街道都市 6
迷子騒動の翌日、ぼくらは昨日に続いて街へ用事に出かける訳で――
「……晶、ちゃんと居るわね」
「何回目の確認なのさ、もう」
そう、宿屋を出てからこっち、風はしょっちゅう晶の姿があるか確認するんだよね。
……まあ、解らなくもないけどさー。でも、これだけしょっちゅうだと流石に過保護がすぎるんじゃないかなって気持ちを禁じ得ない。そう思っているのはどうやらぼくだけではないらしく、先頭を歩く狼の背中も苦笑気味だ。
「しっかり手をつないでるんだし、早々滅多はないよ。……風じゃないんだし」
「ちょっ、それどういう意味よ?」
「えー、だって風、昨日ずーっときょろきょろしててさ、結構注意散漫っぽかったし」
「悪かったわねっ!」
ぷくりと頬を膨らませているけれど、自覚はあるんだろうな。昨日の風の姿は、誰が見たってまごう事無く、これぞ見本といった典型的おのぼりさんの姿そのものだったもん。
おかげでいろんなのから注目集めてたんだよねぇ。とーぜん、風本人は気付いていなかったみたいだけどさ。これっぽっちも。
まったく、ホントに危機感ないんだから。
「おーい、程々にしとけよー」
「わーかってるって♪」
「……何でだろうな、すっげぇいい返事なのにちっとも安心できねぇの」
失敬な。
ともあれ、ぼくらは現在五人で行動中。黒なんて相変わらず夜ちゃんと寝てないんだから、宿屋で寝てても良かったのにさ。まあ、先に黒の用事に行こうって事になってるから、それも無理なんだけど。
……それにしても黒、夜ちゃんと寝てないのに背、高いよね……。いや別に羨ましくなんてないんだけどさ。背が低いのはバカにされることもあるしあれだけど、それはそれでちゃんとメリット・デメリットがあるって自分では納得してるしね?! けどやっぱり何か釈然としないって、そんなこと思ってるわけじゃないよ?
……こほん。ともかく、何でも符術士同盟に頼まれた品物があるから、ちゃんと届けたいんだって。で、例によって風が興味を持って、出かけるついでだし、皆で見に行こうって事になったわけさ。
「わー……ほんとにいっぱいある」
と、見た目一見お店に見えない符術士協会の支部にやってきたぼくたちは、早速お店の中をそれぞれ見て回る。黒は黒で、買い取り査定があるからって個室みたいなところで交渉中みたい。
……黒の交渉とか、ちょっと想像が付かない。見てみたいような、見てみたくないような……うー、やっぱ気になるよねー。
「風、言っとくけどおまえ、不用意に触ったりすんなよ? 符術士の術符とか中にどんな力込められてるとか、ぱっと見わかんねぇんだから」
「わかってるわよ! 何よ、だからちゃんと見るだけにしてるじゃない……」
いつものように呆れ半分の狼の言葉に、風はへそを曲げたように言い返す、だけどその視線は商品棚に陳列された術符に向いている。
きっと昨日もこんな調子で、晶が離れたことに気づかなかったんだろうなぁ。昨日の様子を見てはいないけれど、ありありと思い浮かべるに十分すぎる光景だよ。
やれやれと内心肩をすくめるぼくの横で、晶は相変わらずの様子。そんなぼくら四人は符術士御用達のこの店において浮いているようで、さっきからちらほらと向けられる視線がいい加減煩くなってきたかな。
まあねー、一人は好奇心丸出しのおのぼりさんだし、一方で狼は傭兵だから力を込めた術符を買いに来るにしてもまぁ不自然じゃないけど……さ。
あれ? じゃあぼくらはいったいどう見られてるんだろ?
聞いてみるのもおもしろいかも。そんなことを考えていると黒が戻ってきた。買い取りの方は終わったみたいで、ぼくたちの姿を探すのが見えた。
うーん、やっぱり背が高いと目立つよねー。なんて、ぼくの背丈と同じくらいの陳列棚の茂みから当然のように胸から上が飛び出している黒の姿は見えるわけで。
「お、終わったのか?」
「……ああ。すまない、待たせた」
「気にすんなって。こいつも退屈はしてなかったしよ」
いつものように抑揚の少ない声に、狼は正反対に苦笑を浮かべる。狼が示す先にいるのはもちろん風で、黒が戻ってきたのに気づいてないんだろう、相変わらず視線は棚に釘付けだ。
「……そのようだな」
「ちっと過ぎるけどな。……オイ風、黒も戻ってきたし次行くぞ次」
「ふえ? あ、え、黒もう戻ったんだ」
「……退屈しなかったようで、何よりだ」
結構長い時間かけていた自覚が有るんだろう、そんなことを口にする。
「触らせてはもらえなかったけどね。ねぇ黒、やっぱりこの……えっと、じゅつふ? だっけこれって触るとまずい物なの?」
「……触れるだけなら、特に問題にはならないが?」
ここみたいに他者――符術を扱えるだけの技術がない人が使う為の術符を販売する場合、力を込めた術符に封印を施して販売することになる。で、それを購入した人は使いたいタイミングで封印を解いて術符に込められた力を解放する。だから封印は素人でも簡単に解除できる物であって、それでいて普通に触ったり持ち歩くだけで解けちゃわないような強度を求められるってコト。
つまり、そのテの知識がない風が触った程度ではまったく問題ないってことさ。
「えぇー、じゃ、触っても良かったんだ……。触るなって言われたから、てっきり触るだけで何かあるのかって思っちゃったわ……」
「それだと符術士じゃない人が持ち歩けないじゃん」
「あ、そっか」
「だとしても、おまえ何時うっかりやらかすかわかんねぇからなぁ……」
「どーいう意味よ!」
狼の言葉に、風はむっとむくれる。
……意味なんて、この上ないくらいわかりやすいと思うんだけどなぁ?
「……狼、これ」
「ん? 鈴?」
いつものようにわいわい騒がしくなる狼と風を止めたのは、珍しく黒。言い合いを中断して視線を向けた先、狼の手に差し出されたのはサクランボくらいの大きさをした銀色の鈴だった。
「これが……何なんだ?」
「……昨日、言っていただろう」
「昨日? って、ああ……晶の迷子防止云々ってヤツか」
納得がいった、といった様子で一つ頷く。
「ちょっとちょっと! あんた達だけで話してないで、こっちにも説明してよ」
「説明つってもなぁ……昨日みたいにまた晶が迷子にならねぇようにって、何か対策考えてもらってたんだよ」
「対策……ってことは、それ晶に持っててもらうの?」
昨日の迷子騒ぎは風にも堪えたんだろうな、特に反対はないみたい。
「そうなんじゃねーの。なぁ黒、これ、持たせる以外に何か使い方とかあんのか?」
術符みたいに力が込められていて、普通じゃない使い方をするのかと問う狼に、黒は首を振って否定する。
「だってさ」
「ふーん。……確かに、この音がしなくなったら……って判りやすくなるのかしら?」
ひょいって鈴をつまみ上げ、風は少し揺すって音を出す。ちりちりと涼やかな音が手の動きに合わせて奏でられる。
「……でも、それってたしか……えっと、何だっけ、……あ、あれ! 晶の村にいたヤギとかヒツジとかがつけてたあれみたいね」
「おいおい」
風の一言に、狼は呆れた声をこぼす。確かに山の中の放牧地に放される家畜にはカウベルをつけて居場所が分かるようにしたり獣除けにしたりするけどー、あれはどっちかって言うとラッパ型、黒が用意した鈴は丸い鈴だから全然違うんだけどなぁ。
ともあれ、善は急げだからね。風が晶に鈴をつけようとするけれど、その手が止まる。
「えーっと……どこにつけたらいい?」
と、晶に問いかけてももちろん返事は無い訳で。
「無難にベルトとかに付けたらいいんじゃないかな。ほら、かしてー」
風の手から鈴をもらって晶の近くへ。最低限の荷物と万が一の時用にって入れてある非常食。それらを入れた小さなウエストポーチにさっきの鈴を取り付ける。
「ん、これでいいよね」
「じゃねーの? 結構違和感ねぇし」
ごついおっさんが付けてたら違和感ばりばりの鈴だけど、晶みたいにかわいらしい女の子が身につけることに関しては全く違和感なんて無いもんね。
「それにしてもさ、黒これってお守りかなんかなの?」
「……?」
無邪気っぽく問いかけたぼくに、黒はいつものように首を傾げる。
「いや、何となく。それにこんなところで買ったわけだしさ。符術の効力的な何かが有るのかなー、って」
何となくって言うのはちょっと違うけれど、ぼくは一応符術士じゃないし、ね?
鈴を触ったときに、ちょっとした力みたいなのを感じたんだ。まあ、攻撃用の術符とかとは違って、もっと弱い、普通なら気づかないような些細な物かもしれないけどさ。
だから符術士の使う術符みたいなものかと思ったんだよね。
「ん? ってことはそれも術符みたいなもんなん?」
「……大した効果では無いがな」
ぼくの言葉で察したのか、同じように問いかけた狼に、黒はそう小さく答えたのだった。




