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王宮の西塔、その最上階にある小さな陽光室は、冬でもあたたかい。
南向きの窓から射し込む光が、床の市松模様を淡く照らし、その中央に置かれた卓上の盤にも、やわらかな金色を落としていた。
二人の王子は、剣術をカスティーリャ伯爵にみっちりと指導された後に、頭を使う勝負をしていた。
盤上には、二つの王国が向かい合っている。
白を取ったのはレオンハント。黒は弟エリオスだ。
「兄上、また中央から攻めるおつもりですか」
エリオスが、いささか大人びた声音で言う。
まだ十歳の少年にしては、妙に老成した口ぶりである。
二人はこのところ大人風の話し方を真似ていた。
「王道というものはな、いつの世も中央を制する者のためにある」
レオンハントはそう言って、ポーンをひとつ進めた。
その指先はまだ細いが、駒をつまむ様は十分に自信ありげだ。
「ですが兄上、王道は読まれやすい」
「読めるものなら読んでみよ。読めぬからこそ、王道なのだ」
言い切った直後、レオンハントはほんの少しだけ唇を引き結ぶ。
実のところ、昨夜、侍従長から教わったばかりの定石をなぞっているだけである。
対するエリオスは、兄の顔をじっと見つめたあと、黒のナイトを軽やかに跳ねさせた。
駒が盤を叩く音は小さいが、妙に誇らしげだ。
「では、こちらは奇道にて参ります」
「奇道など邪道に等しいぞ」
「勝者が歴史を作る、と申します」
「それは誰に教わった」
「厨房の長です」
レオンハントは、思わず吹き出した。
王宮の重々しい石壁の内側で、こんな言葉が飛び交っているとは、きっと大臣たちは思うまい。
つい先ほどまで父王と交わしていた、国境線をめぐる難しい話も、この陽光室の扉一枚で遠い出来事になる。
レオンハントは顎に指を当て、いかにも思索に沈むふりをした。
「ふむ。ならば王は動かぬ。動かぬ王こそ、真の王だ」
「兄上、それはただ動かせないだけでは?」
「違う。余の流儀だ」
「駒が詰まりかけておりますが」
「流儀だ」
エリオスは肩をすくめ、静かに次の手を指した。
その瞬間、レオンハントの眉がぴくりと跳ねる。
数手先に、自分の王が追い込まれる未来が見えたからだ。
それでも彼は、威厳を崩さない。
「面白い。ならば受けて立とう、エリオス」
「王は逃げるのも務めです、兄上」
「それは私が先ほど言った言葉だ」
「参考にしました」
レオンハントは唸り、キングを一マス滑らせた。
「王は逃げるのも務めだ」
「さっきは"動かぬ王こそ真の王"って」
「この時代、臨機応変な対応をしてこそだ」
エリオスはくすりと笑い、次の手を指す。
「ぬ……」
攻めれば守りが崩れ、守れば攻め手が消える。
気づけば盤上には、互いのキングだけが残っていた。
しばしの沈黙。
窓の外では、冬の陽が傾きはじめている。
「兄上」
「何だ」
「これ、どっちも詰ませられませんね」
レオンハントは盤を睨みつけたまま、ゆっくりと瞬きをした。
しばらくして、彼はふっと息を吐いた。
「引き分け、か」
「引き分け、ですね」
どちらともなく、同時に顔を上げる。
そして、ほとんど同じ角度で、にやりと笑った。
「次は勝つ」
「負けませんよ」
「次は中央からは行かぬ」
「え、じゃあどこから?」
「それは秘密だ」
「ずるいです」
まだ幼い声が、陽光室に弾む。
盤上では、二つの王がまだ立っている。
倒れもせず、屈しもせず、ただ互いを見据えたまま。
鐘の音が、遠くでひとつ鳴った。
まだ玉座を知らぬ二人の王子は、駒を片づけながら、次の勝負の約束をする。
どちらが戴冠するかは、神のみぞ知る。




