第10章1節: 書物との対峙
アッシュウッド村を包んでいた宴の喧騒が過ぎ去り、私の小屋にはようやく静寂が戻ってきた。
壁に立てかけた木の板には、採取した植物の乾燥標本が並び、テーブルの上には粘土で作った簡易的な実験器具と、そして何よりも重要な――辺境伯の館から持ち帰ることを許された数冊の古文書、そしてボルガンを通じて新たに入手した羊皮紙の巻物が広げられている。ようやく、腰を据えて研究に没頭できる環境が整ったのだ。
私はランプの灯りを頼りに、それらの書物と対峙した。まずは、最も古いと思われる巻物からだ。使われている文字は、現代のこの地域で使われているものとは明らかに異なり、より象形文字に近い複雑な形状をしている。前世で習得した複数の古代言語の知識、そして言語学的な推論能力を総動員し、一つ一つの文字の意味を解き明かしていく。地道で、骨の折れる作業だ。
『……星々の配置、大地の脈動、マナの流れを読む術……』
どうやら、古代の占星術か、あるいは地脈のようなものを利用した何らかの技術に関する記述らしい。興味深いが、直接「食」に関わる情報ではなさそうだ。別の巻物を開く。こちらは比較的読みやすい文字で書かれているが、内容は英雄譚や神話のようなものが中心だった。その中に、時折、「神々の食卓」「禁断の果実」といった比喩的な表現が見られるが、具体的な記述はない。
辺境伯の館の書庫で見つけた伝承集も再度読み返す。『食の悦楽に酔い痴れ』『マナを食に取り込み』『美味は毒となり、悦楽は狂気へと変わる』……。やはり、この記述が最も核心に近いように思える。だが、これもまた詳細を欠き、具体的な状況が掴めない。意図的に記録が抹消されたのか、あるいは散逸してしまったのか。
もどかしい。
パズルのピースが圧倒的に足りていない感覚だ。だが、焦りは禁物だ。研究とは、時にこうした暗中模索の期間が長く続くものだ。私は息をつき、次の書物へと手を伸ばした。地道な文献調査こそが、突破口を開く鍵となるはずだ。




