店主の考え方
居酒屋『遊楽亭』の店主のお話
店を開けるのは夕方の6時から、そして閉めるのは朝の6時。客のピークは夜の10時から次の日の3時まで。
現在、店が閉まる1時間前。この頃になると客は少なくなり俺の手も忙しなく動く事はあまりない。
「はい、お待ち」
「どうも」
客の目の前で品を作るのが俺のポリシー。出来たてをすぐに出せれるし、俺は手長だから厨房から少し離れた場所にいる客にも品を手渡しすることが出来る。
「店主、このナスの煮浸し、さらに美味くなったな」
「あぁ」
今、目の前の席に座ってナスの煮浸しを食っているのは、昔からの馴染み客でいぬがみコーポレーションの創立者、いぬがみだ。
ここに来る客は、いぬがみみたいな偉い奴だったり、巷で流行りのギターガールだとか言う奴だったり、海外からの客も来る。最近はやけに海外からの客が多くなって来たような気がするな。
「はい、エビチリ」
「ありがとうございます!」
「長芋チーズ春巻きとサンマの唐揚げ」
「ありがとうございます」
「メリー先輩、さっきラーメンをガッツリ食べたばかりですよね。そんなに食べて大丈夫ですか?」
「うん、最近よくお腹が空くのよ」
いぬがみの隣には会社の仲間だとか言う奴が2名、座っていた。チャイナ服を着た姉ちゃんは前にこの店でマッコリを飲みながら泣いていた記憶がある。そんでもって、隣の姉ちゃんはテレビでギターを弾きながら歌を歌っていたな。
「そういやぁ、前から思っていたんだが。最近の若者は品を出した瞬間に携帯のカメラで写真を撮ってるな。あれはなんだ?あいつらはカメラマンにでもなりたいのか?」
俺の疑問に答えたのはチャイナ服の姉ちゃん。名前は飛頭蛮って言ったな。覚えておこう。
「カメラマンじゃなくてブログとかに載せるために写真を撮っているんだと思いますよ」
「ブログ?……あぁ日記みたいなあれか」
足長もブログって言うやつをやってたような気がする。俺はてっきり写真を撮っている奴らは全員カメラマン志望なのかと思っていた。
「Twitterとかにも載せる妖怪いますよね」
メリーさんも答えてくれた。
「今日の夕飯はこれだよ〜とか」
「俺としては出した品を温かいうちに食ってほしいんだが」
カメラで写真を撮っているうちに品が冷めるだろ?それに、夕飯を誰かに教えてどうするんだ?
「いぬがみ、俺の考えが古いのか?」
「店主、考え方は妖怪それぞれですよ」
「そうか」
いぬがみは古い考え方と新しい考え方の両方を持ち合わせているからな。こう言う時はとても参考になる。ついでに鯖の味噌煮も出してやった。
「これ、頼んでないが」
「今、店にはお前たちしかいないからな。まぁ、サービスだと思って食ってみろ」
「ありがとうございます」
「姉ちゃん達も食っていけ」
足長から貰ったハワイ産の魚をフライにして、飛頭蛮とメリーさんに渡した。それにしてもメリーさん、よく食うな。腹壊さないか?
「俺は電話とメールしか使わないからな」
「あっ、その携帯。いぬがみコーポレーションで作った携帯ですね。しかも旧型のガラケー」
いぬがみがいぬがみコーポレーションを立ち上げて間もない頃にいぬがみから渡された携帯。もう、携帯はボロボロだが愛着が湧いてな、今だに使っている。その前に
「ガラケーってなんだ?」
「ガラパゴス携帯の略ですよ」
「最近のやつはすぐに言葉を略すな。流行りか?」
「店主、時代ってやつですよ」
「そうか」
そのあと、飛頭蛮からガラパゴス携帯の意味を聞いた。
「あの、デザートにバニラアイスを3つお願いします」
「分かった」
「メリー先輩、お腹壊さないですか⁉︎」
「うん、まだ大丈夫だよ」
大食い大会に出れば間違いなく優勝出来ると思う。
* * *
いぬがみと飛頭蛮とメリーさんが帰った後、店じまいをしている時、足長から写真付きのメールが届いた。
写真には白い熊と足長が肩を組んでいる写真。というかもう、南極に着いたのか。足長だから、着くのが早いな。
俺はそのメールの返信として
『土産は美味い魚をくれ』と返信した。
さて、あいつが帰って来た時に、その土産で何を作ろうか。