閑話 調教風景
2,3日とか言っておきながらいつの間にか1週間経ってました。
ちょっとこちらの作品は不調気味なので、当面は不定期更新となります。
ご迷惑をおかけします。
赤い英霊イェーガーが作り出した異空間では642人の終わりの見えないデスマーチが続いていた。
何もない空間に唯一あるのは1周750メル(約1500メートル)のトラックで、642人の志願者たちは死に物狂いで走り続けていたのである。
「大声出せ!! ハラワタ掴み出されたいか!?」
そんないつ終わるとも知れないデスマーチをしている彼らに凶悪な言葉を放つ女性がいた。
将来彼らの上司になるだろうバルトリム王国において初の女性魔導騎士、クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグであった。
最後尾を走っている彼女は脱落者を今か今かと待っていた。
その手に握った魔剣を振って間合に入ってきた脱落者を切り伏せたくてたまらない様で、それがより一層志願者たちが走る気力となっていた。
当然だがクリスティが本気になれば彼らは一人残らず魔剣のサビとなるだろう、それがまだ一度も起きていないのはまだ訓練が始まって3日目で、彼らにまだ気力が残っている証拠であった。
「イエスマム!!」
「声が小さいぞクソども、タマ付いているのか!?」
「イェスマァッム!!」
「ならもっと声を出せ、無価値じゃないと証明して見せろ!!」
わざと魔剣を振るとその風圧で最後尾にいる志願者たちに悪寒が走った。
小さく悲鳴を上げると少しでも前に行こうと更に速度を上げていく、恐ろしい教官の近くにいたくないのだろう。
この3日間で、クリスティは志願者たちに徹底的な上下関係を作った。
『教官である自分は神で、それ以外は全て無価値なクソ以下の存在』にしたのである。
別段クリスティは自分が神とは欠片も思っていない。
この訓練法はイェーガーがニヤケながらクリスティに教えたものなのだ、その訓練教導法を行っているに過ぎない。
とはいえ、ノリノリでやっている事は否定しない本人であったが。
「……嗚呼、クリスティがあんな汚い言葉を…何の疑いもなくあのバカ英霊の言葉を聞くなんて」
「けどお嬢様、すごく楽しそうですよ?」
「こっちに被害が来ないので、正直助かります」
遠くからクリスティの副官ジョナ、執事レーヴェ、従者バーレンの3人がそれぞれの感想を口にしていた。
平民階級のジョナにとってあの程度の汚い言葉など何ともないが、それを口にしているのは貴族階級の中でも高位貴族の令嬢が楽しげにしていることが問題なのだ。
異空間内での訓練だから誰にも知られていないが、これを部外者に知られればクリスティのイメージが更に悪くなるのは明白、どころか白眼視されるのは必至である。
頭の足りていない執事はクリスティが楽しければいいという思考でいる上、新米従者のバーレンに至っては矛先が向けられないことに安堵していてまるで役に立っていない。
その矛先を一身に受けている志願者たちの中でも中盤位置に走っているヴァルター少年は集団の最前線へと何としても向かおうとしていた。
しかし走者の中でも前半にいる200人以上は冒険者、あるいは武芸者たちも最後尾にいる者たちほど必死ではないが決して気を緩めてはいなかった。
この数日走り続けている彼らはこれがクリスティのいう所の『篩い落とし』なのだと理解していたからだ。
成績上位者でい続けなければ、間違いなくクリスティから見切りをつけられ、この訓練から弾き出されるのは目に見えていた。
最前線で走り続けている彼らだからこそ手を抜けないのだ。
ヴァルターも順位としてはこの3日間で順位は上がっているがそれでもまだ300番台手前、いくらでも代わりの利く順位にいる志願者の1人でしかない。
最前線にいる元薔薇乙女騎士団所属の少女騎士ツアレ・ドライ・ラルトのような実力者でもない限り、クリスティはたとえ合格者第一号であるヴァルターであろうと切り捨てるのだから。
「くそう、まだ始まったばかりなのに、負けてたまるか!!」
強引に自分の体をねじ込み前に前にと進むヴァルターにイェーガーが楽しげに見つめていた。
他の志願者とは違う必死な表情と滲み出る不安を混じり合わせた苦悶を見て愉しんでいるのである。
「イヒヒヒヒ、やっぱあの坊主、おもしれえぜ。
荒削りながらの原石ってところか…あのおかっぱ少女騎士ツアレちゃんも中々の原石だし、お嬢の部隊は面白い連中でいっぱいだにゃぁ」
「…何よイェーガー、何か面白い事でもあったのかしら?
楽しむのなら私も混ぜなさい」
この訓練を始めてからクリスティはイェーガーの悪趣味にも付き合うようになっていて、趣味の研究以外にも新しい発見があったのだと進んで付き合っていたのである。
今のところ深いなことはしていないが、表層を舐めても平気になったクリスティは立派に『悪趣味』になっていた。
「うんにゃ、まだまだよ。
もう少ししたら教えてやっから、お嬢はこいつらを使って楽しんでなって。
オレ様ちょっと別件があるから、ちょっといってくるっちゃ」
「そう、いってらっしゃい。
お土産よろしく」
「アイアイサー」
イェーガーの言葉に気付いたクリスティはくすりと笑うとイェーガーに手を振って見送った。
相変わらずの主従、相変わらずの気安い関係である。
これでお互い好き勝手にやっているのだというから摩訶不思議といえよう。
お互いが振り回し合っていながらも笑い合って楽しんでいるのだ。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
自らの作った異空間から出たイェーガーは王都を離れ国境付近へと転移した。
このバルトリム王国内ならばもういつでも好きに転移出来るようになったイェーガーは以前起きた異変の現場へとやってきたのである。
何もない平原で、少し先にはバルトリム王国とシグルド武国を隔てる要塞がある位の、それ以外に本当に特徴のない平原である。
「……へぇ、ここでオレ様の『渾沌』モドキが消滅した場所か。
妙な力を微かに感じるねぇ……なんだったか…法力の類、うんにゃ霊気の類かにゃぁ?」
端正な顔を顰めながら赤い英霊は首を傾げた、何も無いこの平原で何が起きたのかを知っていたが、事の顛末を詳しく理解してからは心当たりがないか推測し始めたのだ。
「…火か、あの帝国の英霊が火に特化した魔導の使い手…いんや、名前がオレ様の知っているヤツと違うし、決め手に欠けるぜい」
辺りを見回しても他に気付くべき点が無いので諦めようとした時、イェーガーは無駄足と判断して帰ろうとした時、
『―――グルルルルルル』
―――それは現れた。
「な、なんだいありゃあ?
めちゃオレ様の知っている『四獣』の一匹にそっくりさんじゃぜ!?」
唸り声を上げたのは純白の毛並みを備え黒い模様の入った獣であった。
思わぬ出会いにイェーガーは驚き半分、不思議半分といった所であったが、別段脅威とは感じなかった。
「強さはオレ様の造った『渾沌』モドキの半分もない。
…カウンタートラップか、迎撃で小手調べといった所か…はん」
イェーガーは自らを襲い掛からんとする白き猛獣と向き合った。
「爆ぜろよ白き虎、悪しき風に呑み込まれろや」
両手から黒い風が溢れ出すと、飛び掛ってくる猛獣に叩き付けた。
ごく自然に、まるで慣れた仕草でイェーガーは笑っている。
『ギュルルルがアアアアア!!』
黒い風に呑み込まれると、猛獣は避ける事も適わずにその身を弾け散らしたのだった。
猛獣の断末魔にさほどの興味も示さず、イェーガーは辺りを見回す。
周囲に監視している者がいないか確認したのである。
「……いないか、となるとこの白虎モドキが消滅することで術者本人に知れるという訳か…」
倒した白虎に興味は示さずとも、その背後にいる術者には興味を持ったイェーガーは楽しげに笑っていた。
「―――さぁて、これでまずは1勝1敗だぜ。
次はどう動くかな、帝国の大英霊さん?
くっ、くくっ、くはははははっ!!
ヤベえぜ、今から楽しみでなんねえなあオイ!?
眠れぬ夜を過ごしちまいそうだぜ、お嬢といるのも楽しいが、これもまた別口って奴だなぁっ!!
シナリオも順調だしぃ、結末を見るのが超楽しみだぁ」
まるで悪鬼の形相をして嗤う赤き英霊はその笑いを抑え様ともせず、楽しそうに、本当に楽しそうに嗤っていた。
この先起きるだろう惨劇を、悲劇を楽しみに待つその姿は英霊とはまるでかけ離れた、まさに『悪魔』の体を為していた。
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