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私はアイゼリア。今、とても悩んでいます。
ゼノ・カシミン・ベルステン王太子から、結婚の申し込みがあったのです。
私の父は近衛団の団長でしたから、子供の頃から、王宮に伺ったことは何度かあります。
大人でクールなゼノ王子は私の憧れでしたが、六歳も年上で、私と遊んでくれたのは末弟のマキシム王子でした。
私が十歳くらいの時でしょうか。マキシム王子に頼んだことがありました。
「一度でいいから、ゼノ王子に会わせてください。ちょっとお話をするだけで、いいの」
「ゼノ兄には子供の時から、大好きな人がいる。その人はエボニーと言って、兄はエボニー以外の誰とも、会いたくないんだ」
そんなに愛されているエボニーさまって、どんなにすばらしい方なのかと、うらやましく思いました。
ゼノ王子は二十歳の時、そのエボニーさまと結婚されました。彼女はゼノ王子より五歳も年上でしたが、ふたりはお似合いのカップル。結婚式には、私もフラワーガールのひとりとして参加させてもらいましたが、その結婚式ときたら、夢物語。エボニーさまって、世界で一番幸せな女性だわ、と思いました。
ある日、エボニーさまが声をかけてくれました。
「あなたがアイゼリアさん、なんてかわいいお方。あなたは、ゼノ王子が大好きなのね。その瞳を見ればわかります」
「はい。憧れています」
「でもね、ゼノ王子はとてもお忙しいお方ですから、くれぐれもお仕事の邪魔はしないでくださいね。わかりましたか」
エボニーさまの目は刺すようで、とても怖かったです。
彼女は美しいお方でしたが、とても厳しいところがあると思いました。ああやって、王子さまを守っていらっしゃる。そういうところが、ゼノ王子がエボニーさまを特別にお好きな理由でもあるのだと思いました。
ゼノ王子は妃は生涯ただひとり、エボニーさまだけと宣言され、私たち女子はため息をついたものです。エボニーさまは、どんな幸運の星の下に生まれたのでしょう。
ところが、おふたりにはなかなか子ができなくて、周囲が側室を勧めたこともありましたが、ゼノ王子は断固として断りました。子供ができない場合には、跡継ぎは弟王子に、とまで決心されました。
結婚をして五年目、エボニーさまがついに懐妊されました。国中が大喜びし、健康な男子が生まれてくることを祈りました。ゼノ王子は「男子でも、女子でも、健康なら、それでよい」と言われ、そのことも人気に拍車をかけました。
ところが、運命はうまくはいきません。エボニーさまが出産の最中に、赤子とともに、亡くなられてしまいました。
ゼノ王子の悲しみは深く、二年近くも、城の中から姿を見せることがありませんでした。
周囲の者は、再婚を勧め、たくさんの候補を連れてきましたが、ゼノ王子はその誰にも会おうとはしませんでした。
そこを国王と王妃が熱心に説得し、正妃はもたなくてもよい、側室を何人か置いて、跡継ぎだけでも残してほしいと懇願しました。
側室候補には三人選ばれました。隣国の女王テレーヌ姫、この国の侯爵令嬢セレナ、そして、近衛団長の娘の私でした。
三人も選ばれたのは、数が多いほうが、子供ができる可能性が大きいからです。「愛」など関係ないのですが、でも、子供が生まれたら、その子はやがてこの国の「国王」か「女王」になるわけです。
国母になれるという名誉と、それに結納金がすごいので、テレーヌ姫も令嬢セレナも、その縁談を受ける決意をしました。
私の父は「自分で決めなさい」と言いました。
私の母は幼い頃に亡くなり、継母ルイナに育てられましたが、ルイナは私が王家にはいることに興奮していました。ルイナにすれば断る理由などなく、他の側室よりも早く子がなせるようにと、薬草などを煎じて飲ませようとさえしました。
私は朝は庭の花を摘み、昼は散歩をしながら、夜は月を見て考えました。
私は結婚したら、愛し、愛されたいと思ってきました。
だから、愛してはくれないとわかっている人のところへ行くなんて、いやです。
でも、すぐに断ることができないでいたのは、私がゼノ王子が大好きだからです。
*
そんな時、マキシム弟王子が訪ねてきました。彼は今、士官大学に行っていて、私の幼馴染。ふたりとも十八歳で、なんでも言える仲です。
「好きな人ができたんだ」
とマキシムは報告しました。
「なぁんだ。私にプロポーズしにきたのかと思ったわ」
「アイゼリアのことは大好きだけど」
「けど」
「アイゼリアの心には、いつもゼノ兄がいるから」
「どうしてそんなことを言うの?」
「そんなの、みえみえだよ。ゼノ兄を見つめる目付きを見れば、わかるさ。今、結婚話がきているんだろう」
「そうなの」
「どうするの?」
「どうすればよいと思う?」
「自分の心に聞けよ」
「それが、海の嵐に浮かぶ小舟みたいで、何も見えないの。ゼノ王子はまだ悲しんでおられるの?」
「たぶん。毎晩、ぼんやりと月を見ている」
私も毎晩、月を眺めています。
その時、私は思ったのです。
ゼノ王子が私を愛してくれなくても、私は愛し続けることができると。
同じ王宮の、別々の部屋で、毎晩、同じ月を眺めることができるって。
*
春になり、私が王宮にはいる日が来ました。隣国の女王テレーヌ姫は半年前に、侯爵令嬢セレナは四カ月前に、すでに嫁入りをされていました。
私が遅れてしまったのは、父が病で亡くなったからです。
その日、私は王家のしきたりに従い、薔薇が浮かんだ風呂にいれられ、化粧をされ、白い衣装を着せられました。
そして、初めての夜がやってきました。どきどきです。
私は王子の寝室で、緊張して待っていました。私が長い間、心の中でお慕いしていた王子と、ついに結ばれるのですから。
その時、女官のひとりが飛び込んできました。
「今夜は中止です」
「ゼノ王子の具合がお悪いのですか」
「いいえ。具合が悪いのは、妃のほうで……」
つまり、テレーヌ姫に妊娠の兆候が見られたのだそうです。令嬢セレナはすでに妊娠を発表されていますから、これで側室のふたりが身ごもったことになります。
私は王子と会うこともなく、時間だけが過ぎていきました。
待つだけの日々は退屈すぎたので、庭師から花の育て方、台所に行ってパンの基礎、女官から刺繍の仕方を学びました。
六か月過ぎた頃、セレナ妃が男子を、その三か月後には、テレーヌ妃が女子を無事に出産されました。
赤ちゃん王子が生まれた翌日、私のところに一枚の紙が届けられました。
「もう宮廷を下がってもよい」というものでした。
もしものための予備として控えさせられていた私ですが、元気な子供がふたりもできたので、私はもう予備として待機する必要がないということです。
というわけで、私はゼノ王子には一目会うこともなく、お役御免になりました。
私としては愛されなくてもよいから、一目くらい、近くでそのお顔が見たかったです。もしも会話があったりしたら、一生のよい思い出になったことでしょう。なにせ、ずっと憧れていた人ですから。でも、そういう縁はなかったのです。
私は「愛」とは縁のない女なのだと思います。
いいえ。愛されるのだけが、愛ではないですよね。愛するのだって、愛ですよね。
さて、これからどうしましょう。今さら、継母が仕切る屋敷に帰ることもできません。
幸い、たくさんの慰謝料がもらえたので、私はひとりで、できるだけ楽しく生きていこうと思います。




