第八話:生贄令嬢はご隠居さんの趣味を知る
あの後、興奮状態のノーム様をサラマンダーと一緒にどうにか落ち着いてもらうようお願いして、今までの経緯を説明することができましたわよ!!
「なるほどねぇ。まだ人の世界では生贄の儀が残っていたのかい……何とも痛ましいことじゃあないか……」
ズリ落ちかけた片眼鏡を直すノーム様のお顔に、それはもう悲痛そうな表情が浮かんでおりますわね。
ノーム様は、ここ数百年ほどは地下でずっと過ごしておられたそうで、花贈り……体のいい生贄の儀の風習はとっくに廃れてるものと思っていらっしゃったそうですの。それが久しぶりに地上に出てきたと思ったら、生贄の儀で黒龍様の所に贈られた張本人を見ることになったんですもの……驚くのも無理はありませんわねぇ。
ちなみに、なんで”ご隠居”なのか伺ったんですけど、意味深に微笑まれて理由を伺うことはできませんでしたわ。
まだお若そうなのに……どうして”ご隠居”なのかしらね。
「だがまぁ、そのお陰でアタシもこんな器物と出会えたと思うと……なんだか複雑な気分だねぇ……。なにはともあれ、お前さんは生き延びられたようで何よりだ」
「ええ。それは身に染みて感じておりますわ。私は運が良かったんですのね」
水出し紅茶の瓶を片手に眉根を寄せるノーム様の言葉に、私は静かに頷いた。確かに、私が今代の花としてここに送られてこなければ、こうして異世界の物品がこちらの世界に持ち込まれることはなかったでしょうからね。
ノーム様としては人の命を無意味に奪う慣習が残っていたことは忌むべきことと思いつつ、珍しい物品と出会えたことは純粋に嬉しくて……天秤をどちらに傾かせるか、定められないのではないかしら。
実際、私より以前の花々は、黒竜様……アルク様に出会うより先に、あのゴブリンのような魔物に殺されていたわけだし。私はたまたま魔法が使えたからなんとかなったものの、そうでなければ……私も死んでいたのではないかしら。
思わずしんみりとしてしまったところに、ふうと大きく息を吐く音がする。アルク様が、思いっきりため息をついたみたい。
「過ぎたことをどうこう言っても仕方あるまい。魂は昇っているのだろう? 輪廻の輪には戻れているさ」
「ふむ。それもそうだね。魂が安らいでいることを祈ろうか」
私にはよくわからないのだけれど、アルク様がそう仰るのなら、きっと魂は救われていると思いたいわ。静かに目を伏せるノーム様と一緒に、思わず私も手を組んで祈ってしまいそうになったもの。
『ところでご隠居ぉ! その空き瓶、持って帰ってもらえんのかぃ?』
結局しんみりした雰囲気になったところで、空気を変えたのはサラマンダーでしたわ。
あなた、冥王様の神殿の炎を維持していた功労者でしょうに……。敢えて道化を演じてくれているんでしょうね。
サラマンダーの言葉に、アルク様がまだ瓶を持ったままのノーム様に胡散臭そうな目を向けていらっしゃいますわね。
「当り前じゃないか! これだけ精巧な作りのガラスは、まだこの世界では見かけないものだからねぇ」
「普通のノームは金属細工を好むというのに、お前は本当に変わっているな」
「そんなことをお言いでないよ、黒竜。金属も珪砂も石灰石も、全て鉱物じゃないか。アタシからすれば、金細工もガラス細工も、皆、鉱物細工さね」
それはもう楽しそうに笑ったノーム様がパチンと指を鳴らすと、手にしていたガラス瓶も祭壇の上に並んでいたガラス瓶も、あっという間に消えてしまいましたわ。
もしかして、サラマンダーが言っていた『ご隠居なら何とかしてくれるかも』って、こういうことを指してたんですの!?
……そういえば、ノーム様のような土を司る精霊様は、鉱脈に詳しかったり細工物の腕に秀でていたり、土から生まれるものに強い……という話をどこかで聞いたか読んだかした記憶がありますわね。
あのガラス瓶も愛でるべきもの、と認識されたのかしら。そういえば、ガラスの材料も元を辿れば”鉱物”ですし、土の精霊の元に還るのは当然と言えば当然、なのかしら??
「これだけ見事なものを貰えるなんてねぇ。長生きはしてみるもんだ! ……ところで、お嬢さん。もう少し違う形のモノがあったりはしないのかい?」
「え……あ、ガラス瓶のことでしょうか? えぇと……今はそれだけですけど、お取り寄せすれば……」
ちょっと悪戯っぽい目でこちらを見てきたノーム様に、思わずスキルを発動してしまいましたわ! そんな私を、「甘やかすな」という目でアルク様が見ていらっしゃいますのよ……。
だって……あの期待と好奇心に満ちた目で見られたら……ちょっと耐えきれなかったんですもの!
それに、もう飲み物もなくなってしまいましたし、ちょうどいい頃合いかな、と思ったことも事実ですのよ?
三者三様の瞳が私を見ていることを感じつつ、タブレットの画面を指で操作して飲料部門を表示させる。
そうなってくると、なんだかんだと言いながらみんな気になることは気になるようですわ。アルク様が私の後ろから。サラマンダーは私の肩に飛び乗って。ノーム様も私の前に立って……それぞれタブレットの画面を覗き込んでくる。
さぁ。次は何をお取り寄せしようかしら。
ぱらぱらと本のページを捲る感覚で、タブレットの画面を指でスワイプしながら……少しでも面白そうな形をした瓶を探すことにしますわ!




