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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第618話 アプローズの失踪13

フィリーの嗚咽がかすかに残る中、誰も声を発せず、あたりは静まり返っていた。


ただ、そこに漂う沈黙の色は、さっきまでとは違っている。心が軽くなるわけではなく、むしろ“それだけでは終わらない”という理解が、空気をさらに重くしていた。


ヴェゼルはその沈黙を、あえて急かそうとはしなかった。一度だけ呼吸を整え、思考を切り替えるように、わずかに間を置いた。


「……念のため、確認しておきましょうか」


ふと思い出したように手を止め、斜めがけのバッグから小さな収納箱を取り出す。そこから現れたのは、あの劣化した瓶よりも二回りほど小さい、飾り気のないガラス瓶だった。


視線が自然と集まる。


「これが、ブガッティさんから譲られた俺が持っているエリクサーです」


軽く掲げる。


「見ての通り、特別な容器ではありません。宝物庫に納めるようなものとは、扱いが明らかに違う」


そこで周囲を見渡す。


「そして――おそらくですが、中身の液体は全く同じものではないのではないでしょうか。製造工程か保管環境が違う可能性は高い。だとすれば、中身にも差が出るはずです。……色あたりがもしかしたら違うかもしれませんね」


そのままフィリーへ掲げて見せる。


「どうですか、フィリーさん」


名を呼ばれ、フィリーはびくりと肩を揺らした。恐る恐る瓶を覗き込み、視線を凝らす。


「え、えっと…………違いますぅ……色が……少し、薄いとおもいますぅ……」


ためらいがちに口を開き、小さいが、はっきりとした声だった。


それを受けて、ガヤルドが鼻を鳴らして、腕を組んだまま続ける。


「当然だな、宝物庫のものは、封印と保存のための専用容器だと聞いた。あれは数百年でも劣化しないと聞いた。そんな簡素な瓶とは前提が違うのだ。貴様が持っているものは、数日程度では品質は変わらんだろうが、数年もすると劣化してしまうかもしれんな。それに――一度収めたエリクサーを別の容器に移すなど、まともな知識があればやらんことだ」


一瞬だけフィリーを見る。


「……お前のようにな」


空気がわずかに冷える。


ヴェゼルはそれを崩さず、静かに結論を置いた。


「つまり、これは、宝物庫の個体とも、今回見つかったものとも一致しない。少なくとも――同一ではない可能性が高いんです」


瓶を戻しながら言う。


短い断定だった。


だが、それで十分だった。空気がさらに沈む。



誰も口を開かない。ただ、思考だけが同じ方向へ収束していく。


ヴェゼルはその流れを確認するように、わずかに目を細めた。


「つまり――計画は“成立する前提”で組まれていた。ですが現場は、その前提を理解していなかった。だから“成立しない形で実行された”――それだけです」


一言で切る。


「この時点で、当初の計画は崩れていました」


沈黙が深くなる。


理解が早いほど、言葉は不要になる。


やがてフリードが腕を組んだまま口を開いた。低い声。


「……なあ、ヴェゼル、もしもだ。あの屋敷にあったエリクサーが、本物だったとしたら――どうなってたんだ?」


短い問いだったが、重さは軽くない。


ほんの一歩の差で現実になっていた可能性を含んでいるのだ。


ヴェゼルはすぐには答えなかった。


一度視線を落とし、思考を組み直す。やがて静かに息を吐いた。


「……前提として、真犯人が本物のエリクサーを二本確保する。これは偶然ではなく、明確な意図を持った窃取だと思います」


淡々と思考を積み上げていく。


「そのうちの一本を――ブガッティさんの屋敷に置く。わざと発見させるために」


フリードは黙って聞く。


「同時に、アプローズさんを誘拐する。これで事件は当然“エリクサー絡み”だと誰もが思うでしょう」


ガヤルドの目が細くなる。


「そして、当然調査はブガッティさんへ向かう。そして屋敷が調べられ、用意されたエリクサーが見つかる」


「しかも、本物です。価値もそのままに」


その意味は、誰もが理解していた。


ヴェゼルは続ける。


「結論は単純です。――ブガッティさんが盗み、隠していた。そう誤認させる」


静かに言い切る。空気がわずかに軋む。


「外部の関与は切り捨てられます。捜査の方向はそこで固定されるでしょうね」


フリードが低く息を吐く。


「そして、その先です」


視線を上げる。


「ブガッティさんは元々一本持っていた。そしてそれは、俺が受け取っている。その状況で、屋敷からもう一本出てくる」


逃げ場のない言い方だった。短く補足する。


「どう見えるかは明らかでしょうね。そこには瓶の違いも、保存状態も色も関係ありません。重要なのは、“二本ある”という事実だけなんです」


フリードの表情が歪む。


ヴェゼルは続けた。


「“一本は盗品なのです。そしてもう一本は横流しして私に渡した”となれば――それで話は完成するんです」


ガヤルドが低く吐く。


「……でっちあげか」


ヴェゼルは頷く。


「ええ、証拠は“そう見える形”に誘導される。事実よりも、筋が通って見えるかが優先されるんです」


静かな声だった。


「結果として、“二本存在した”という事実だけが独り歩きする。そして整合性を与える形で――共謀という結論が組み上がる」


空気が一段、冷える。


「ブガッティさんは窃盗。ビック家はそこに関与した。アプローズさんは関係者として確保されている」


淡々と並べる。


「状況証拠は揃っています。反証は困難。……こちらが何か言う前に、結論だけが完成するでしょうね」


誰も否定しない。


やがてフリードが小さく息を吐いた。


「……そうか」


少しだけ口元を歪める。


「綺麗に嵌めるつもりだった、ってわけか」


「ええ。ほぼ完璧に」


ヴェゼルは否定しない。


「だからこそ、あの一手は決定打になるはずだった」



「――そのはずでした。ですが、実際に置かれていたものは違った」


空気が変わる。


視線がわずかに細くなる。


「あのエリクサーは、すでに価値を失っていた」


それだけで、すべてが崩れる。


「本来なら発見された瞬間に結論が確定するはずだった。ですが、あの劣化したエリクサーでは、そうはならない。証拠としても、交渉材料としても中途半端すぎたんです」


ガヤルドが低く吐く。


「……だから、崩れたのか」


ヴェゼルは静かに頷いた。


「そうです。計画は成立する前提で組まれていた。ですが現場は、その前提を理解していなかったんだと思います」


短く締める。


「結果として、“決定打のはずの一手”が、フィリーさんのおかげ、と言ってもよいのか分かりませんが、逆に全体を破綻させたんです」




やがてフリードが小さく息を吐いた。


少しだけ口元を歪める。


「……なるほどな、劣化したエリクサーで、助かったわけか…皮肉なことだな」


皮肉とも実感ともつかない声だった。


ヴェゼルは一瞬だけ目を細める。


だが、何も言わない。


――あれが本物だったなら。


この場にいる全員が、すでに“作られた罪”の中に組み込まれていた。


その事実だけは、十分すぎるほど理解していた。


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