然、勇者達がクエストに行かずに溜まっているのは、問題が発生したからだ。
「つまり、俺達は報酬が貰えないのか?」
困惑気味の勇者の一人が、カミナへ疑問を投げかける。
「いや、そうではない。報酬は今までと同じ金額分を支払うが、硬貨が不足しているので、現物での支払いが増えると言う事だ」
ツヴォイも昨日の釣り銭不足が、まさかこれ程とは思ってもいなかった。
しかも、銀貨も足りなくなりつつあるという。
ゲームなら幾らでも硬貨を増やすことが出来ただろう。
それこそ、電子データをちょっと弄ればいいはずだった。
「これも、世界エンジンのせいなの?」
誰かが声を上げれば、カミナが「そうだな」と答えていた。
すべての物質を、スーパーコンピューターの性能を贅沢に使ってシミュレートしていると言う謳い文句だった。
モンスターを狩ったら、素材は手作業で採取しなければいけないし、基本お金はドロップしない。お金を作るためには、鉱石を採掘して製錬と鋳造をしていく必要がある。
「そもそも、なんで急に硬貨が足りなくなったんだ?」
ツヴォイの質問に、カミナは少し考えながら答える。
「君達がこの世界に来て、クエストを受けて報酬を貰う。勇者の人数は六千人程だが、それ以上に国全体で対魔界の為に生産量を拡大させている所なんだ」
つまり、大勢の人間が沢山の仕事をして、沢山の給料が必要になり、沢山の硬貨が使用される事になった。
「その結果、硬貨不足が深刻な大都市に優先して硬貨を送ったので、この村でも硬貨不足になった」
なるほど、と勇者達は納得する。
「今は、王国政府の国庫から硬貨を放出しているから、しばらくすれば硬貨不足は解消する。が、あくまで一時的だ。根本的には硬貨の絶対量を増やさなければ、また同じ事になる」
「なるほど。それで今日のクエストなんですね」
ツヴォイが手に持っているクエスト票は、珍しく枚数が少ない。
この日は、1枚だけだ。
【銅鉱山・拠点村の再占領】最大23名。
つまり、この開拓村に居る全勇者分の募集があった。
しかも報酬が良い。
【日程1日。報酬:ペネロペ銀貨30枚+討伐報酬】
一人当たりでこの値段は、普段一日で稼げる量の倍以上だ。
倒した魔物毎にもらえる討伐報酬を入れれば、三倍を超えるかもしれない。
「お金が無いと言う割には、随分太っ腹ですね」
勇者達の疑問を代弁するように発言したのは先日の暴走娘、桜花だった。
今日はとても大人しい声色だ。
「あぁ、あくまで足りないのは硬貨であって、資金には余裕がある」
「……? 貧乏とは違うのですか?」
カミナの言葉に、ツヴォイが質問を返す。
硬貨が足りないと言うのは、貧乏でモノが買えない事を意味すると思っていたが、資金はあると言う。ちぐはぐな話に聞こえた。
「ん? 君達は知っているとばかり思っていたが」
カミナが意外そうな顔をしていた。
「日本には高度に整備された貨幣経済が存在しているが、この世界にはそういうモノがない。金貨こそが財産で、金貨そのものに絶対の価値があると、この世界の人々は思い込んでいる」
それの何が間違いなのかと、勇者たちが首をひねってしまうから、カミナは苦笑してしまった。
「君たちは、百円玉より一万円札の方が貰ってうれしいだろ? だが、お札とは印刷代数十円の、ただの紙ペラだ。そんなものに、ここの人々は価値を認めない」
お札とは、日本にはあってこの世界にはない、とても重要な文明の利器だった。
少し、勇者達に迷うような空気が落ちている。
そんな時、珍しくコウが口を開いた。
「わたし達はクエストで労働する。お金を手に入れる。それで買い物をする。それは、労働と商品の交換」
いつになく雄弁なコウに、カミナは少し驚きつつ答える。
「そうだ。あくまで、お金は労働とモノの取引を仲介する為の道具だ。この国にはモノは十分にあるが、取引をするための道具が不足していると言う事になる」
国庫には硬貨だけではなく高価な貴金属や美術品が多く眠っているが、それらは普段の買い物の支払いには使えない。
それが、資金はあるが硬貨が不足しているという状況だった。
もちろん、美術品を国外に売って、代わりに銅インゴットを輸入するという方法もあるが、当然、足元を見られまくる。
【お金】は何も貴金属である必要はない。
古代の様に貝でもいいし、石でもいい、当然、絵を描いた紙でも良かった。
「お札は刷れないの?」
コウがカミナに問いかけた。
硬貨を作るには手間暇と大量の物資が必要となるが、紙幣ならずっと少ない労力で、大量のお金の役割を果たせる。
硬貨不足の問題は、それで解決できるはずだった。
だが、カミナは首を振る。
「それは、なかなか難しい。この世界の人々には、お札と言う概念がまだ受け入れられない。硬貨と言う現物でなければ、信用されないのだよ」
「むぅ……」
コウはうなったが、ツヴォイは久々にワクワクしていた。
バリバリに引き籠っていたコウと一緒にハマっていたネットゲームで、いかに効率よく稼ぐかと、いろいろ遊んでいた事を思い出していた。
基本的には、コウが調べて考えて、ツヴォイは一緒になって実行して、ゲーム内の財産を無駄にため込むだけの行為だったが。
「兌換紙幣をつくろう」
「いや、紙幣は――」
カミナが言おうとしたが、コウが首を振って止める。
「勇者専用のもの」
この世界の人達に受け入れられなくても、日本から来た勇者達なら紙幣を利用できる。コウはそう言っていると、カミナも理解した。
「あ、あー。ごめん。ダンカン紙幣ってなに?」
勇者の中からそんな声が上がる。
「どこの芸人、よっ……くふふっ!」
桜花が笑いを必死に抑えていた。
「兌換紙幣は、それを銀行に持っていけば決まった量の金と交換してくれるって紙幣だ」
カミナの言葉に、「なるほどね」といくつか声が返って来る。
「俺達が日本で使っている普通の紙幣と、何が違うんだ?」
ツヴォイがコウに尋ねる。
「普通の紙幣は、銀行に持って行っても金に交換してくれないよ」
金と交換してくれる引換券の様なものかなと、ツヴォイは自分なりに解釈する。
「なるほど。その兌換紙幣があれば、硬貨の代わりになるって分けか」
「そうだな。それなら可能だ。さっそく、明日にでも神野庁で協議してみよう」
それは盲点だったと、カミナは笑顔で応じた。
勇者が所持する硬貨の量が減れば、その分は他の取引に利用できる。
そうなれば、市場の取引が円滑に進み、経済発展の足を引っ張らずに済むだろう。
「あれ、でもそうすると、鉱山の攻略は?」
問題が解決しちゃったら、やる意味がなくなるのではとツヴォイが口にした。
「あぁ、それはどちらにしろ必要な事だ。紙幣の発行も効果はあるが、王国内の取引がこれからどんどん増えてくる。銅貨が足りなくなる前に、増産する必要がある事には変わりがない」
そう言いながら、カミナは思い出したように付け加える。
「硬貨不足の対策としての物品報酬だが、それぞれの人に必要とするモノが違うから不便だろうな。……可能なら兌換紙幣を報酬の一部とするかもしれない」
「その兌換紙幣、そのままお店で使えないのですか?」
女性勇者の言葉に、カミナは頷く。
「この村では使えるようにしよう。ただ、他の街ではしばらくは難しいだろう」
まぁ、他の街に行く事もしばらく無いだろうけど。と、カミナは付け加えた。
この村限定のお札ではあるが、硬貨でなければ不安だと思う勇者はいない。どちらかと言うと、お札が財布に入っている方が嬉しい勇者の方が、圧倒的に多いだろう。
それぐらいに日本とこの世界では、【お金】の意味に隔たりがあった。
「ちなみに、この世界には君達が知っているレベルの大銀行は存在しない。ので、換金は役場で行われることになるだろう。今まで通りの両替と同じだな」
一時は、報酬がもらえないかと心配していた勇者達も、大して変化はないだろうと安心感が広がって行った。
「すみません、その、兌換紙幣って名前。なんか、こう、言いやすいモノにならないですか?」
勇者の中からそんな言葉が出てきた。
「俺達専用のお金かー。なんか楽しそうだな」
「日本なら円だけど、けど、兌換紙幣なら単位は交換する硬貨の名前になるよね?」
「単位じゃなくて、紙幣そのものの名前の事だろ?」
「なるほど、お札そのモノの名前ね」
単にお札と呼んでいても紛らわしいので、固有名詞が欲しいと言う話になった。
「勇者振興券?」
ツヴォイがぽつりと言う。
「なんだよその、地域振興券みたいな名前……」
「的を得ているわね」
そんな勇者たちの評価。
「分かった、その方向で提案してみよう」
カミナのインスタント・スキル【即断即決】が発動した。
「え、マジで?」「あはは、お役所っぽい!」
「有効期限が無いから、ありがたい」
「勇者の券ってか?」「ぶふっ!? ……うくく……っ!!」
「あ、いや、俺は、冗談で言っただけで……」
ツヴォイの意見は無効化された。
***
「と言う事で、我々は硬貨不足を解消するために、銅鉱山の拠点村奪還を行う」
各々戦闘の準備を整えた勇者達全員が、村役場の前に集合していた。
目の前には、二頭引きの荷馬車が二台用意されている。
車体は濃緑色で、座席はなく幌も付いていない。
普段は村にない荷馬車が都合よく用意できたのは、周囲に連日響いている建築の音があるからだった。
約三週間前に勇者召喚が成功したが、その時点では王国側にはほとんど準備がなかった。そもそも勇者が来るとは思っていなかったのだから、当然そうなる。
それは、勇者達の寝床すら用意していない状態で、勇者達には各村や町に常備されている避難用テントをあてがわれている。
それでも足りなくて、最初の三日は神殿や村役場の床でごろ寝する羽目になり、苦情と説得のやり取りが繰り返されてきた。
現在は、村役場の裏手に広がる空き地に、王都から送られてきた追加のテントが広がり、勇者の人数分は確保されている。
そのテントが並ぶ風景を見て、誰が言い始めたか今では自虐も込めて【テント村】と呼ばれていた。
「派遣切りの時のテント村みたいだな」なんて声もある。
だが、いつまでもテント暮らしと言う分けにはいかない。
三週間目ともなると慣れ始めた勇者も多いが、根本的に相部屋状態なので、プライバシーなど諸々(もろもろ)がなかった。
一部、コウがツヴォイに引っ付いて男部屋で寝起きしているのも、いろいろ問題になる。
そこで二週間目からは、王国政府から本格的に王国軍・施設工作部隊が派遣されていた。
現在、急ピッチで勇者専用集合住宅の建築中となっている。
建築開始から11日が過ぎた現在、屋根も出来上がりあと少しで住めると言うから、まさに王国の本気が伺える人海戦術だった。
勿論、出来栄えは仮設住宅以下の掘っ立て小屋状態だが、テント暮らしの最大の敵である風雨の心配がなくなるのだから、勇者達の期待は大きい。
そんな施設工作部隊が物資や人員の輸送に使っていた荷馬車を、借りてきたのが今日の移動手段になる。
カミナの権限がどれくらいあるのかツヴォイ達には分からないが、結構なわがままが通せるようだった。
さすが、神様。
「目的の銅鉱山は、三年前まで我が国の支配下だった。鉱山の防衛戦力を維持していた要塞街が陥落してから人は立ち入っていない為、今は魔物の巣になっている」
集まった勇者たちはみな自由な色と仕立ての服と、その上に鎧を着こんでいた。
胸にはブレストアーマー、腹部には前当てのフォールド、腰から足を保護する草摺り、小手と脛当てもある。
全員に配られたラウンドバックラーも含めて全て木製の急造品だが、仕方ない。
先週届いた王都からの支給品に身を固めていた。
そして、今週からはいよいよ魔導装備が勇者達の手に握られている。
腰に装備されたショートソードは今までと材質は同じだが、彫られた魔導回路が剣身の中央に美しい。柄には魔法機が組み込まれており、その魔法により切れ味を格段に良くすることが出来る。
そして、大半の勇者にとってあまり出番のなかったMPの数値が、魔導装備によって大活躍していた。
生身同然の今までに比べれば、やっとまともな戦士の格好がついたと言った感じだ。中身はまだ頼りなくとも。
「目的地では、レベル10を超える魔物ばかりが居る。まだ六レベル以下の者たちは気を付けろ。みな、周りへの気配りを忘れないでくれ。固まって対処すれば、そう難しくない」
カミナによる遠征前の注意事項が終わると、どこかフワフワした雰囲気の勇者達を乗せて、荷馬車は出発していった。初めて、村から離れた場所へのクエストだ。遠足気分に近いのかも知れない。
「鉱山奪還イベントかー」
「しかもパーティー合同って、なんか派手だね」
彼らは幾分緊張しながらも、それでも不安はなかった。
必死に戦ってきたこの二週間が、数値上のレベルアップが彼らの自信になり始めている。
「レイドクエストって感じだな。ボスとか出るのかな?」
「ボスかぁ……。お花みたいなのはムリポ」
二週間前の防衛戦を思い出した勇者が、さすがに気落ちする。
幾らレベルが一桁後半になっても、あんな巨大花とは戦える気がしなかった。
「カミナ様が、倒してくれるお」
「そうね。カミナさま素敵よね」
「結婚しているのかな? 男っ気なさそうだけど」
「そもそも、カミナ様って何歳なんだろうな」
「ちょっと、そこの変態ども止めなさいよね。そういう事言っているから女子から嫌われるのよ」
「「えっ!?」」
「意外そうな顔すんな!」
そんな風に軽口をやりあえるぐらいに、互いに打ち解けはじめていた。
周りに怯える事もなく、無暗やたらにイライラする事も最近は少ない。
何が変わったのだろうなと、ツヴォイは隣のコウを見る。
落ち着いた無表情は、どことなく緩んでいた。
そういえば、来たばかりの頃は、真夜中にコウが叫ぶ事もあったが、そういう不安定さもなくなっていた。
ツヴォイもよく眠れている。
そう、最近は、
とてもよく、眠れていた。




