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14/30

2-1

 歳月というものは、時に残酷なほど平等に、時に驚くほど不均等に、少年たちの姿を変えていく。

 嵐の夜に産声が重なってから、十五の年月が巡った。


 海洋国家アルセイオンの王都。

 その港を見下ろす高台にある訓練場には、春の湿った海風が吹き抜けていた。


 乾いた木剣の音が、規則正しく響く。

 打ち込んでいるのは、第一王子レオンハントである。


 かつて幼子だった彼は、今や父王の血を濃く受け継ぎ、肩幅の広い、逞しい体躯へと成長していた。

 日焼けした肌には、連日の鍛錬で飛び散った砂が張り付いている。

 彼が振るう剣には、華麗な鋭さこそないが、大樹の根が地を這うような、揺るぎない重みがあった。


(――まだだ。あと十回。いや、あと二十回)


 レオンハントは心の中で自分に言い聞かせる。

 彼にとって、物事を習得する唯一の手段は「反復」だった。

 一度見て覚えられるほど器用ではなく、一度聞いて理解できるほど聡明ではない。

 だからこそ、彼は誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで木剣を振るう。


 ふと、訓練場の隅に、静かな気配が立った。


「兄上。あまり根を詰めると、晩餐のフォークが震えることになりますよ」


 涼やかな声に、レオンハントは動きを止めた。

 そこにいたのは、弟のエリオスだ。


 エリオスは、兄とは対照的に、しなやかで細身の肢体をしていた。

 陽光を弾くような銀髪と、左右で色の異なる双眸。

 その瞳は、十五歳にしてすでに、国家の政理を見通すような冷徹さと、どこか遠くを見つめるような憂いを帯びている。


「エリオスか。……見ていたのか」


「ええ。正確には、兄上が三百回ほど空振りを繰り返す間、ずっと」


 エリオスは冗談めかして肩をすくめたが、その眼差しには、兄への確かな敬意が混じっていた。

 彼には、兄がどれほどの汗を流してその「一振り」を手に入れたかがわかる。

 自分が感覚で理解できる理屈を、兄は千回の反復をもって、その肉体に刻み込もうとしている。


「私は、兄上のそういう『遅さ』が好きですよ。……とても信頼できる」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 レオンハントは笑って、手拭いで汗を拭った。

 幼い頃にあった劣等感は、消えたわけではない。

 だが、今の彼は、自分の「遅さ」もまた、一つの武器であることを知りつつあった。


 二人の間を、潮騒が通り抜けていく。

 かつてのようにただ並んで海を見ていた子供時代は、もう終わりを告げようとしていた。



 その日の夕刻。

 二人の王子は、父である国王の執務室に呼び出された。


 重厚な扉が開くと、そこには海図を広げた王と、傍らに立つ侍従ベニート、そして通訳官のイアンの姿があった。

 部屋を支配しているのは、単なる親子の対面ではない、統治者としての峻烈な空気だった。


「レオンハント。前へ」


 王の声が、重く響く。

 レオンハントは居住まいを正し、王の前に跪いた。


「お呼びにより、参上いたしました」


「お前に命ずる。来月より発つ、隣国カスティアーノをはじめとする諸国巡察の使節団。これに、王族の代表として加われ」


 一瞬、部屋が静まり返った。

 レオンハントの胸が、どくりと大きく跳ねる。

 それは、彼が幼い頃から夢にまで見た「外の世界」への招待状だった。


「私が……、使節団に?」


「左様です、王子」


 イアンが柔和に、しかし真剣な眼差しで口を開いた。


「今回の視察は、単なる友好親善ではありません。各国の統治の在り方、産業の変遷、そして何より『民の暮らし』をその目で確かめていただくことが目的です。……私が全行程、同行いたします」


 ベニートもまた、厳格な顔を崩さずに付け加えた。


「当然、私めもついて参ります。旅先では、王子の肩書きはあっても、アルセイオンの法は届きませぬ。粗相のないよう、これまで以上に厳しく指導いたしますぞ」


 王は椅子に深く腰掛け、レオンハントを凝視した。


「レオンハントよ。お前は港を愛し、船を愛し、異国の言葉を学んできた。

 だが、書物の中にある国と、実際にその土を踏んで知る国は別物だ」


 王の言葉は、期待であると同時に、試練でもあった。


「正しさが通用しない場所もある。善意が仇となることもある。

 それでも、お前はその足で歩き、その手で触れてくるか」


 レオンハントは、深く息を吸い込んだ。

 隣に立つエリオスに視線を向けると、弟は静かに頷いていた。

 エリオスは城に残り、政務の核心を学ぶ。

 そして自分は、外の世界へ出て、この国の未来のために種を拾い集める。

 役割が分かたれたのだ。


「謹んで、お引き受けいたします」


 レオンハントの声は、訓練場で上げた気合よりもずっと鋭く、力強かった。


「この命に代えても、多くのものを見聞し、アルセイオンの糧として持ち帰ることを誓います」


 王はわずかに口角を上げ、短く言った。


「よい。……準備をせよ。

 十五歳の旅は、一生の宝になるか、一生の傷になるか、どちらかだ」


 窓の外では、夜の海が深い群青色に沈んでいた。

 レオンハントの心には、未知なる世界への高鳴りと、それ以上の重い責任が、冷たい海風のように吹き込んでいた。



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