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1-9

 王宮の西塔、その最上階にある小さな陽光室は、冬でもあたたかい。

 南向きの窓から射し込む光が、床の市松模様を淡く照らし、その中央に置かれた卓上の盤にも、やわらかな金色を落としていた。


 二人の王子は、剣術をカスティーリャ伯爵にみっちりと指導された後に、頭を使う勝負をしていた。

 盤上には、二つの王国が向かい合っている。


 白を取ったのはレオンハント。黒は弟エリオスだ。


「兄上、また中央から攻めるおつもりですか」


 エリオスが、いささか大人びた声音で言う。

 まだ十歳の少年にしては、妙に老成した口ぶりである。

 二人はこのところ大人風の話し方を真似ていた。


「王道というものはな、いつの世も中央を制する者のためにある」


 レオンハントはそう言って、ポーンをひとつ進めた。

 その指先はまだ細いが、駒をつまむ様は十分に自信ありげだ。


「ですが兄上、王道は読まれやすい」


「読めるものなら読んでみよ。読めぬからこそ、王道なのだ」


 言い切った直後、レオンハントはほんの少しだけ唇を引き結ぶ。

 実のところ、昨夜、侍従長から教わったばかりの定石をなぞっているだけである。


 対するエリオスは、兄の顔をじっと見つめたあと、黒のナイトを軽やかに跳ねさせた。


 駒が盤を叩く音は小さいが、妙に誇らしげだ。


「では、こちらは奇道にて参ります」


「奇道など邪道に等しいぞ」


「勝者が歴史を作る、と申します」


「それは誰に教わった」


「厨房の長です」


 レオンハントは、思わず吹き出した。


 王宮の重々しい石壁の内側で、こんな言葉が飛び交っているとは、きっと大臣たちは思うまい。

 つい先ほどまで父王と交わしていた、国境線をめぐる難しい話も、この陽光室の扉一枚で遠い出来事になる。


 レオンハントは顎に指を当て、いかにも思索に沈むふりをした。


「ふむ。ならば王は動かぬ。動かぬ王こそ、真の王だ」


「兄上、それはただ動かせないだけでは?」


「違う。余の流儀だ」


「駒が詰まりかけておりますが」


「流儀だ」


 エリオスは肩をすくめ、静かに次の手を指した。


 その瞬間、レオンハントの眉がぴくりと跳ねる。

 数手先に、自分の王が追い込まれる未来が見えたからだ。


 それでも彼は、威厳を崩さない。


「面白い。ならば受けて立とう、エリオス」


「王は逃げるのも務めです、兄上」


「それは私が先ほど言った言葉だ」


「参考にしました」


 レオンハントは唸り、キングを一マス滑らせた。


「王は逃げるのも務めだ」


「さっきは"動かぬ王こそ真の王"って」


「この時代、臨機応変な対応をしてこそだ」


 エリオスはくすりと笑い、次の手を指す。


「ぬ……」


 攻めれば守りが崩れ、守れば攻め手が消える。

 気づけば盤上には、互いのキングだけが残っていた。


 しばしの沈黙。


 窓の外では、冬の陽が傾きはじめている。


「兄上」


「何だ」


「これ、どっちも詰ませられませんね」


 レオンハントは盤を睨みつけたまま、ゆっくりと瞬きをした。

 しばらくして、彼はふっと息を吐いた。


「引き分け、か」


「引き分け、ですね」


 どちらともなく、同時に顔を上げる。

 そして、ほとんど同じ角度で、にやりと笑った。


「次は勝つ」


「負けませんよ」


「次は中央からは行かぬ」


「え、じゃあどこから?」


「それは秘密だ」


「ずるいです」


 まだ幼い声が、陽光室に弾む。


 盤上では、二つの王がまだ立っている。

 倒れもせず、屈しもせず、ただ互いを見据えたまま。


 鐘の音が、遠くでひとつ鳴った。


 まだ玉座を知らぬ二人の王子は、駒を片づけながら、次の勝負の約束をする。

 どちらが戴冠するかは、神のみぞ知る。



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