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第19話 その日の食卓

久しぶりに家の扉をくぐったヴェゼルたちは、ゆっくりと寛いだ後、暖かな光が差し込む食堂へと足を運んだ。


外の空気はまだ冷たく、旅の疲れと緊張が少し残っていたが、家の中は木の床のぬくもりと、薪の香ばしい香りが混じる懐かしい匂いで満ちていた。


窓から差し込む夕陽が木製の長テーブルに反射し、まるで金色の帯のように家族の顔を照らす。カーテンの影がゆらめき、部屋全体に柔らかな光と影が踊る。


食卓には、久々の賑わいを歓迎するかのように、グロムも同席していた。彼はテーブルの端に鎮座し、頭を低くして座るが、その目はしっかり家族を観察している。


口元に微かな吐息を漏らし、香りや温度の変化を敏感に感じ取るように、ゆっくりと呼吸を整えていた。


カムリとセリカはそれぞれ配膳用の小皿を手に取り、忠実なトレノと共に温かい料理を家族に運ぶ。


小さな手でアクティがスープの器を引き寄せようとすると、カムリがそっと手を添え、こぼさないように気を配る。その指先の優しさに、ヴェゼルは心の中で小さく安堵した。


アクティは母オデッセイに抱きつき、ヴェゼルにもぴったりとくっついて座る。


二歳にして、帰宅後すぐに甘えん坊全開の様子だ。ヴェゼルは「小さいのに全力で人を信頼する姿って、なんて無防備で強いんだろう」と内心で感心しつつ、慎重にアクティの背中を支えた。


彼女の髪の香りや、頬の柔らかさに触れるたびに、旅の疲れや緊張が少しずつ溶けていくようだった。


「久しぶりの家族だけの食卓ね」とオデッセイが微笑む。


彼女の声には旅の疲れもなく、家に戻った安心感がそのまま滲み出ていた。


ヴェゼルは小さく頷き、ゆっくりと口に食べ物を運ぶ。フリードは相変わらず大きな手で肉の塊を掴み、無言でかぶりつく。


その姿は豪快そのものだが、アクティの視線が父に注がれると、ちょっと困惑した表情を浮かべる。どうやらフリードはまだ、二歳児からの信頼を勝ち取るには時間が必要らしい。


食卓は穏やかに、しかし生き生きとした空気で満ちていた。木製の椅子がわずかにきしむ音や、スープをすする音、フォークが皿に触れる小さな音までもが家族の息づかいの一部となり、ヴェゼルの胸の奥に安心感をもたらした。


アクティを見ると、まるで「おかえり」と言われたかのように感じられ、自然と肩の力が抜ける。


オデッセイは微笑みながら、「さて、明日からのことを話しましょうか」と切り出した。


ヴェゼルの目は母の言葉に向けられ、旅先での緊張感が少しずつ緩むのを感じた。


「明日から、あなたに少しずつ教え始めるわよ」と母は宣言する。


「ヴェゼル、あなたにはこの世界の魔法と理論の基礎を教える。あなたの特殊な魔法――いや、収納魔法のこともね。フリードは……あなたにはヴェゼルに剣の基本から鍛錬を始めてもらうわ」


ヴェゼルは小さく頷く。「やっと本格的にここで鍛錬できるのか……いや、焦る必要はない、まずは基礎から」と思いながらも、ワクワクしている。


フリードは無骨に大きな手を肉皿に置きながら、「よし、明日から俺がお前の剣の基本を叩き込む!」と力強く宣言する。


彼にとって剣の訓練とは、言葉よりも行動で教えること――叩き込むとは文字通り体で覚えさせることなのだ。


「無理はさせないでね」とオデッセイが軽く注意する。フリードは軽く肩をすくめながらも、目には熱い光が宿る。


「分かってる。だが基礎は重要だ。足腰、腕の振り方、体幹……すべてだ」


その瞬間、アクティが小さな声で「わたしもやりたい!」と叫び、テーブルの上で手をぱたぱたと動かす。二歳の身体はまだ訓練には早すぎるが、その情熱と好奇心は家族の目を釘付けにした。


ヴェゼルは思わず笑みを漏らし、オデッセイも微笑む。「少しずつね。体力に合わせてやれば大丈夫」


「でも、アクティ、まずは座って食事をしっかり終わらせるんだぞ」とヴェゼルが手を軽く添える。アクティはぐずりながらも母の手に導かれ、スープを一口すする。


フリードはそんな娘を見て、「……いや、どう接すればいいのか分からん」と眉をひそめるが、オデッセイの微笑みを見て少し安心したように肩の力を抜く。


食後、オデッセイはゆっくりと家族に語りかける。「魔法も剣も、無理に急ぐ必要はないわ。少しずつ体と心に覚えさせることが大事。ヴェゼル、あなたにはまず理論の理解と基本操作を、フリードは体の使い方と動作を。


アクティには……まだ小さいから、好奇心を育てる遊びを交えながらね」


ヴェゼルは小さく頷き、考える。「この二歳児がやる気を見せるなら、将来的には……いや、焦るな。まずは家族で過ごす時間を楽しむんだ」


フリードは相変わらず豪快だ。「よし、明日は朝から素振りだ! 腕を振り、足を踏み込む、そして正確に突く!」オデッセイは「ええ、でも休憩もちゃんと入れて」と柔らかく諭す。フリードは肩をすくめつつも、どこか嬉しそうに目を細めた。


その時、アクティが自分の小さなナイフ型の木製おもちゃをテーブルから落としてしまい、コツンと床に音を立てる。カムリが素早く駆け寄り、手を添えて拾い上げる。


アクティは嬉しそうに笑い、「もういっかい!」と再び遊び始める。その無邪気さに、ヴェゼルも思わず肩の力を抜き、「こういう瞬間を大事にしないと」と心に刻む。


オデッセイは微笑みながら、「こういう小さな訓練の積み重ねが、未来の大きな力になるのよ」と静かに言葉を重ねる。ヴェゼルはその言葉に頷き、収納スキルの可能性や魔法の応用についても頭の中で思案を巡らせる。


夕暮れが深まり、食卓には次第に落ち着いた静けさが訪れる。外の空は深い橙色に染まり、窓から差し込む光は温かく、家族を包み込む。


アクティは母の膝に寄り添い、ヴェゼルも安心した表情で隣に座る。フリードは豪快に肉を頬張りながらも、娘の小さな動きに目を向ける。


オデッセイは静かに食卓の中心で家族を見渡し、心の中で明日からの教育の順序や方法を整理する。「まずは基礎。そして理解。そして少しずつ実践……」思考は未来を描く方向へと進むが、今はこの家族の温かい空気と、アクティの無邪気な笑顔に心を委ねる。


ヴェゼルは小さな手でアクティの頭を撫で思う。「これから剣と魔法、収納スキル……すべてを学ぶんだ。アクティも、一緒に、少しずつ、強くなっていくんだ」



食卓の端には、小さな湯気を立てるスープの器や、肉の香ばしい匂いを漂わせる皿が置かれ、グロムは静かに視線を巡らせながら、家族の安全を確認しているようだった。


アクティは小さな手でフォークを握り、ヴェゼルの皿からひと口分をつまもうとする。ヴェゼルは少し手を添え、彼女がこぼさないように器用に支える。


夕食後の食卓は、家族の温かい笑い声と微笑みに包まれ、久しぶりに戻った自宅の安らぎと、これから始まる学びの日々への期待が静かに交差していた。


オデッセイはその様子を見ながら、「ほんとうに、この子たちは……」と小さく息を吐き、優しく微笑んだ。


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