第十話 勇者達が守りたい者
風切り音を鳴らしながら襲ってくる爪は、人の指のように太い。
必死に盾をかかげて防ぐが、表面の金属板が削られ火花が散る。
「つ!」
このままでは何回も攻撃を防ぐ前に鉄板が貫かれて、その先の木製の心材なんか一撃で破壊されてしまうだろう。
再び左上から襲って来た爪をみて、ツヴォイは慌てて盾を引いて後ろに飛んだ。
「んが!」
しかし相手の踏み込みが深い。
逃げきれない胴体が、斜めに切り裂かれていた。
今の一撃でかなり減ったが、HPバーはまだ半分以上ある。
しかし、ツヴォイの視線に見えた胴体の傷が、流れ出す血とそこから感じる不愉快な圧迫感が妙に生々しい。
「ツヴォ!」
コウが叫びながらクルムズ・リーダーの背後に回っていた。
ツヴォイも意図を理解して、素早くクルムズ・リーダーに斬撃を浴びせる。
直後にクルムズ・リーダーが振り上げる腕に、ツヴォイは盾を構えた。
昨日の戦いを認められて、カミナに貰った盾だ。
壊したくない。
しかし、それ以上にこの盾は実戦をくぐり抜けて来た、カミナの相棒でもあった。
ツヴォイはカミナに教わったように、左手の親指で盾の遮断板を外す。
「頼むっ!」
意思と力を込める左腕に、温かさを感じた。
盾の紋様に青い光がはしり、同時にクルムズ・リーダーの爪が降ってくる。
激しく飛び散ったのは火花ではなく、青白い透明な光。
クルムズ・リーダーの爪は、緑色に透き通る光に防がれていた。
魔力を与えられた盾の力。
【魔力障壁】
ツヴォイは力強く前に踏み出すと、クルムズ・リーダーの右腕を盾で押し返して、鋭く剣を突きだした。
しかし、狙いが甘く胴体に当たりはしたものの滑ってしまう。
「くそっ!」
すかさず、背後から駆け寄ったコウが飛び上がり、大きく剣を振り上げる。
自身の体重を落下速度に乗せて、右腕に全ての威力を込めて斬りかかった。
完璧なタイミングだった。
鋭い金属音が響く。
「!?」
コウの振り下ろした剣はクルムズ・リーダーの固い尾の先で受け止められていた。
その上、薙ぎ払うように振られた尾に、コウは大きく飛ばされてしまう。
「んあぁっ!」
コウは着地ができず、地面を転がるように倒れ込んでいく。
「コイツ! 後ろに目でも付いてんのか!」
今のは確実に視覚の外からの攻撃。
防がれるはずはないと思っていた。
しかし、そもそもクルムズ・リーダーには頭がなく、どこに目があるのかすら分からない相手だ。だが、あの動きは確実にコウの動きが見えていたという事か。
ツヴォイが悪態をついていると、再びクルムズ・リーダーが爪を振るってくる。それを盾の魔力障壁で防いく。
その一瞬、視界が盾に覆われる。
「ぐぁ!?」
下から潜り込んできた尾にツヴォイは対応しきれなかった。
前に出していた左足の太ももを貫かれている。
痛みはない。気持ちの悪い圧迫感があるだけだ。
しかし、足への力の入り方が、ハッキリとわかる程に落ちる。
「ツヴォっ!」
再び駆け寄ってきたコウが横なぎに剣を振るうが、またしても尾に阻まれてしまう。
「コウ! 手を休めるな! 攻め続けろ!」
前後から挟んで休みなく斬りかかれば、爪と尾の同時攻撃は封じる事が出来る。
だが、下手くそなコウとツヴォイの剣では、いくら斬りかかってもクルムズ・リーダーの体を深く斬る事が出来ず、HPバーの減り方は小さい。
その前に、防ぎきれない攻撃で自分たちのHPの方がどんどん減っていった。
HPポーションを飲むか?
一瞬、ツヴォイの脳裏によぎったがすぐに否定する。
回復の為にどちらかが下がった瞬間、残った方が襲われてHPを全損するだろう。
「くそ、くそ!」
「あああぁ!」
何度目かの攻撃がツヴォイの胴を切った時、ついにHPバーが黄色へ変わった。残り三割の危険域。
このままでは、やられる!
「うおぉぉ! 突けぇ!」
掛け声と重なる複数の声。
横から繰り出された三本の槍を受けて、たまらずクルムズ・リーダーが飛びのいた。
「我々が支える間に回復を!」
鎧姿の兵士の言葉。
ツヴォイはあり得ないモノを見ている気分だった。
なんで、NPCがプレイヤーの戦闘に参加してきているんだ。
いや、そう言うゲームは確かに他にある。
けどこのゲームは、あの村に居た人々は死というものを本気で考えていた。
こいつらは死ぬんだ。
ここで命を落とせば死ぬと言うのに、何で前に出て来られる。
死ぬことがない俺達とは違うはずじゃないのか。
迷っている暇はなかった、ツヴォイはすぐさまウエストバッグからHPポーションを取り出すとそれを飲む。
包帯まで巻くつもりはなかったが、見ればすでに浅い傷は塞がっていた。
HPは戻っていないので、見た目だけが治っているに過ぎないのだろう。
それでも、冗談のような回復力に小さく笑ってしまっていた。
HPポーションによるジワジワとすすむ回復には、まだ時間が掛かりそうだ。
「あああぁぁあ!」
コウの叫びにツヴォイが慌てて前を向けば、回復もしないで突撃していく姿だった。
兵士達がクルムズ・リーダーに迫ろうかと言う瞬間に、間を追い抜いて突進していったコウは、正面からクルムズ・リーダーにぶつかって行く。
しかし、速度も足りず、体格の良いクルムズ・リーダーを弾き飛ばすことは出来ずに、片手で受け止められてしまった。
「勇者様!」
誰かが叫んだ時、コウは攻撃を避けようと後ろへ飛び退こうとした。
なのに、体はぬい付けられたように後退を阻む。
クルムズ・リーダーの爪が、コウの盾を掴んでいた。
「ひっ!」
ひきつくコウの喉。
突き出された尾。
飛び散る血。
倒れ込む身体。
「うおぉぉ!」
すかさず兵士たちが繰り出した槍の一本が、クルムズ・リーダーの右肩に突き刺さった。
風鳴りの様な叫び声と共に、クルムズ・リーダーは腕を振り回しながら後ろに飛び上がる。
「コウ!」
追いついたツヴォイの前で、コウは血に濡れて倒れていた。
左腕がない。
それでも即死はしていないと、ツヴォイは安堵する。
膝をついて包帯を取り出した。
見開いていた目で空を見ていたコウが、キッっとツヴォイに視線を合わせる。
「ツヴォ! 村の人たちに戦わせちゃダメ!」
言うなり残った右腕で立ち上がる。
「なに言っているんだ。お前、そのペースでHP減らしていったらすぐに死亡だぞ」
今も、出血でじわじわとコウのHPは減り続けている。
「死なない! わたし達は、絶対に死なない!」
これはゲームだ。
俺たちは確かに死なないが、今はそう言う話をしている分けじゃない。
ツヴォイはそう言い返そうとした。
その前にコウがさらに続けていた。
「あの人たちは死ぬ! 死ぬんだよ!?」
そりゃ、NPCの事だろ。
そう思っているのに、ツヴォイには言い返せなくなっていた。
「あれを仕留めるまで動けばいい! ツヴォ! 手伝って!」
「分かった!」
コウの言葉に、ツヴォイは即座に迷いを捨てると立ち上がった。
「盾は俺がやる!」
「たまには逆も良いね!」
そんな軽口を言うコウに、ツヴォイはニヤリと笑いながら走り出した。
右肩を負傷したクルムズ・リーダーは、素早い動きをせずに待ち構えている。
そこへ、真正面からツヴォイが飛び込んでいく。
予想通りにクルムズ・リーダーが左腕の爪を振るってきた。
それをツヴォイは魔力障壁を発動させた盾で防ぐ。
しかし、空中で爪を止められても押し込むように圧力を掛けてきた。
そこに尾が頭上から襲い掛かって来る。
「このぉ!」
ツヴォイが剣を振るうが、早すぎてタイミングが合わない。
剣を当てたもの、軌道を僅かにずらす事しか出来なかった。
ツヴォイの右肩に深々と尾が刺さってしまう。
気色の悪い感触に顔を歪めたが、ツヴォイはすぐに笑いかえす。
ツヴォイは剣を放し、右腕でがっちりと尾をつかみ、動きを封じる。
「コウ!」
「ああぁぁ!」
ツヴォイの後ろから走り込んできたコウは地面を踏み切ると、ツヴォイの左肩に足を乗せて更に上へ飛び上がった。
「ぬうああぁあぁ!!」
クルムズ・リーダーを上から見下ろしたコウは体をひねり、残った右腕を引き絞る。狙うは、同体で最も広い肩の裏。
そして、落下の重量を込めてクルムズ・リーダーの背中へ、一気に撃ち放った。
甲殻を突き破る感触と、弾ける破砕音。
コウの剣がクルムズ・リーダーの背中に深く突き刺さっていた。
ひときわ大きな風鳴りが響きわたった。
動きが止まる。
ぐらりと揺れたクルムズ・リーダーの体に、コウはもう力が入らない。
倒れ込む巨体に振られて投げ出されていく。
ぼすっと、コウは柔らかい所に落ちた。
「ナイスキャッチ」
ツヴォイが自分で言っていたのだから、コウが薄く笑う。
目を閉じてしまいそうだったコウに、ツヴォイはウエストバッグから取り出したHPポーションを無理やり飲ませる。そして、包帯と共にコウを兵士達にたくした。
兵士の一人が持ってきたコウの腕を千切れた肩に押し当てて、その上から包帯でぐるぐるに巻きつけていた。
そんな、デタラメな応急処置があるかとツヴォイは苦笑いしてしまったが、先ほどツヴォイが刺された左足の穴はすでに塞がりかけている。
勇者とは、そういうデタラメなモノなのかも知れない。
後ろを振り返れば、勇者達が兵士や武装した村人たちの応援もあり、クルムズをほぼ全てを討伐していっていた。
倒れて手当てを受けている人影が見えるが、出来ればそれが全部プレイヤーであって欲しいとツヴォイは思う。
その時、大きな爆発音が辺りを包む。
森の方を見たツヴォイの先では、二本足で歩く巨大な赤い花が見えた。
いや、花の様な見た目だが、足は動物的な筋肉が黒緑色とまだらな緑色。
肉々しい胴体の先が四方に広がって、花弁のように赤く咲いている。
その花弁の先には、八本の触手のような腕と、その先に指らしきもの。
その触手の指先が光ったと見えたら、鋭い雷撃の線が何本も地面へ向けて奔る。
着弾した雷撃が土煙を何本も立てる。
それを左右にかわしている青い影はカミナだ。
そして、あっという間に巨大花の足元に来ると、一気に飛び上がり、青い奇跡と共に触手の一本を斬り飛ばしていた。
空中に飛び出し回避が出来ないカミナに向かって、残る触手が立て続けに雷撃を撃ちだしてくる。そして、そのうちの一本が直撃する瞬間、弾け飛んだのは薄い水の膜だった。
立て続けにカミナの姿を雷撃が撃ち抜くが、どれも水膜の虚像を追いかけていた。
カミナが地面を滑りながら着地すれば、即座に反転、巨大花の足元めがけて駆けだした。
雷撃ではとらえきれないと思ったのか、巨大花は花弁の中央に火の玉を膨れ上がらせていく。
「マジかよ……」
流石に、あの戦いには入れる気がしないとツヴォイは思った。
巨大花の魔物が、大質量の足で大きく地面を薙ぎ払う。
衝撃に地面が砕かれ、舞い上がる礫はそれだけで攻撃力を持っている。
それを、カミナが後ろへ飛びのいて回避した。
直後に打ち出された巨大な火球が、着地したカミナに向かって後を追う。
直撃すれば【始まりの勇者】の肉体であっても、跡形もなく消し飛ぶ威力だと言う事が、その蠢く火炎の渦に見て取れた。
逃れても、あれでは爆発に巻き込まれてタダでは済まない。
しかし、カミナは逃げるそぶりも見せずに、大剣を振りかぶる。
そして、間合いも遙かに遠くから斜めに振りおろした。
大剣の軌跡を描いて、青い水壁が巨大な斬撃となってほとばしる。
それを受けた火球が中央部を歪ませると、均衡を崩したエネルギーが空中で大爆発を起こした。
先ほどと同じ轟音が響き渡る。
間髪入れず、再び降り注ぐ雷撃の着弾地点が、カミナの居た位置から一気に巨大花の足元にまで連続した。
それよりも更に早く駆け抜けていたカミナの大剣が、巨大花の左足を大きく斬り裂く。
巨大な花が膝を付けば、すぐさまもう一方の右足も深く斬り込んだ。
倒れてゆく巨大花は土煙を盛大に巻き上げ、最早狙いも定められない雷撃魔法を無暗にばら撒くだけだった。
その雷撃の一筋が、ツヴォイの横を通り過ぎる。
「が、がっごぁ……!」
「え?」
変な声に、ツヴォイが後ろを振り返った。
「頭を下げろ!」
「ダメだ、血が! 抑えないと!」
倒れ込む兵士が胸から血を流していた。
必死に別の兵士が両手で圧迫するように傷口を押さえつけていたが、ジワリと赤い液体が広がっていく。
「早く包帯を!」
「やめろ! お前まで撃たれるぞ!」
慌てる二人の兵士の言葉を聞いていたツヴォイは、すぐさま傷口を押さえている兵士の前に回った。
そして、巨大花から飛んでくる雷撃を少しでも防ごうと盾を構えて膝をつく。
「勇者、様……」
後ろで兵士の声が聞こえる。
こう言う時、なんて応えればいいのか、ツヴォイには分からなかった。
「……一回しか防げない」
不器用に、それだけを言う。
先ほどの戦いで、ツヴォイのHPは残り一割ちょっとだ。
それでも、肉壁ぐらいにはなるだろう。
応急手当を始めた兵士は何も言わなかった。
ただ、涙を呑む気配だけがツヴォイには伝わってきていた。
視線の先で、巨大花の胴体がカミナの振るう大剣にじわじわと両断されていく。
これで、この戦いは終わりだ。
更生プログラム開始五日目だった。
ツヴォイは考えずには居られない。
「これ、ゲームじゃないだろ……」




