第十三話 グローバル行商人
結局、白濁な体液にまみれた二人がさっぱりする頃には、昼もとっくにまわっていた。
「大変だったね」
村役場のホールで、遅い昼食をとっていたツヴォイとコウにレミアが言う。
同じ村役場で午後の勉強中だったレミアとアズミナが、共にサボって二人の元に来ていた。
教師役の村長も他の仕事をしているから気にしないでくれと言っていた。
その辺は緩いらしい。
「けど、血抜きができたのなら、食べるのにはよさそうだね」
そんな風にアズミナは笑っていた。
「やっぱり、食うのか……」
ツヴォイが言えば、コウは皿の上の魚を解体する作業に集中する。
しばらく、肉は食べたくなかった。
「知らなかったの?」
アズミナが不思議そうな顔をする。
「まさか、魔物を食べるとは思わないだろ」
「そうなの? おっさんたちの世界じゃ、魔物はそのまま捨てちゃうの?」
「……そもそも、居ないからね」
それを聞くと、「そうなんだ!」とレミアが嬉しそうに反応した。
「きっと、平和な世界なんだね! いいなぁ、私もそっちの世界に行きたいなー」
確かに、日本は平和だよな、とツヴォイは思う。
魔物も居ない。戦争もない。
怖いのは、地震と台風ぐらいだろうか。
けれど、ツヴォイ自身は帰りたいと思えないから、今こうしている。
ただ、
「うん、行きたいね」
とてもいい案だと、同意していた。
可能なら、こんな小さな子供が毎日、死と隣り合わせで生きていかなくても良くなる。そう考えれば、確かにその方が良いのだろう。
――うるさい! わたしは死にたいの! 殺してよ!! ねえ!
あの時、そう叫んでいたコウは元気にレミアと会話している。
コウにとっては、こっちの世界に来てからの方が、ずっと死から遠ざかったような気がするから皮肉だった。
こちらに来てからコウの様子は悪化した部分と、格段に良くなった部分の両方がある。笑う事が増えたのは、よくなった部分だ。
そういえば、最初に不登校を始めたのはツヴォイの方だった。
些細な事から始めた不登校。
最初はすぐに学校に戻るつもりだったが、友達との関係が駆け足で悪化して、戻るタイミングを失ってしまった。
後日ツヴォイが学校に来ない事を理由に、コウがツヴォイの家に入り浸るようになった。当時は、コウを自由にさせているコウの両親が、あまりにも物分り良すぎるだろうと思っていた。
けれど、実際は手段を選ばないコウに家庭が大変だったと、ツヴォイは後から両親つてに聞いた。
今から思えば、ツヴォイを言い訳にしただけで、コウ自身もどうしようもない問題を抱えていたのだろう。
ただ、その話は互いにしようとは思わなかった。
話しても、絶対に解決しない事が分かっていたから。
話して、思い出して、まだカサブタも出来ていない傷口を抉るような真似は、いかにも不毛で、無意味だと思えたから。
「そうだ! お昼にね、外国の行商が来ていたんだ!」
アズミナが良い事を思いついたと言うように、また勉強をサボる理由を提案する。
「いつもの定期便とは違うから、珍しいモノ売っているかも」
「私も見に行きたい!」
レミアまで言い出したら、カウンターの向こうで書類を整理していた村長が肩をすくめていた。
「ふぉ? 洋服もうっているの?」
反応したコウが、また口をもごもごさせながら言う。
「たぶん。荷馬車4台も来ていたから、いろいろあると思う」
レミアの言葉に、ツヴォイはちょっと考え込む。
「タイミング悪かったかな。この間オーダーメイド頼んだばっかりだ」
村には衣料品店というモノは存在しない。
あるのは、仕立て屋だけだ。
既製品ほとんどなく大半がオーダーメイドになる。
勇者達がこぞって初期装備の麻の服から着替えようとしているから、やたらに繁盛していた。
おかげで、出だしが遅れたツヴォイとコウは、大量に手に入る麻の服を着回しながら、毎日補修に出している状態だ。
流石に、少しは見栄えのするものが着たいと注文すれば、王都の仕立て屋の方にまで依頼することになってしまった。
受け取りは来週末か再来週になるらしい。
「でも、行商で来る服は見た目も大きさもバラバラだから、気に入るモノがあるとは限らないかも?」
「なるほどー、そういうものか」
あと一週間ほどの待ち時間。
家に引きこもっていたころは一瞬で過ぎ去っていったのに、今はとても遠くに感じていた。
いろいろ待ち遠しい。
***
村に来た行商人は四台の二頭立て馬車に、しかも幌付きだった。
毎週村に来る定期便が、一台だけの屋根なしを考えれば、随分と豪華なのだと分かる。
家々がまばらに並ぶ村には3本の通りがあり、それが村の中央付近で交差している。そのほぼ唯一の交差点には、芝生が適当に生えている空き地がくっ付いていた。
普段も定期便が来れば、そこに馬車を止めて露店を開く場所だ。
そこに乗り入れた荷馬車から、商品を広げ始めている男たちの姿が見える。
流石に荷馬車四台も入る程広くはないので、空き地に並ぶのは二台だけ。他の二台は、通りから外れた場所に離れて止まっているのが、建物の先に見えた。
「コウ、コウ! きれいなネックレスがあるよ!」
午後の勉強を強制終了させたレミア達がはしゃぎながら、コウを引っ張る。
コウはうなずく間もなく走らされていた。
その隣にはアズミナもいて、3人でアクセサリー類を見ている。
ツヴォイまで一緒になってアクセサリーを眺めるのも恥ずかしいので、今は三人から少し離れていた。
それに、首にはアズミナからもらったお守りの銅貨がぶら下がっているから、それで十分だと思う。
ただ、すごく久しぶり感じる寂しさだった。
ツヴォイにとって、心が許せる相手はコウしか残らなかった。
もう、他の誰が居ようが居まいが、そんな事はツヴォイにとって関係がない。
寂しいなんて思う事は、ここ最近ずっとなかった気持ちだ。
まさか、小学生にコウを取られて嫉妬しているわけではないが、何年も当たり前に感じていたものが急に離れてしまったようで、少し不安になる。
「なにを弱気な……」
ツヴォイは頭を振って嫌な想像を振り払う。
このまま突っ立っていればますますロクでもない事ばかり考えてしまいそうだった。
ツヴォイは、コウ達とは別の露店へ向かう。
そちらには剣や盾、鎧などの武具が並べ始めていた。種類も数も結構豊富そうだ。
定期便じゃ大半が王国からの支援物資なので、見栄えのしない低価格で実用性一点張りの初期装備ばかりだった。こちらは見ているだけでも楽しそうだ。
並んでいる武具は豪華な装飾が施されて、単純にカッコいい。
ツヴォイが近くにあった片手剣を手に取ってみる。
鞘は木製に革張りのモノ。青い染色がされているのは珍しい。
柄にも彫金が施されて凝っている。
「お客さん、流石ですね! 目が肥えておられる」
突然来た横からの声に、ツヴォイは驚いて振り向いた。
そこには腹は出ているが、筋肉がありガタイが良い、頭髪の薄い男が立っている。
小ぎれいなジャケットを着た姿は、行商の一人だろう。
行商人は満面の笑顔で話しかけてくるが、どうも苦手な笑顔だ。
カミナの笑顔はあんなに安心するのに、どうしてこうも違いを感じるのか分からなかった。
「この品は、エンディエント帝国で仕入れたものでして、そんじょそこらのモノとは段違いの性能なんですよ」
「エ、エンディ……?」
どこだよ、それ。とは聞けないので、ツヴォイは口ごもる。
「少し抜いてみてください。――ほら、剣身も美しいでしょう? 質の良い金属で出来ておりますから、魔物との戦いが激しいあなた様にはピッタリだと思います」
確かに、今持っているショートソードのくすんだ見た目よりは、ずっと見慣れた金属光沢の剣だった。
ツヴォイは少し考えてから答える。
「でも、お高いんでしょー?」
「ぶふっ!」
すぐ後ろで、なぜか吹き出す声が聞こえてきたので振り返る。
「あぁ、お前はさっきの、ぐほ!」
最後まで言い終わる前に、ツヴォイの腹部に拳が突き刺さっていた。
「あなた……、バカな事言ってないでよ」
ツヴォイが体を折りながら一歩下がりつつ見上げてみれば、顔を真っ赤に恥ずかしそうにしている黒髪が長い少女が立っていた。
その顔は先ほどまでゴタゴタしていたストーカー勇者だ。
そして、殴られた衝撃でツヴォイは今更思い出す。
一週間前、襲撃事件の時にコウに突っかかってきた少女、桜花だ。
「こ、コノヤロウ、いきなり何しやがる」
一週間前と同じ言葉を、再び投げかけた。
「うるさい。お、お前が、ぶっ……ふふ、うふふふ」
途中から口元を押さえて、笑いを必死にこらえる様にそっぽを向いてしまった。
何かがツボったらしい。
「お、おのれ、叩き斬ってやる……」
笑いが収まったと思ったら、今度は桜花が剣の柄に手をかける。
と同時に、ツヴォイの目の前にウィンドウが出現する。
『決闘を申し込まれました。受諾しますか? 【はい】 【いいえ】』
「おわわ! まて、まて、やるわけないだろ!」
慌てて空中に浮かぶウィンドウの【いいえ】を連打する。
全く恐ろしい女だ。
勇者が武器を振るえる相手は基本魔物だけになる。
通常はそれ以外の相手に武器を振るおうとしても、体が固まって動けなくなる。
こうして決闘システム自体はあるが、戦闘後のダメージ量からくるHP回復費用がバカ高いので、ダメージを与えない無損試合以外じゃ誰もマトモに戦おうとする勇者はいなかった。
しかし、今、目の前の少女は相手を大破させる気まんまんの、本気の目をしている。余程の金持ちじゃなきゃ、それだけ怒っているかだ。
「お、俺が何したってんだ」
「チッ」
舌打ちをすると、桜花は剣の柄から手を離した。
「ねぇ、そんな装飾用じゃない、もっと良い剣はないの? もしくは便利な道具でも良いわ」
桜花がやたらデカい態度で近寄ってくると、ツヴォイを横に押しのけて行商人の前に出ていく。
あんまりな態度だが、争うのも面倒だとツヴォイは何も言わなかった。
もっと無茶苦茶な女の子なら近くに一人いるので、気にする程でもない。
「はは、これは手厳しいですな。なかなかこれ以上の品は持ち合わせてはおりませんが、我々の商品はお客様の為に幅広くご用意させて頂いております」
苦笑を浮かべていた行商人だったが、ふと笑みを引っ込めると真面目な面持ちで次の商売を口にした。
「皆様方は、日々の生活で煩わしい事はありませんか?」
「わずらわしい事?」
桜花が首をかしげながら聞き返すと、また行商人は笑顔になった。
「えぇ、とても便利な商品のご用意がありまして、よろしければ、あちらの馬車までご案内いたします」
そういうなり、こちらの返事も待たずに行商人が歩き出していた。
ツヴォイは少し迷ったが、今はコウ達と一緒にアクセサリーを眺めると言うのも気まずい。桜花も行商人の方へ付いて行ってしまったので、慌てて剣を置くと後を追い駆けた。
***
「おーい、お客様だ。二つ用意してくれ」
ガタイの良い行商人が馬車の前で叫ぶと、近くにいた男達のうち二人が馬車の中に入って行った。
他の男たちは働くわけでもなく立っているが、休憩していると言う雰囲気でもない。少し妙だな感じだなと、ツヴォイは違和感を覚える。
中央広場から外れると、こちらは馬屋や倉庫があり村人の姿も疎らだった。
「ほら、進め」
馬車から出てきた男達の間には、二人の子供がいる。
その姿にツヴォイは息をのんだ。
「お、おい。これって」
男たちの身なりとは違い、出てきた二人の子供は見るからに汚れたワンピース姿。
そして、何より両手、両足を縛るベルトはまるで囚人のようだ。
「皆様方はまだこちらに来て日が浅いとお聞きしまして、何かと人手が必要かと存じまして」
行商人は笑顔で応じているが、ツヴォイの方は笑えなかった。
「そこで、奴隷などは、いかがですかな?」
金属の擦れる音はツヴォイのとなりから。
桜花が剣を抜き放っていた。
「お客様…………、どういうおつもりですかな?」
先ほどまでの笑みは消え、行商人の表情は怒気を孕んだ恐ろしいモノになっていた。
それを見て、ツヴォイは思わず全身を固くしてしまう。
あれは、恐ろしい大人の顔だ。
「貴様ら、奴隷商か……」
桜花が抜き放った剣を、行商人の方へ向けた。
「だったらなんだと言うのだ」
なのに、行商人の方も怯む事もなく、余裕をもって言い返してきた。
「奴隷を解放しろ!」
桜花の言葉に、行商人は舌打ちをすると一層眉間のしわを深くする。
「……いい稼ぎをしていると期待したのに、とんだ非常識な奴だ」
行商人の言葉に、気が付けば五人の男たちが集まって来ていた。先ほどまで荷馬車の周りで立っていた者たちだ。しかし、手には全員が鞘に入った剣を持っている。
恐らく、奴隷が逃げないか見張っていたのだろう。
その男たちの目を見て、ツヴォイはますます息がつまりそうだった。
ちがう、この男たちはただの荷運び人じゃない。
鋭すぎる目はリアルですら見たことがない。
本当の殺し合いを知っているかの様な、そんな雰囲気が漂っていた。
一人、また一人と剣を抜き放ってゆく。
そんな動作一つですら滑らかで、遥かに慣れている。
奴隷もマズイが、この状況はもっとマズイ。
ツヴォイは慌てて桜花を見るが、その表情を見て輪をかけてマズイ事態だと言う事を教えられただけだった。
歯をむき出しにして、息を荒げる少女はどう考えてもプッツンしている。
「お、おい。落ち着けよ」
ツヴォイが逃げ腰ぎみに声をかけたが、桜花が剣を一振りして威嚇する。
「こい! 貴様ら全員、殺してやる!」
「はっ、ビビッて逃げていればいいものを」
行商人の声と共に、周りの男達が距離を詰めだした。
そもそも、だ!
そもそも、勇者にNPCは攻撃できない。
そんな事は桜花も知っているはずだ。
一体、彼女が何を考えているのか、ツヴォイには分からなかった。
マズイ、マズイ、マズイ!
溢れ出す焦燥感に、ツヴォイの恐怖心が少しだけ麻痺する。
「ま、待ってくれ!」
男たちの前に出て、両腕を広げる。
しかし、男の一人に目の前で睨まれて、それだけで頬が引きつってしまっていた。
こんな、憎悪を孕んだ顔を向けられた事は今までになかった。
「邪魔するな!」
その言葉と共に飛んできた足に、ツヴォイは蹴り倒されてしまう。
見た目よりは体重があるので飛ばされる程ではなかったが、鈍い圧迫感が脇腹に残る。
ツヴォイが倒れこんだその瞬間、目の前の視界に変化があった。
【防衛制限解除 段階一】
そんな赤い文字が表示される。
「防衛、制限?」
見れば先ほどツヴォイを蹴り倒した男の頭上にHPバーと【520-374 man】と言う名前が表示されていた。
取り囲む他の男達の頭上にも、まるで何かの整理番号の様な名前がならぶ。
「あはっ! あなたのおかげで手間が省けた!」
そんな、壊れそうな桜花の笑い声が重なる。




