第十一話 楽園への誘い
魔物の襲撃は昨日の事。
今日もカミナは村役場の長テーブルでお茶を飲んでいた。
勇者達が来てから何かと気になってしまうので、以前のように神殿に引きこもると言うのも落ち着かない。
かといって、今のカミナに何が出来る分けでもない。
襲撃時に大破した勇者も、大怪我を負った勇者も、一度、神野庁の空中神殿に送られ、今は新品の体との交換が終わっていた。
五体満足な状態に戻って、さも元気か、と言えばそうでもない。
「……体の調子はどう?」
カミナの言葉に、向かいに座っていたコウが顔を上げる。
「きのうは少し……、重かったけれど、今日はへいき」
コウは左手を握ったり開いたりしながら答えた。
腕が千切れたコウも、丸々新しい体に交換していた。
元の体は、現在修理中らしい。
コウはあの時の、腕を失った時の感覚を思い出す。
力を入れているはずなのに、何の感触も返ってこないと言うのは、実に奇妙で、恐ろしい感覚だった。
痛みも何もない、無感触な事が怖いものだとは、コウは思いもしなかった。
「そう。ならよかった」
カミナはお茶を一口すする。
もう、ぬるくなっていた。
カミナは、視線をコウの先に向ける。
真新しい長机が受付ホールの中に二つ増えていた。そこには、労働を拒否している勇者達が居た。
それでも今日は、勇者の半数近くはクエストを受けて出発しているが、誰一人として討伐クエストは請け負ってくれなかった。
「あの……、カミナさん」
おずおずと聞いてきたのはツヴォイだ。
ずっと、何か苦しみに耐えている様な顔をしていた。
「なにかな?」
カミナが静かに聞き返しても、中々言葉が続いてこない。
ツヴォイが話し出すまで、カミナは黙って待った。
それ以外に、出来る事はなかった。
「これは……、ゲーム、なのか?」
恐らくこの村の、もしかしたら召喚されたすべての勇者が思っている疑問だろう。
少なくとも、日本政府はゲームだと言い張っている。
ここで起きている事は、全てスーパーコンピューター【次元】の中の出来事だと。
開発者本人が、どういう原理で動いているのか分からないと言っても、それ以外の可能性を認める積りはないらしい。
ここは電子上には存在しない全くの異世界だと主張すれば、そんな得体の知れない空間には若者を送り出せない。計画は白紙に戻すと現日本政府、新しい総理大臣は脅してきた。
この世界はゲームだ。
それを認めざるを得ない状況に、無理やり追い込まれている。
「……我々は生きている。それだけが事実だ」
カミナには、卑怯な答えしか言えなかった。
「俺たちは、…………もう、帰っても良いかな?」
恐れていた言葉に、カミナの顔が驚きに揺れる。
その表情を見て、ツヴォイは視線を逸らした。
しかし、どう引き止めればいいのか、カミナには言葉が見つからない。
ここで帰られては困る。
けれど、それはカミナ達側の事情だった。
その事情を、勇者達に押し付けても彼らは納得しないだろう。
納得が得られなければ、彼らは動かない。
「コウも、……帰るの?」
静かにもれた言葉は、コウに抱きついていたレミアからだ。隣にはアズミナもいる。
もうすぐお昼と言うこの時間に畑に出ていないのは、一昨日の襲撃以降、村から出る事を禁止されているからだ。
村役場で腐り落ちていたコウを見つけたレミアは、すがり付く様にコウの胸に抱き付いたままだった。
それ以上何も言わないが、その力んだ手の震えがコウにも伝わって来る。
コウは目を伏せると、レミアの頭を撫でていた。
昨日、片腕を切断されて帰って来たコウを見て大いに取り乱し、ひどく泣き叫んだレミアはあれから殆ど口を利いてくれなかった。
出発前に、あれだけコウが戦う事に反対していたレミアだ。
その日の内には五体満足な新しい体を手に入れたコウだが、レミアの方はあの恐怖が焼き付いてしまっているらしい。
「カミナ様……。また、モンスター来ますか?」
アズミナが不安そうな声を出す。
普段が快活な子だが、まだ十二歳ぐらいだ。
不安にずっと押しつぶされそうなのは、アズミナ達の方なのだろう。
「大丈夫だよ。私が居る限り、村は守る」
「……うん」
アズミナの小さな返事。
我慢できなくなったツヴォイは突然立ち上がった。
悲壮な顔をして、迷うような顔をして。
「コウ!」
叫ぶ声に、びくりとコウの肩が震える。
「お、俺は! 悪夢が大の苦手だ!」
突然何事かと、ホールの中に居た他の落伍勇者達も顔を向ける。
「このまま! このまま、帰ったら──。絶対悪夢にうなされる自信がある」
先ほどまでの張り詰めていた空気が、少しだけ妙な沈黙になっていた。
ツヴォイは黙ってしまう。
コウが視線を落としたままつぶやいた。
「わたしも……、悪夢はヤダ」
もう、苦しい夢にうなされて深夜に飛び起きたくはない。
寝る事は恐ろしい事。
怖いモノ、見たくないモノ、削除してきたそれらが襲い掛かってくる。
だから悪夢におびえて、深夜もパソコンのモニターを見つめ続ける。
麻酔薬の様にゲームで脳を麻痺させて、気絶するまで遊ぶ。
そして、死ぬような深い眠りを追い続ける毎日。
レミアを抱きしめたまま、コウはツヴォイに顔をむけなかった。
向けなくても、ツヴォイがどんな顔をしているか分かってしまっていた。
「だから、わたしは戦うよ……」
その言葉に、ツヴォイの表情が救われたように柔らかくなる。
壁際で音を立てて立ち上がったのは、長い黒髪の少女勇者だった。
揺れる二房の髪の毛に、怒りを滲ませて歩いてくる。
「お、おい」
一緒に床で座っていたイケメンな青年勇者が呼び止めようとするが、それを無視する。
床板を重々しく鳴らしながらやってくる姿は、とても仲良くしようと言う表情ではなかった。
コウがそっとレミアを離すと、椅子から立ち上がり机から少し離れる。
目の前に来た黒髪の少女勇者は、突然コウの襟をつかみ上げる。
誰かが何かを言うよりも早く、その体を持ち上げたと思った時には投げ飛ばしていた。
見た目よりもずっと重いコウの体が、床を激しく打ち鳴らして倒れた。
「な、何しやがる!」
ツヴォイが詰め寄ろうとするが、立ち上がったコウが間に入って阻む。
黒髪の少女勇者は何かを言おうと口を開いたが、結局何も言い出せずに、また閉じてしまう。
遅れて来たイケメンな青年勇者が、そっとその手を取っていた。
「すみません。突然に……」
青年勇者の言葉に、コウは静かに首を振った。
ここに居る全員が、迷っている。
ここで見聞きした事は単なるゲームの中の話で、リアルに帰って忘れてしまえばいい。
けど、あんな生々しい挙動をするNPCが本当にゲームの中だけなのか、実は本当に生きているんじゃないのだろうか。
だとしたら、それを見捨てるのか?
もし、NPCが単なる電子データで簡単なプログラムの塊に過ぎないのならば、そもそも彼らの生死なんて気にする必要もない。
気にしないなら、ここに残って彼らが死ぬ中戦い続ければいい。
気にするから、リアルに逃げたいと思う。
気にするから、見捨てられないと悩む。
矛盾する欲求。
「アタシ達は、どうしたら良いのよ!」
見れば、黒髪の少女は泣いていた。
どちらの道を選んでも、苦痛しか待っていない世界に。
カミナはそっと立ち上がる。
迷っている彼らを一押しするなら今しかないと思えた。
しかし、次の足を踏み出す事が出来なかった。
彼らに何と言えばいいのだろうか。
助けてくれ?
見捨てないでくれ?
勇者らしく戦え?
思い浮かんだ全ての言葉が、悪い結果しか想像できなかった。
余りにも脆すぎる彼らの心は、どちらに押しても崩れてしまうだろう。
そして、それが、彼らが背負って来た罪なのかもしれない。
「桜花」
自分を呼び止める声に、黒髪の少女勇者は振り返った。
先ほど叫んだ桜花の声に、村役場のホールに居た誰もの視線が集まっている。
「ジン……」
泣き顔を見られたのがムカついて、強引に涙をぬぐう。
「やっぱり、僕らだけでも帰ろう。これ以上こんな世界に留まる意味なんてない」
「……そう、だけど」
わき腹に大穴を開けて倒れていたジンと呼ばれた青年勇者も、今は新しい体で元気になって目の前に居る。
あの時の恐怖は、桜花にとっても現実と仮想の区別がつかない程に溶け合って、混ざり合っていた。
だから、ホールの出入り口から入って来た兵士を見て、桜花は再び泣きそうになってしまった。
昨日の戦場で、桜花が目に追っていたコウ達と共に、一緒に戦っていた兵士の一人だった。
「勇者様方お揃いで」
ここになぜ半数近くの勇者が揃ってしまっているのか、そんな事情も知らない若い兵士がにこやかに声を掛けてきていた。
「やっと、親友の様態が落ち着きまして。何とか命は取りとめられそうなので、お礼を言いたかったのです。本当に、勇者様方がおられなければ、俺は友を失っていました。本当に、ありがとうございます」
そう言って、深々と頭を下げていた。
そんな事を言われてしまったら、そんな態度を取られてしまったら、見捨てられなくなる。
「あなた、名前は?」
涙をこらえて、桜花は兵士を見つめる。
「やめろ!」
ジンが鋭く遮った。
名前なんかを聞いたら、ますます情がわいてしまう。
ジンは強引に桜花を引き寄せる。
兵士を睨むと声を上げた。
「お前も帰れ! これ以上僕たちに関わるな!」
「ジン!」
桜花は叫ぶと、腕を振ってジンを払いのける。
「もう手遅れよ! アタシ達がリアルに逃げ帰ってどうなるって言うの! リアルから逃げて来たアタシ達が! 誰も辛かったねなんて慰めてくれない。待っているのは、こっちですら役立たずのクズを見る目よ!」
「…………」
ジンも、他の勇者達も何も言えなかった。
その未来をありありと想像してしまい、誰もが歪む顔を抑える事も出来ない。
「どうせ、アタシ達に未来なんてないのよ……」
そんな沈黙、うろたえる兵士、カミナはふと小さく笑ってしまった。
「死なばもろとも、か」
その考え方は嫌いじゃなかった。
それどころか、勇者達が来るまでのカミナは、自分が動く最後のその時まで魔物を一匹でも多く道連れにする事だけを考えていた。
ようやく、カミナは一歩前に踏み出す。
「君達、昨日は良く戦ってくた! 後回しになってすまなかったが、それについての報酬は用意されている。後で配るから楽しみにしていてくれ」
勿論、誰一人として楽しみにする勇者は居なかった。
今さら、ゲーム内のお金がを貰えても嬉しくない。
誰も望んで来た分けではない。
「そして、すまない。君達には、もう少しだけ我々とこの地獄を過ごして貰いたい」
その言葉に、ホールの勇者達が騒めく。
「君達は、自身の持っている力を理解していない」
カミナはやっと彼らの事を、少しだけ分かってきていた。
昨日今日来たばかりの人間に、いきなり魔物との戦いが出来るはずがないのだ。
肉体ではなく、精神的に無理だ。
しかし、彼らは戦う事が出来た。
それはゲームとしての戦闘体験を積んできたから、と言う理由ではない。
そんな仮想の戦いを幾ら繰り広げても、本当の戦闘で動ける人間はほんの僅かだ。
必死に訓練を積んできた兵士が、初の実戦でやたらと死傷する。
訓練でどんなに好成績を叩きだしていた兵士も、本物の空気に呑まれた瞬間に命を落とす。
そして、彼ら勇者達も下手くそでありながら、ゲームだと思っている内は上手く戦っていた。
それが、あの巨大花のシラードルト型が出現し、蹴散らされ、大破する勇者の姿を見た瞬間に瓦解し、一気に村まで攻め込まれてしまったのだ。
彼らは本当の戦場を知って、身動きが取れなくなっていった。
そうれがどうだ?
「味わった挫折の恐怖は、簡単には癒えない。そんな人間が再び戦場に出ても、足がすくみ、体が鈍り、折角拾った命をムダに散らせるだけだ」
なのに、あの戦闘で大破した勇者は四人だけだ。
そう、たった四体だ。
確かに勇者達には死への恐怖は薄いだろう。
しかし、この生々しすぎる世界では、いくら理性で割り切っていても心が恐怖を覚える。
それは、同じ道を通って来たカミナには良く分かっていた。
本当に、一昨日の戦闘はド素人が戦ったとは思えない大勝利と言っていい。
「再び戦場に出た君達は勇敢だった。村人から死者が出なかったのは、君達のおかげだ」
そう、彼らは知っている。
恐怖との付き合い方を。
挫折した心の立て直し方を。
どうしようもない現実の諦め方を。
「ぼ、僕達に、あなた達の命を背負わせる気か!」
ジンが叫ぶように言い返す。
そんなもの、背負える分けがないと。
カミナは静かに首を振った。
「ありがとう……。来てくれて、本当に、ありがとう」
カミナは再びの礼を言う。
それは、勇者の心の隙間にそえた楔。
「そして……」
その楔に向け、カミナは言葉の槌を振り上げる。
すべてを諦めて来た彼らに、また一つ、諦める理由を与える為に。
苦しむ勇者達に、楽園への誘いを口にする。
「私と一緒に、この世界で死んでくれ」
帰る場所を視る事が出来ない彼らに、妖しい光を目に湛えたカミナは、ほの暗い安らぎの両腕を広げた。
今回の話で、勇者達の異世界への導入は終わります。
次回からは、異世界生活が本格的に始まり、常識と価値観との摩擦、国家の繁栄とは何かについて、徐々に突っ込んでいく事になります。
ここまで必死過ぎな勇者達というニッチな物語を読んでいただき、ありがとうございました。
少し駆け足で投稿してまいりましたが、次回からは少しペースを落として週一回ぐらいで投稿していけたらと思います。
これからも、躁鬱を患ったニート達の妙なテンションで、バカ真面目な物語を進めてまいります。
どうぞ、よろしくお願いします。




