第14章1節: アリア来訪と新たな依頼
味噌ラーメンの熱狂も一段落し、アッシュウッド村にいつもの(比較的)静かな日常が戻ってきた頃。
私は研究所(小屋)で、発酵食品の研究――味噌もどきの二次発酵の観察や、新たな醤油もどきの試作――に没頭していた。壁には、森の奥地で採取したマナ鉱石や薬草のスケッチ、そして古代文字の解読メモが貼られている。
探求すべきテーマは尽きない。
その静寂を破るように、小屋の前に一台の馬車が止まった。以前、私を辺境伯の館へ運んだものよりは質素だが、それでも村では見慣れない立派なものだ。そして、馬車から降りてきたのは、見覚えのある二人組だった。
執事のグレイアム。そして――
「ハルカお姉さま!」
太陽のように明るい声と共に、一人の少女が私に向かって駆け寄ってきた。
亜麻色の髪を風になびかせ、健康的な薔薇色の頬。以前の青白い面影はどこにもない。すっかり元気になったアリア・バーンズワースその人だった。
彼女は私の姿を見つけるなり、ためらうことなく飛び込んできて、私の腰にぎゅっと抱きついた。
「お、おい、アリア嬢、いきなり何を……」
私は突然の抱擁に戸惑い、身体を硬直させる。だが、アリアはそんな私の反応などお構いなしに、顔を上げて満面の笑みを向けた。
「お久しぶりですわ、ハルカお姉さま! アリア、こんなに元気になりましたのよ!」
その言葉通り、彼女の瞳は生命力に満ち溢れ、声にも張りがある。グレイアムが、穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
「ハルカ様、ご無沙汰しております。ご覧の通り、アリアお嬢様はすっかりご壮健になられました。これも全て、ハルカ様のお陰と、辺境伯様も深く感謝しておられます」
「それは何よりだ。適切な栄養と環境、そして本人の自然治癒力が働いただけのことだ」
私は素っ気なく答えたが、内心ではアリアの回復ぶりに安堵と、そして僅かな喜びを感じていた。前世の妹の面影が、やはりどこかで重なる。
「ハルカお姉さまの教えてくださったお食事、毎日ちゃんといただいておりますの! お野菜も、お魚もお肉も、とっても美味しいですわ!」
アリアは私の手を握り、嬉しそうに報告する。その様子は、年相応の無邪気な少女そのものだった。
グレイアムが咳払いを一つして、本題に入った。
「実は本日参りましたのは、辺境伯様からの新たなお願いがございまして。ハルカ様のお知恵を、再びお借りしたいと」
彼は、辺境伯領の西部に位置する湖畔の町「シルヴァミル」で、近年原因不明の「湖の不漁」と、それに伴う住民の活力低下が問題になっていることを説明した。医師や専門家を派遣したが原因は不明であり、辺境伯は私の知識と観察眼に期待しているという。
「シルヴァミル町……湖の不漁、か。アッシュウッドとは異なる環境、異なる問題。興味深いな」
私の知的好奇心が刺激される。これは新たなフィールドワークの好機だ。
「よかろう、その依頼、引き受けよう」
私が承諾すると、アリアが待ってましたとばかりに声を上げた。
「まあ、素敵ですわ! 実はアリアも、ハルカお姉さまと一緒にシルヴァミルへ参りますの!」
「……何?」
予想外の言葉に、私は眉をひそめた。
グレイアムが予定調和のように微苦笑を浮かべた。
「お父様には、アリアがどうしてもハルカお姉さまとご一緒したいとお願いして、お許しをいただきましたの! もうすっかり元気ですし、ハルカお姉さまと一緒なら、どんなことでも乗り越えられますわ!」
アリアは胸を張って宣言する。
その瞳は、純粋な期待と信頼に輝いている。
やれやれ、また賑やかになりそうだな……。
私は内心でため息をつきながらも、この小さな同行者の申し出を、無下には断れないでいたのだった。




