2-1
歳月というものは、時に残酷なほど平等に、時に驚くほど不均等に、少年たちの姿を変えていく。
嵐の夜に産声が重なってから、十五の年月が巡った。
海洋国家アルセイオンの王都。
その港を見下ろす高台にある訓練場には、春の湿った海風が吹き抜けていた。
乾いた木剣の音が、規則正しく響く。
打ち込んでいるのは、第一王子レオンハントである。
かつて幼子だった彼は、今や父王の血を濃く受け継ぎ、肩幅の広い、逞しい体躯へと成長していた。
日焼けした肌には、連日の鍛錬で飛び散った砂が張り付いている。
彼が振るう剣には、華麗な鋭さこそないが、大樹の根が地を這うような、揺るぎない重みがあった。
(――まだだ。あと十回。いや、あと二十回)
レオンハントは心の中で自分に言い聞かせる。
彼にとって、物事を習得する唯一の手段は「反復」だった。
一度見て覚えられるほど器用ではなく、一度聞いて理解できるほど聡明ではない。
だからこそ、彼は誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで木剣を振るう。
ふと、訓練場の隅に、静かな気配が立った。
「兄上。あまり根を詰めると、晩餐のフォークが震えることになりますよ」
涼やかな声に、レオンハントは動きを止めた。
そこにいたのは、弟のエリオスだ。
エリオスは、兄とは対照的に、しなやかで細身の肢体をしていた。
陽光を弾くような銀髪と、左右で色の異なる双眸。
その瞳は、十五歳にしてすでに、国家の政理を見通すような冷徹さと、どこか遠くを見つめるような憂いを帯びている。
「エリオスか。……見ていたのか」
「ええ。正確には、兄上が三百回ほど空振りを繰り返す間、ずっと」
エリオスは冗談めかして肩をすくめたが、その眼差しには、兄への確かな敬意が混じっていた。
彼には、兄がどれほどの汗を流してその「一振り」を手に入れたかがわかる。
自分が感覚で理解できる理屈を、兄は千回の反復をもって、その肉体に刻み込もうとしている。
「私は、兄上のそういう『遅さ』が好きですよ。……とても信頼できる」
「褒め言葉として受け取っておこう」
レオンハントは笑って、手拭いで汗を拭った。
幼い頃にあった劣等感は、消えたわけではない。
だが、今の彼は、自分の「遅さ」もまた、一つの武器であることを知りつつあった。
二人の間を、潮騒が通り抜けていく。
かつてのようにただ並んで海を見ていた子供時代は、もう終わりを告げようとしていた。
その日の夕刻。
二人の王子は、父である国王の執務室に呼び出された。
重厚な扉が開くと、そこには海図を広げた王と、傍らに立つ侍従ベニート、そして通訳官のイアンの姿があった。
部屋を支配しているのは、単なる親子の対面ではない、統治者としての峻烈な空気だった。
「レオンハント。前へ」
王の声が、重く響く。
レオンハントは居住まいを正し、王の前に跪いた。
「お呼びにより、参上いたしました」
「お前に命ずる。来月より発つ、隣国カスティアーノをはじめとする諸国巡察の使節団。これに、王族の代表として加われ」
一瞬、部屋が静まり返った。
レオンハントの胸が、どくりと大きく跳ねる。
それは、彼が幼い頃から夢にまで見た「外の世界」への招待状だった。
「私が……、使節団に?」
「左様です、王子」
イアンが柔和に、しかし真剣な眼差しで口を開いた。
「今回の視察は、単なる友好親善ではありません。各国の統治の在り方、産業の変遷、そして何より『民の暮らし』をその目で確かめていただくことが目的です。……私が全行程、同行いたします」
ベニートもまた、厳格な顔を崩さずに付け加えた。
「当然、私めもついて参ります。旅先では、王子の肩書きはあっても、アルセイオンの法は届きませぬ。粗相のないよう、これまで以上に厳しく指導いたしますぞ」
王は椅子に深く腰掛け、レオンハントを凝視した。
「レオンハントよ。お前は港を愛し、船を愛し、異国の言葉を学んできた。
だが、書物の中にある国と、実際にその土を踏んで知る国は別物だ」
王の言葉は、期待であると同時に、試練でもあった。
「正しさが通用しない場所もある。善意が仇となることもある。
それでも、お前はその足で歩き、その手で触れてくるか」
レオンハントは、深く息を吸い込んだ。
隣に立つエリオスに視線を向けると、弟は静かに頷いていた。
エリオスは城に残り、政務の核心を学ぶ。
そして自分は、外の世界へ出て、この国の未来のために種を拾い集める。
役割が分かたれたのだ。
「謹んで、お引き受けいたします」
レオンハントの声は、訓練場で上げた気合よりもずっと鋭く、力強かった。
「この命に代えても、多くのものを見聞し、アルセイオンの糧として持ち帰ることを誓います」
王はわずかに口角を上げ、短く言った。
「よい。……準備をせよ。
十五歳の旅は、一生の宝になるか、一生の傷になるか、どちらかだ」
窓の外では、夜の海が深い群青色に沈んでいた。
レオンハントの心には、未知なる世界への高鳴りと、それ以上の重い責任が、冷たい海風のように吹き込んでいた。




