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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第650話 帝城への報告

第二騎士団長ブルックランズは、帝城へ向けて馬を飛ばしていた。


すでに先触れは出している。それでもなお、自ら駆けねばならないと判断するほど、事は急を要していた。


石畳を打つ蹄の音が鋭く連なり、門兵がその姿を認めた瞬間、城門は慌ただしく開かれる。


中へ滑り込むと同時に伝令が走り、回廊の奥へ奥へと緊張が波のように伝わっていった。


馬を降りる間も惜しむように歩を進め、短く指示を飛ばしながら内郭へ入る。


控えの兵が先導に立ち、迷いなく皇帝の私室へと導いた。扉の前で一度だけ呼吸を整え、そのまま押し開ける。


室内にはすでに皇帝と宰相がいた。机上には書簡が幾重にも重なり、議論の最中であったことが一目で分かる。


皇帝の顔には、隠しきれない疲労が浮かんでいた。だがその奥には、苛立ちと焦燥が沈殿している。


そこへ、別の気配が重なる。皇妃とベントレー公爵が入室してきた。


もともと皇妃に相談があり訪れていた公爵が、この緊急の動きに巻き込まれる形で同席したのだろう。


ブルックランズは深く礼を取る代わりに、わずかに頭を下げただけで口を開いた。


「急報につき、無礼をお許しください。挨拶は省略いたします」


短く告げ、一息だけ間を置く。


「数時間前――第三騎士団団長フレックスフォードが、ビック騎士爵家嫡男ヴェゼル・パロ・ビック殿と遭遇。その直後、団長以下、九十九名が殲滅されました」


言葉が落ちた瞬間、室内の空気が凍りついた。


皇帝は言葉を失い、ただ視線だけが揺れる。皇妃とベントレー公爵は何も言わず、その反応を静かに見据えていた。沈黙が一拍、二拍と重なり、やがてブルックランズが続ける。


「百名のうち、ただ一人のみが生かされております。ヴェゼル殿より、この状況を帝城へ正確に報告せよと命じられたとのことです」


皇帝の指先がわずかに動く。


「……何があったのだ」低い声が漏れる。


ブルックランズは、記憶を辿るように言葉を整えた。


「報告者の証言によれば――帝都を出て二キロほどの森の手前にて、第三騎士団が団長の命で待ち伏せを行いました。まず団長が、ヴェゼル殿に対し、陛下への発言と態度を咎め、謝罪を要求。さらに神獣と妖精を差し出せば命は取らぬと……」


その瞬間、皇帝の手が机を叩いた。


乾いた音が鋭く響く。


「なんという馬鹿なことを……! そのような命は出していない……」


吐き出すように言い放つ。声は低く、押し殺されていた。


ブルックランズは続ける。


「ヴェゼル殿は“ここで戦う意味がない”として拒否。その上で、“刃を向けた時点で敵とみなし殲滅する”と事前に忠告したとのことです」


わずかに間を置く。


「しかしフレックスフォードはこれを受け入れず……抜剣に至りました」


そこで、ベントレー公爵が低く言葉を継いだ。


「……そして、全滅か」


ブルックランズは黙って頷く。


宰相は苦い顔のまま沈黙している。視線は落ち、指先だけがわずかに動いていた。


その静寂を破ったのは皇妃だった。静かに口を開く。


「……あの謁見の直後、宰相はフレックスフォードに何か耳打ちしていましたわね。あれは、何を伝えていたのですか?」


声音は穏やかだった。だが逃げ場はない。


宰相は一瞬だけ言葉を選び、答える。


「……自重するよう、念を押したまでにございます」


顔には苦悶の色が浮かぶ。


皇妃はその表情を見つめ、わずかに目を細めた。


「そうですか」それだけで、言外の意味は十分に伝わる。


沈黙が落ちたところで、ベントレー公爵が深く息を吐く。ゆっくりと首を振る。


「ここまできても、なおビック家を侮る者がいるとは……、私は何度も申し上げてきた。あの家には手を出すべきではない、取り込むべきだと。それを――」


言葉を切る。


「愚かというほかない」


皇妃が視線を皇帝へ向ける。


「ここまで統制が取れていないとなると、問題は深刻ですわ」


やわらかな口調だった。だがその中に、明確な棘がある。


「皇帝陛下のお考えが、現場に伝わっていないということになります。……それも、第三騎士団長ともあろう者に」


そして皇帝を見据える。


「陛下は、どうお考えですか?」


その言葉に含まれる意味は、誰の耳にも明らかだった。


宰相が口を挟む。


「皇妃様、その言いようは――」


言い切る前に、皇妃の視線が突き刺さる。


「あなたは、ご自分が無関係だとでも?」


静かに問い返す。


「陛下のお考えを補い、形にするのがあなたのお役目です。それが果たされていない以上、責はあなたにもございますのよ?」


言葉は穏やかだが、逃げ場はない。


「統制が取れず、命が行き届かない――それは、補佐の失敗でもあるのですから」


宰相は何も言えなかった。ただ、視線を落とすしかない。


室内には、重く沈んだ空気だけが残っていた。



重く沈んだ空気の中、先に口を開いたのはベントレー公爵だった。わずかに肩で息を整え、皇帝へ向けて静かに言葉を差し出す。


「陛下。ビック家の処遇、対応を、明確にお示しください。このままでは、第二、第三のフレックスフォードが現れてしまいます」


声は抑えられている。だが、その一言一言は逃げ場を許さない。


間を置かず、皇妃がそれに続いた。


「今のこの国を動かす者たちは――陛下が明確に言葉にされなければ、何一つ正しく判断できぬ者ばかりでございます」


視線は穏やかだが、温度はない。


「曖昧なままでは、各々が勝手に解釈し、勝手に動く。その結果が、今回です。すぐに、ビック家への対応を明確になさいませ。まだ間に合うのです」


そして、静かに踏み込む。


「教国のように、帝国としての意思を“形”で示すべきです。帝国金でも、銀でも、ミスリルでも――授けるべきものを授ける。それだけのことです」


冷えた言葉だった。だが、正面から否定できる者はいない。


皇妃は続ける。


「先日の謁見で、私は――ビック家に何かを授ける場になるものとばかり思っておりましたのよ」


その言葉に、わずかな落胆が滲む。


「それが結果として、奪う形になった」


静かに視線を落とす。


「教国は、フリード殿に最恵国待遇と最上位の勲章を与えました。それに対して帝国は――妖精と神獣を奪おうとし、結果として、初代皇帝陛下が授けた唯一の直参の証まで奪った。この事実が、判断力を持つ貴族たちにどう映るか……考えるまでもありません」


そして周囲を見渡す。


「本来であれば、私がこのように政に口を挟めば、貴族間の均衡を乱しかねぬゆえ、公の場では言を慎んでまいりました。ですが――今回はあまりにも度を越えております」


声は低く、静かだった。


「離反に繋がるに足る出来事です。それが、ここまで来るまで理解されなかったとは……」


そのまま、わずかに首を振る。


嘆きは小さい。だが、場の重さを一段引き下げるには十分だった。


宰相も、ベントレーも、何も言えない。


沈黙の中、ようやく皇帝が口を開いた。


「……宰相」低い声。


「ビック家に、何か授けておけ。この帝国で見栄えのする勲をな」


視線は合わせないままの命令だった。


宰相は深く頭を下げる。


「……は」


皇帝は続ける。


「私は考えることがある。皆、下がれ」


短く、切り捨てるような声だった。


皇妃が何か言いかける。だが皇帝は片手を上げ、それを遮った。


その仕草に、言葉を受け取る意思がないことは明白だった。場に残された者たちも、それ以上踏み込むことはしない。


やがて、ベントレー公爵がわずかに息を吐く。


「……参りましょう」


低く告げると、宰相と皇妃も無言で従った。誰も余計な言葉は残さない。


重苦しい空気だけが、その場に取り残される。


扉が閉じる。静寂が落ちた。


――その直後だった。


皇帝の手が机を薙ぎ払う。


書簡が宙を舞い、ばらばらと床へ散った。乾いた音が室内に反響する。


「ビック家が、何だというのだ……!」


吐き出すような声だった。


「私は皇帝だぞ!」


拳が叩きつけられる。机が鈍く軋む。


「なぜ、この私が――一騎士爵ごときの顔色を窺わねばならぬ!」


息が荒くなる。怒りは、まだ収まらない。


「初代が与えたというだけの証など、何ほどのものか……!」


吐き捨てる。


「下位の者が、その持つものを上位に差し出すなど――当然の理であろうが!」


声がさらに荒れる。


「精霊であろうと、妖精であろうと、神獣であろうと――帝に奉るべきものだ! それを拒むなど、何を思い上がっている!」


怒声は、誰に向けられたものでもない。


だが壁に跳ね返り、何度も自分自身へと突き刺さる。


荒い呼吸だけが残る。


しかし――その言葉の奥にあるものに、皇帝自身は気づいていない。


その感情こそが、命よりも強く周囲へ滲み、伝わり、明確な命令よりもなお重く、“帝の意思”として受け取られていたということに。



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