第十四話 クラスメイトと騒がしい放課後
フリータイムの受付を済ませて部屋へ入ると、有無を言わさぬ空気のまま、L字ソファの一番奥へと座らされた。
左右をがっちりと固められ、正面にはドリンクバーのウーロン茶を置かれる。完全に、ドラマで見る取調室の構図だった。
……悪いことしてないよ。ご飯食べてただけだよ。
「さって、何歌う?」
「歌うのはまだだよスバルちゃん。被告人さゆさゆの弁明を聞かないとね」
空気を読まずにタッチパネル式のデンモクを掴んだスバルちゃんに、鋭い待ったがかかる。
「さゆちゃん。正直に話してね。隠し事はいい結果を産まないわよ」
カナちゃんがにっこりと容赦のない笑みを浮かべ、冷徹な光を瞳に宿している。
ごくりと喉が鳴る。
無駄死にはしない。精一杯の無実を主張する。
「正直も何も、私はちは先輩たちとご飯食べてただけで、」
「シャーラップ‼︎ 」
……無実の主張すら、許されないみたいだよ。
「本当のことを話してね、さゆちゃん。普通のランチで、修羅場になったとか、取り合ったとか、そんな噂が流れるわけがないのよ」
カナちゃんがバンッ!とテーブルを叩く。
おののく私を、志保ちゃんが優しく、手を後ろでにまわしながら、なだめてきた。
「さゆさゆ、落ち着いて。初めから話せばいいんだよ。詳しく話してくれればそれでいいのさ」
ちょっと志保ちゃん!なんで拘束するのさ。
「ねぇ、それよりも曲入れていい?」
完全に尋問モードの空気の中、スバルちゃんだけがまだマイクを握りしめてソワソワしている。
「スバルちゃん。……静かにしてて、ね」
「すみません!」
カナちゃんのドスの利いた一言と、浮かんだ笑顔を見た瞬間、流石のスバルちゃんもぴたりと口を閉じた。
あ、志保ちゃんが、ちゃっかりデンモクを確保してる。
再び、冷ややかな視線が私に集中する。
「さあ。さゆちゃん。話せるよね。何もないんだもんね」
ないよー。だってご飯食べただけだよ?
順序立ててみてるけどさ。
「えー。だって、食堂に行って、オムライス頼んで、天音先輩が、デザートもいいよっていうから、パフェとプリンアラモードも頼んで」
「さゆさゆって結構大食い?」
「どこに入ったんだよ、身体ちっさいのに」
余計なお世話だよ。成長期だよ。
身長をあと10cmは伸ばしたいんだよ!
「二人とも静かに」
脱線しかけた志保ちゃんとスバルちゃんをカナちゃんが睨みつけ、軌道を修正する。
私は話を続ける。
「それで、デザートを食べようとしたら、天音先輩が食べさせてあげるからって言い出して、スプーンを離してくれないから、仕方なく……」
「「「それだ!」」」
3人の声が綺麗にハモり、カラオケボックスの狭い室内に響き渡った。
「それ?」
「でも、修羅場ではなくないか? 餌付けはされてるけど」
「餌付けじゃないもん」
スバルちゃんのあんまりな言いように、思わず頬を膨らませて抗議する。
すると、志保ちゃんは呆れたように肩をすくめる。
「さゆさゆ。さゆさゆがどう思おうとも、周りからはそう見えるのさ」
なんでさー。みんな食べっこするじゃん。
「でも、それだけで修羅場とは言えないわよね。さゆちゃん。隠し事はない?」
「ないよー。天音先輩に聞けばわかるよ」
必死に首を横に振る私に、カナちゃんが目を細めて詰め寄ってきた。
「あの萩原先輩が、東雲副会長のそんな行為を、ただ眺めているなんて想像できないのだけど?
――まあいいわ、あとで他のルートから確認するからね」
他のルートって何さ。ねえ、他ってなんなのさ。
私が内心で冷や汗を流していると、ついに限界を迎えたスバルちゃんが割り込んできた。
「もうなんでもいいけど、曲入れていいよね? 入れるよー」
スバルちゃんのストレスが爆発しそうだと察したのか、志保ちゃんはスマホから顔を上げ、デンモクを渡した。
志保ちゃん何してたの?
「あー、スバルちゃん。今度はちゃんとマイク回してよね。私、歌いたいアニソンあるんだから。――さゆさゆは何歌うの?」
急に矛先を向けられ、私は焦って頭に浮かんだワードを口にした。
「え、えっと。仮面ライダーBLACK V3……?」
「……なにそれ、特撮?」
スバルちゃんの手がピタリと止まる。志保ちゃんもカナちゃんも、怪訝そうな顔で私を見た。
あ、違う。BLACK RXだ。焦りすぎて、いろいろブレンドしてしまった。
「ええー、違うの! BLACK RX! 素で間違えただけだから!」
「いや、知らんし。いつのだよ」
「いやさゆさゆ、BLACK RXとV3混ざってるから!どっちも名曲だけど歴史改変しないで!」
「さゆちゃん、動揺しすぎ。やっぱり何か隠してるわね……」
カナちゃんが怪しく目を細めたが、これ以上の引き延ばしはスバルちゃんの限界だった。
「はいはい、尋問みたいなことは、そこまでー! 入れるよー。つか、入れた」
スバルちゃんが、執念でデンモクの送信ボタンを連打する。
直後、カラオケボックスの重低音スピーカーから、地響きのようなイントロが流れ出した。……うん、やっぱり釘を刺されていたはずの、めちゃくちゃ重い失恋ラブソングだ。
「あーあ、やっぱり歌うんだ」
「スバルちゃん、イントロからもう怨念が凄いよ?」
志保ちゃんとカナちゃんのツッコミをBGMに、スバルちゃんはマイクを両手で握りしめ、魂の絶唱をスタートさせた。
さっきまでのピリついた取調室の空気は、一瞬にしてスバルちゃんの独壇場へと塗り替えられる。
私は、運ばれてきたウーロン茶を口に含みながら、そっと胸をなでおろした。
いや、なでおろすもなにもないんだけど。
マイクを全力で握りしめるスバルちゃんの後ろで、志保ちゃんが手慣れた手つきでデンモクを奪い取り、次に入れるガチめのアニソンを選び始めている。
その隣では、カナちゃんがなぜか手拍子の代わりに、演歌特有の「重いコブシ」をエアーで握り込んでいた。
「志保。私、天城越え歌うから入れておいて」
「渋っ。なんで演歌?」
……うん。みんな、本当にキャラが濃い。
「よし、次は私ね! さゆさゆ、その次はちゃんとライダー入れなよ!」
「あ、うん。今度は間違えないようにする!」
運ばれてきたポテトを口に放り込みながら、私は次の選曲画面へと視線を向けた。
ちは先輩たちのいるあの空間とはまた違う、騒がしくて、カオスで、だけど等身大でいられる放課後の時間。
私は自分の指先を見つめ、あの人の指先の体温をほんの少しだけ思い出しそうになって、小さく頭を振って雑念を消した。




