第41話 造られたもの
最近色々忙しくしており、執筆が止まっていました。
まだ見てくれている方、ありがとうございます。
自分のペースで投稿していこうと思います。
「ねえ、どこにいくんですか? ぼく、べつにまいごじゃないですよ?」
高いビルの立ち並ぶ町を、コシキ00248は手を引かれて歩いていた。
その視線の先にいるのは、キャスケットを被り茶色いコートを羽織った、小柄な少女。彼女は自身を小葉紅と名乗った。
小葉紅はこの町を駆けまわり人々を守る、ヒーローのような存在。とコシキは聞いたことがあった。それを知りながら正しい振る舞いができるかどうかは、原始退行のさなかにあるコシキには難しいことだったが。
すなわち、花奏たち熾鬼の一族と同じ顔を持つコシキがその正体を知られてシキヤシキに危険が及ぶ、といった事態は回避できない可能性があるのだ。
そんなことは、今のコシキには理解も想像もできていないだろう。
そもそも小葉紅がコシキのことをただの迷子だと思っているのか、それとも熾鬼一族と関係があるのかを既に知られているのか、まだ分からない。小葉紅はこわばった表情のまま、コシキの手を引いてつかつかと歩みを進める。
どこに行くのかと聞いたコシキに、小葉紅は宥めるように笑って見せた。
「内緒だ」
「えー。おしえてください」
そうねだっても、行けば分かる、というような自信が伝わってくる。
彼女が足を止めたのは、通りに一体化するように存在するモダンな喫茶店だった。コシキは首をかしげる。
「なんですか、これ」
「ワタシの行きつけのカフェだ。橘捜査官は……呼ばないでおこう」
小葉紅は少し考えてから、店の扉を開く。
彼女に着いて行く間にもコシキはあちこちに興味を示し、そのたびに小葉紅は無言でコシキの手を引っ張り引き戻す。
テーブルに腰掛けると、小葉紅は慣れた様子で商品を注文した。優しいことに、コシキのために一切れのショートケーキも追加する。
「さて。君は……『熾鬼』の人間か?」
「ほえ?」
ケーキにかぶりついたコシキは予想外の質問に間抜けな声を出した。
ぎりぎり残った理性によって、リーダーたちの話をしてしまっても良いものかと思いとどまっている。
だが、甘いケーキのせいか、その理性もすぐにぷつんと切れてしまう。
「ええと、ぼくはリーダーにつくられた『しょくぶつ』です!」
●
「………………」
コシキの容量を得ない話を聞き終わってから、小葉紅は考え込んだ。
彼の「リーダー」なる人物が彼を造った……外見や振る舞いは人間と同様でも、血の通っていない植物。心身共に成長しない代わりに、研究補佐としての知識や子供としての人格は初めから備わっている。
果たして現代の技術でそんなことが可能なのか? 知性ある生き物を一から作り上げるなど、『奇跡』でも起こらない限り────。
「ワタシたちと同じだな……」
不意にそんな言葉が漏れた。
人に作られ、人のために学習し、人のために動く。
自分を持つことは許されず、反抗することも許されない。
だからと言って一般的なからくりはそれが不満だと言うわけではない。理由と言うのも難しすぎるほどだが、単に「そういうもの」だからだ。人間が息を吸って食べ物を食べるのと同じ。
それなのに──研究所から逃げ出したあのからくりのことを思い出すと、なんとも言えない感覚に縛られるのはなぜだろう。時折その背中を追いかけたくなってしまうような、そんな感覚だ。
彼は逃げたのだ。小葉紅を裏切ったのだ。追いかけたくなるのは……きっと、その背に刃を突き立てるためだ。小葉紅はそう納得することにした。
気を取り直して、小葉紅は目の前にいる小さな生き物に意識を戻す。
小葉紅が、ひいては天草研究所が長年追っている、熾鬼一族。その発端となった人物である、元研究員の熾鬼椰樹の顔を、小葉紅は一度データとして閲覧したことがある。
妙齢の女性か、と感じたのも束の間、男性と知って驚いた。熾鬼は皆この顔をしているから、見つけ出して殺せ、と命令を受けたのも衝撃的だった。血縁者なら少なからず似通った顔に産まれることはあろうが、親族が全員全く同じ顔というのは聞いたことがない話だ。
小葉紅はまだ熾鬼の人間を見つけたことはなかったが、こうして目の前にいる少年の顔が椰樹と同じことは明白だった。植物だという謎の話を置いても、コシキは熾鬼一族の関係者であることは間違いない。
問題はその、コシキが造られた存在であることをどう処理するかだ。小葉紅は、熾鬼椰樹の血縁者を抹殺しろとしか命令を受けていない。
出会った時点で手にかけなかったのは……そう、何か有益な情報を吐かせることができるかもしれないと考えただけだ。子供だから躊躇った、というわけでは決してない。
「あのお、こはくさん」
「む、な、何だ」
どうしようかと考えを巡らせていると、コシキがおずおずと小葉紅の顔を覗き込んでいた。
これから彼に何をしようとしているのかを悟らせてしまったかと焦る。
「もういっこ、おやつたべてもいいですか?」
口元に食べかすを着けながら、無邪気な子供の笑みでデザートをねだる。
本当に、ただの子供のようだ。
小葉紅はふっと微笑んで、店員を呼んだ。
「ああ。何でも食べると良い」
手持ちでは足りないから、橘捜査官を呼ばなければな……と、少し苦い顔をする小葉紅だった。
●
「うーーーん……」
臨時的な部屋として与えられた物置で、ごちゃごちゃになった机に突っ伏しながら呻いているのは花奏だった。目の前にはシキヤシキから持ってきた彼岸花の「欠片」が保管されたガラス容器がある。
「……大丈夫、花奏さん?」
マコトは花奏が指定した栄養ドリンクを片手に、部屋をノックする。
「いやあ、行き詰まり! って感じ!」
最重要事項である彼岸花の研究に対して、花奏は楽観的な態度で伸びをする。やってもらっている身で急かすこともできないのがもどかしい。
「これ以上は、『欠片』じゃあ厳しいかな。やっぱり丹波製薬に協力してもらわないと……和木さんどうしちゃったんだろうなあ」
少し前にマコトはヒイロたちと丹波製薬にある彼岸花を手に入れるための取引で奔走した。あのときは確かに契約は成立したものの、未来という少女の奇病──おそらく叶芽に現れた症状と同じ──により、それ以上の滞在を認められず追い出されてしまったのだった。
あれから和木の連絡はない。彼岸花を渡す気がなくなってしまったのか、天草社の代行であるという嘘がバレてしまったのか。どちらにしても良くない。
こうなれば直接彼の元に乗り込むしかないだろうか。となると次は力ずくで彼岸花を手に入れる……なんてことにならないか心配ではある。少なくともこの場にまともな人がいないので、マコトとマリアでは止められそうにない。
そうならないために、花奏を落ち着かせ、何か手伝えることはないかとダメ元で押しかけたのだ。
「あ、そうだ、花奏さん。前に言っていたアレなんだけど……」
何か思い出したように、ヒイロが花奏に耳打ちをした。花奏の目がみるみるうちに見開かれる。
「ヒイロくんが会った彼岸花が……持ってたって? アレを!?」
花奏はよほど驚いているのか、わなわなと震えている。
「ね、ねえ。アレって何なのさ。僕だけ分からない話?」
先ほどから二人がしきりに言う『アレ』が何なのか、マコトには見当もつかない。はっきり言ってくれないと、この手の話題は理解できない。
「マコト、俺たちが一番最初に会った人を覚えてる?」
自分たちが最初に会った人……と、マコトの記憶はヒイロと出会ったあの禁制区域に遡る。
天草研究所から逃げてきたマコトが、背の高い植物たちをかき分けてたどり着いた花畑。その中心にいたのがヒイロだ。言葉では言い表せない、あの幻想的な場面を覚えている。あの時何も分からなかったヒイロが、今ここに一人の人として立っていることは感慨深い。
そう導いてくれた最初の人は、禁制区域で暮らしている謎多き人物、一だ。
天草社の追手からマコトを逃してくれて以来、彼の消息は掴めていない。実質指名手配のような身で動きが制限されているので、探しに行きたくとも行けないのだ。それに彼岸花の存在感が増していく中で、禁制区域の立ち入りも難しくなっているかもしれない。
最後に見た彼の背中を思い出し、マコトは悔しさを覚える。あの時も今も、何もできないままだ。
「俺がはじめんからもらった赤い球、今は花奏さんに預けておいたと思うんだけど」
それを聞いて、マコトも思い出す。一時的に匿ってもらった一の家で、ヒイロが「彼岸花」とは何かと聞いた時。一は何も言わずに赤い小球を『お守り』としてヒイロに差し出したのだった。それはヒイロが花奏に冷室に閉じ込められた時に効力を発揮したと記憶している。何でも熱を発して身体の崩壊を防いでくれたのだとか。
そんな代物を一がなぜ持っているのか、聞きそびれていた。彼のことだから、作ったとでも言いそうなものだ。
「俺が昨日、彼岸花に会ったことは言ったよね」
「ああ……ちょこっと言ってたね。本当なんだそれ」
ヒイロはそのときあったことをかいつまんで説明した。
街でとある彼岸花に話しかけられたこと。彼を拘束するために特殊からくりである華紅夜が冷弾銃を用いて交戦したが、冷気に耐えられないはずの身体は崩壊せず──取り出されたのがあの赤い小球だったこと。
「ちょ、ちょっと待って。何で一さんの『お守り』と同じものを、彼岸花が持ってるの?」
「それを今花奏さんに相談していたんだよ」
「そうねえ、ハジメさまのことだから、むかーしに彼岸花の研究をしてて、『お守り』を作って……どっかで流通してるのかもね?」
一は三、四十代の見た目をしているが実際はもっと年を取っているらしい。花奏の祖父である熾鬼椰樹のシキヤシキ設立に関わったと言うのだから本当なのだろうが、信じ難いものだ。
とはいえ、一が彼岸花の研究をしていたというのは考えにくいだろう。なぜなら彼岸花は五年前初めて姿を見せた生き物だからだ。それも活動を停止し、今は丹波製薬とシキヤシキの手に実物が渡っているのだから、一が彼岸花を手にすることはなかったはずだ。
「わたし、ヒイロくんにもらったハジメさまの『お守り』を調べてたんだけど、これ物凄い代物だよ。何というか、一言で言うと『奇跡』。現代の技術じゃ到底、解析も再現も不可能。こんなものを作れる人、未来から来たんじゃないのー? ってくらいよ」
「え……何それ。気持ちわる。捨てた方が良いんじゃない?」
花奏が小球を調べたところ、とんでもないことが判明したようだ。話を聞く限り、とても自分たちの手に負えるものではない。一には気の毒だが、できれば手元から無くしてしまいたい。
花奏は憧れの一のものだからか中々手放そうとしない。
「俺も、どうして彼があれを持っているのか気になっているんだ」
本題はそこだ。一がヒイロに渡したものと同じものを、彼岸花も持っている。一が同じように渡したか、奪い取られたか、別のルートで入手したか……何であれ、一の安全を願うばかりだ。
「その……朱兎と緋雨だっけ? その彼岸花たちが次に姿を見せた時に捕まえるしかないよね」
「……マコトからそんな言葉が出てくるなんて思わなかったよ。彼岸花は怖いんじゃなかったの?」
「そ、そりゃあ怖いけどさ。ヒイロもいるし、仲間同士で上手く話し合ってくれないかなーと」
そう言うとヒイロは案の定、自分は彼岸花じゃないのなんのとブツブツ文句を垂れ始めた。彼はいつまでそう言い張るつもりだろうか。
そうしていると二階の方からドタバタと騒ぐ音が聞こえてきた。二階にいるのは奏羽のはずだが、こんなに騒ぎ立てるような人ではないはずだ。
何かあったかと、ヒイロが率先して様子を見に部屋を出る。
コシキもまだ見つかっていないし、解決しなければならない問題も山積みだと言うのに、これ以上問題は起きないでくれと祈らずにはいられなかった。




