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Sweet&Bitter  作者: みずの
嘘は罪
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「もう10月かぁー早いなぁ」

 昼休みに屋上への階段を上りながら、智子が不意にそうい呟いた。手に持ったお弁当の包みを、こちらが心配になりそうなくらい振りながら歩いている。

「そういや文化祭の準備も始まったしねぇー。来月だっけ? 衣装づくりが大変そう」

「それ終わったらすぐに修学旅行もあるよね」

「高校生も楽じゃないよねー」

 最後の由実の呟きはどう聞いても年老いた人の愚痴にしか聞こえなかったので、黙って聞いていた私は思わず吹き出してしまった。



 そう、高校2年の2学期といえば、一番行事で多忙な時期だ。実力テストやら中間テストを終えればすぐに文化祭、修学旅行。その準備期間も考えると休む間もない。



「そろそろチャイナドレス作るって話だけど、自分たちの分はともかく男子の分の衣装作るのは大変だよねぇ」

 中国茶カフェという店を出すことで決定した私たちのクラスだったけれど、前に決めた時には男子の衣装などまでは触れられていなかった。2学期になって再び話し合いがもたれた時、男子の分をどうするかで散々揉めた。だって、女子がチャイナドレスなのにまさか男子が普通のウェイターの格好をするわけにはいかない。かといって男子の中国っぽい服装、というのもピンとこず、結局誰かのとんでもない提案で男子まで女装してチャイナドレスを着ることになった。

「普通は担任も参加するけど、ユキサダに全力で拒否られたらしいよ」

「…そりゃそうでしょ」

 由実が豪快に笑いながら言うので、私は思わずそう呟いてしまった。




 あれ以来、先生とは特に何もない。ただあの日のメールがいつもの先生らしくて嬉しかったのもあり、どこか気持ちが軽くなったのも本当だった。顔を合わせても、以前ほど気まずさを感じることはなくなったように思う。それはもしかしたら、別れて少し時間がたったからというだけかもしれないけれど…。



「で、ユキサダのノリが悪いから代わりに相澤先生がチャイナドレス着て出てくれるって」

「わぁ、似合いそう!」

 純粋に笑って言う茜の隣で、智子が「ふん」と鼻を鳴らした。

「魂胆が見え見え。私最近の相澤先生好きじゃないわ」

「…まぁまぁ」

 智子をなだめていると、屋上への階段を上りきった。今日は天気もいいし、気持ちのいい秋晴れだ。お昼を屋上で食べようと言い出したのは由実だった。



「…あれ」

 ギイ、と扉を開くと、そこには先客がいた。屋上の隅の方で、低い壁を背もたれに座っている。無造作に投げ出した長い足に、アッシュ系で暗めに染めた髪。その姿を見つけた瞬間に、茜が「…あっ」とかわいらしい声を上げた。



 眠っていたのか、声に反応したらしいその男子生徒は閉じていた目を開いてゆるりと顔を上げる。その視界に私たち4人の姿を捉えて、「何だお前らか」と呟いた。

「柴田、こんなとこで何してんの」

 由実が遠慮なくズカズカと近寄っていく。何の許可もなく柴田くんの傍まで行って、その近くに居座った。何も考えていないのか、それとも彼に片想いする茜のためなのか…。どちらかは分からなかったけれど、由実の行動に不自然さはかけらもなかったので彼は気にしなかったようだ。



「昼飯食ったら眠くなって寝てた」

「ジジくさっ」

 笑う由実の隣に、智子と私も座る。茜だけが遅れて、それでもきちんと私の隣に正座してみせた。



「柴田、一人でご飯食べてんの? いつも向井とかと一緒じゃないの?」

 パンの袋を開けながら、由実はそう尋ねる。

「今日はたまたま全員部活やら何やらの集まりがあって、いなかったんだよ」

「ほぅ、そりゃ寂しいねぇ」

「…お前バカにしてんだろ」

 由実の言葉に、柴田くんは冷たい目をしながらも気分を害した様子もなくそう応じる。



「そういえば柴田のクラスの真山さんさ、ミスコンに水着で出るってマジ?」

 さっきまで文化祭の話をしていたせいで思い出したのか、智子が話題を変えるように尋ねた。自分で作ってきたお弁当に入れてあった卵焼きを、いつもの癖らしく言葉もないまま由実に差し出す。それを受け取って頬張った由実の前で、柴田くんは「あぁ」と興味なさそうに呟いた。

「らしいな。よく知らねぇけど」

「よく知らないって…」

「実際どいつが真山だかも怪しい」

「いい加減クラスメイトの顔くらい覚えなよ…」

「俺なんて転校してきたところなんだから、まだいい方だぜ? 華江なんて1年の時からこの学校にいんのに、クラスメイトの顔半分も覚えてねぇよ」

 柴田くんと仲の良い女の子の名前を出して、彼はそう言って笑う。…華江ちゃんとは去年同じクラスだったけれど、この分だと私たちも覚えてもらえているか怪しい気がする。



「白石もミスコン出るんだろ? お前は何着て出るんだよ」

「え…? えっと…」

 実は未だに具体的には決まっていなくて、私は思わず言い淀んだ。その横で由実が、「ちょっと柴田」と低い声で呼びかける。

「和美にそういうこと聞かないでよ。 エロい目でうちの子を見ないで!」

「ちょっと待て! 今の話の流れでなんでそうなるんだよ!」

 漫才のようにテンポの良いやり取りに、智子と茜が苦笑い気味に吹き出した。



「で、マジな話、柴田のクラスは何やるわけ? 文化祭」

 智子が改めて話を振ると、「…お前ら2人よくそんなに次から次へと口が回るな」と柴田くんはどこか感心したように呟いた。…いや、あの顔は半ば呆れていたに違いないけれど。



「うちはドーナツ屋だって女子が盛り上がってたな。…いや、一番やる気なのは担任だけど」

 そんな一言に、由実の顔が輝く。

「やっぱりなっちゃんイイなぁ~。私もそっちのクラスが良かったよー。ユキサダ全くやる気ないんだもん」

「お前らのクラスは何やんだよ」

「中国茶カフェ。女子はチャイナドレス、男子も女装してチャイナドレス」

「………そりゃ本城がやる気なくても当たり前だろ」

 同情する、と呟いた柴田くんは、本気で自分が私たちと同じクラスじゃなくて良かったと思ったようだった。…女装した柴田くんなら、別の意味で女の子のお客さんを呼び込む見込みが増えそうな気がするんだけどな。



「そういや後夜祭の話って聞いたか?」

 私のそんな心境は言えるはずもなく飲み込むと、当の柴田くんはそう話題を変えた。後夜祭というのは…文化祭の?

 首を傾げた私たちに、柴田くんはため息まじりに続ける。ただその吐息は、私たちに向けられたものではなかったようだ。



「俺は去年の文化祭見てねぇから知らねぇけど、今年はちょっと趣向を変えるんだとよ」

 去年は確か、真っ暗になってからキャンプファイヤーやったりフォークダンスやったり…そんな感じの後夜祭だった気がする。よくありがちな光景だった。

「今年は後夜祭の一部会場だけ、限定イベントやるらしいんだよ」

「…何、『限定』って」

 特別な意味の言葉に弱い由実が、少し目を光らせた。だけどあまり彼としては良い内容ではないのか、柴田くんは辟易したような顔で続ける。



「全女子生徒に、絵が描かれた2枚の紙を前もって配るんだと」

「…うん?」

 早々にパンを食べ終えた由実が、今度はデザートのつもりかチョコレートの大きな袋を取り出した。それを開いて、袋ごと柴田くんの前に差し出す。個包装されたそれを一つ受け取りながら、柴田くんは本気で不機嫌そうに言葉を継いだ。



「その紙が2枚で一つの絵になるんだけど、その一枚を事前に男に渡しておく。当日2人揃ってその紙を持って特別会場に行けば、そこでの限定イベントに参加できるってわけらしい。ちなみに相手の男は別に校内の奴じゃなくてもいいんだとかなんとか」

「…全然意味が分かんないんだけど」

「だから、好きな男にでも渡すだろ? そんでその後夜祭の会場に持って一緒に行くんだよ。そしたら、そうやってカップルになった奴らしか限定会場に入れねーっつう…」

「うわっ、めんどくさっ!」

「だろ?」

 そんなことを思いついたのは誰なんだろう。疑問に思いかけたけれど、文化祭の全ての発案は実行委員会と生徒会なんだから彼らに他ならないだろう。



「でも別に、参加したくなきゃしなくてもいいんでしょ?」

 智子も由実の持つチョコレートに手を伸ばしながら、柴田くんにそう聞いた。

「もちろんそうだけどな。しかも別に本物のカップルじゃなくたっていいだろうし」

 応じながら、柴田くんはチョコの包装を取る。そしてそれを口に放り込んでから、「…甘っ」と顔を顰めた。…そう、由実の持つおやつはいつでも激甘なんだ。



「ただそういうイベント自体が鬱陶しいだろ? 後、本気でそういうのに興味ない女子以外は絶対に見栄やらなんやらで躍起になるやつがほとんどに決まってる。しばらく校内ドロドロするぜ、絶対」

「…あぁ…確かにそうかも…」

 想像に難くないその状況に、智子も眉を顰めた。でも智子の場合は、裕貴くんに渡せば済む話なんだから何もしがらみはないだろう。

「ねぇ! それって先生に渡してもいいのかな!?」

 私や茜の方にもチョコの袋を差し出しながら、由実がそう言う。こういうイベント、由実も好きじゃないだろうと思っていたけれど少し目が輝いているのが意外だ。

「いいんじゃねぇの、女の教師たちも紙もたされるみたいだし」

「やった!! なっちゃんに渡しに行こう!!!」

 ガッツポーズをしてそう言う由実に、柴田くんは「そういうことか」と呆れたように目を細めた。

「無駄だと思うぜ? 名取は倍率高すぎるだろ」

「え! やっぱそうなの!?」

「こういうイベントがあるって噂が出てから、うちのクラスの女子どもが血眼になってお互い蹴落とそうとしてるな。あと美術の苑崎も難易度高いだろうな」

 そうだよね…。なっちゃんや苑崎先生は、そういうイベントには巻き込まれやすいタイプだと思う。本気で彼らに恋している生徒も、ただのファンだという子もかなりの数いるはずだから。



「柴田はどうすんの?」

 ふと由実が聞くと、柴田くんは首を傾げた。恐らく、由実の問いは茜のことを思ってのものに違いない。

「んな面倒くせぇイベント行かねぇよ。いやそれ以前に、男に選択権ねぇだろ」

 確かに、女子から声をかけてもらえない男子には縁のない話なわけだ。…なんだかバレンタインより露骨すぎて可哀相なイベントにも思えてきた。

「誰に誘われても行かないの?」

 重ねて智子が聞くと、柴田くんは少し黙った後にまた不機嫌そうに眉を寄せる。「…それはそん時考える」と、小さく返事をした。



 そんな文化祭の互いのクラスの情報交換をした後、彼は一足先に屋上を後にした。彼がいる間、結局一言も発しなかった茜は4人に戻っても黙ったままだった。

「茜、紙もらったら速攻で柴田のとこ行きなよ!」

 言われて、茜はそこで初めて「えぇぇ!!?」と悲鳴に似た声を上げた。

「だって、面倒くさいって言ってたし…」

「でも『その時考える』って言ってたじゃん! 茜だったら受け取ってもらえるかもしれないじゃん!」

「…無理だよ…柴田くん、好きな人いるし…」

「だから、別に堅く考えなくていいんだよ! 柴田も言ってたじゃん、別に本当のカップルじゃなくていいんだって」

 そう、要は男女2人揃って会場に行けばいいだけのイベントのはずなんだ、本来なら。でも簡単に割り切れるものでもない。きっと文化祭までの間、校内のいたるところでカップルができたり失恋する人がいたりが増えるんだろう。



「和美は……無理か」

 私に話を振ろうとした智子が、言いかけてそう口を噤んだ。

「…うん…渡せるわけないし」

 その話を聞いた時にもちろん先生のことが頭をよぎったけれど、今更どうにかできるわけもない。忘れようとしている今その紙を渡せるわけもないし、渡したとしても受け取ってもらえるわけがない。



「じゃあ和美は成川先生でいいじゃん」

「……それもありえないでしょ…」

 本城先生に渡すよりもありえない。しかも私が渡さなくても、蓮くんなら女子生徒から引っ張りだこだろう。



 そう思った時、ふと引っかかった。本城先生だって…もしかしたらものすごい数を申し込まれるんじゃないだろうか。だって女の先生も参加するなら、相澤先生は本城先生に渡すだろうし。最近生徒の中にも先生のファンは増えてきているんだから、安易に想像できる。



 胸が、チクリと痛んだ気がした。

 …イヤだな。本気かそうじゃないかは置いておいて、誰かと一緒に特別イベントに参加する先生なんて見たくない。



「じゃあ和美は、あの人は? 例のお父さん的人。来るんでしょ?」

「修司さん?」

 聞き返して、私は笑ってしまった。確かに、修司さんなら快く受け取ってもらえるだろうし渡す意味合いとしても自分も安心だ。だけど一緒に来てくれる諒子さんに悪いし…彼女は、そんなこと気にするタイプでもないけれど。



「…私は参加は見送ろうかな」

 曖昧に言うと、由実たちもそれきり黙りこんでしまった。




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