第8章8節: 料理が存在しない理由の断片
古文書の記述は、私の中にあった疑問――なぜこの世界には料理がほぼ存在しないのか?――に対する、一つの仮説を与えてくれた。
過去に、魔法と結びついた高度な食文化が存在したが、それが何らかの「災厄」(マナの暴走、汚染、あるいはそれによる精神汚染?)を引き起こし、文明が崩壊、あるいは大打撃を受けた。その結果、生き残った人々は、その反省と恐怖から、意図的に高度な調理技術を封印・忘却し、「食」と「魔法」とを切り離し、安全な「原初の食」(生食や単純な加熱)へと回帰したのではないか。
そして、その記憶は、「食への探求は禁忌である」「食の快楽は卑しい」といった歪んだ教訓やタブーとして、一部(あるいは広範囲)に受け継がれている……。
もしこの仮説が正しいなら、アリアの家庭教師のような人物が存在することも説明がつく。彼女は、その「食の禁忌」の思想を、狂信的に信奉していたのかもしれない。
また、一部の食材が加熱によって劣化するという現象も、あるいは過去の災厄の名残、つまりマナの影響を受けやすいように品種改変された、あるいは汚染された種が生き残った結果という可能性も考えられる。
これは、あくまで断片的な情報からの推測に過ぎない。だが、非常に興味深い仮説だ。今後、さらに調査を進める価値がある。
そして、この仮説は、私自身の行動にも影響を与える可能性があった。私が良かれと思って行っている「料理」の普及や、魔法の調理への応用が、この世界の住人たち、特に古い考えを持つ者たちから、強い反発や警戒を招くかもしれないのだ。「禁忌」を破る者として。
「……厄介なことだ」
私は呟いた。アリアの治療を進めると同時に、この世界の隠された歴史にも、慎重にアプローチしていく必要がありそうだ。




