第七話:生贄令嬢はもう一人の精霊と対峙する
土煙が収まった先にいたのは、柔和そうな顔に眼鏡をかけた若い男性が立っていた。身長は私の半分くらい、かしら? 黒を基調にした大時代的な衣服と、金鎖付きの片眼鏡がよくお似合いですこと!
小人族……というわけでもなさそうだけれど……?
「おや、これは驚いた。サラマンダーに呼ばれたっていうんで何事かと思ったら。黒竜、お前さんが起きているとはねぇ」
「フン! 貴様こそ、随分とのんびり過ごしていたようだな、ノーム」
「相変わらずの減らず口だね。どうだい、少しは寝坊癖は治ったのかい? お前さんだって古代竜の一角なんだから、きちんとしておいた方が良いとアタシがあれほど……」
「………………だからこやつを呼ぶのは気に喰わぬのだ……!」
眼鏡をくいっと持ち上げたその男性が、アルク様を目に止めてハシバミ色の瞳をきゅうと眇める。アルク様の半分ほどもない身長にもかかわらず、物怖じする様子はありませんわね。
私自身は実物の「ご隠居」というもの見たことがないのですけど、これは確かに「ご隠居」という雰囲気がピッタリの方ですわ。立て板に水、という言葉の如く滔々と語る姿がサマになっているのが、なんともお似合いなんですもの!
貞蓮の記憶が「長屋の大家!」とも騒いでいますけど、何かが琴線に触れたのかしらね?
そして、アルク様の言葉を信じるのであれば、この方がノーム様……大地の精霊様ですのね! そう思えば、アルク様に対する態度にも納得できますわねぇ。
ちなみに、私の隣ではそれはもう嫌そうな顔をしたアルク様が、ウンザリ、という顔で頭を振っていらっしゃいますわよ。よっぽどノーム様の……ご隠居様のお小言がお嫌いなのね。
そしてとうとう、そんなご隠居さんの瞳が、私を捕らえる。
「おや、まぁ。なんだねぇ、お嬢さん。アンタ、人間かい?」
「大変失礼いたしました! 初めまして、ノーム様。こちらでお世話になっております、フランチェスカと申します」
「ああ、そんなに畏まらないでおくれ。なんだかアタシまで緊張してしまいそうだ」
優しい目をしたノーム様ににこりと微笑まれ、そこでようやく雰囲気に飲まれて固まっていたことに気が付きましたの。慌ててスカートの裾を摘まみつつ頭を下ようとしたところをやんわりと止められる。
くつくつと喉の奥で笑うノーム様からは、先ほどのお説教じみた雰囲気は全く感じられない。基本的には、ご容貌どおりの温和な方なのかもしれませんわね。
私が一人で納得していると、足元にいたはずのサラマンダーがぴょいっと祭壇の上に飛び乗ってくる。
『久しぶりだなァ、ご隠居ォ! ちょいと相談に乗ってほしいことがあるんだがよォ』
「なんだいなんだい、藪から棒に。いいかい、サラマンダー。お前さんはその先走る癖がいけないと、アタシがあれほど口を酸っぱくして言っていただろう?」
『あー、もう! まどろっこしい説教は後にしてくんなァ!』
片眼鏡の奥の目をギラリと輝かせたノーム様が、腰に手を当ててご隠居さんモードになられたようね。立てた人差し指を振りながら、サラマンダーにとくとくと言い聞かせていますわ。
ただ、サラマンダーもサラマンダーで精神力が強いのねぇ。上げた片前脚をひらひらと振りながら、ノーム様の話を遮るんですもの!
呆れたように溜息をついたノーム様を横目に、サラマンダーが祭壇の上に仮置きしていた水出し紅茶の瓶をごろりと転がしてくる。
……そういえば、この瓶をどうにかしよう……というのがそもそもの話でしたのよね? どうしてサラマンダーは、ノーム様を呼んだのかしら??
ころころと転がる瓶を目で追っていたら、ノーム様もそれに気が付いたみたいね。
あら、でも、目の奥に残っていた険が一気に吹き飛んでしまってるのですけど!? なんというか、好奇心でキラキラ輝いているように見えますわ!
「おやおやまあまあ! これはまたずいぶんと精巧な造りのガラスじゃないかね! 最近はとんと地上のことには疎くなっていたけれど、いつの間にかこんな精緻なものを作れるようになっていたんだねぇ」
「え……あ……」
「ほら、お嬢さんも見てごらん! この凹凸のない滑らかな表面と、ガラス自体の均一な厚みを!! 色がついているのにこんなに透明感もあって……! 進歩というのは素晴らしいね!!」
「あ、あの……ノーム様……?」
「ああ、なんて美しいんだろうねぇ! 最初はあんな濁った質感と歪んだ形のものしか作れなかったというのに、いまやこんな……寸分違わぬ形の瓶をこれほどたくさん作れるようになっているとは!!」
……えーと……マシンガントーク、というのでしたっけ?? これは、ただただ圧倒されてしまいますわぁ……。
何となくですけど、ノーム様は”誰かの手で作られたもの”がお好きなのね。いろんな瓶を手にとって眺めては、あーでもないこーでもないと私に説明をしてくださいますの。
………………ただ、その……たぶんですけど、それ、人の手ではなく機械でオートマチックに作っているんだと思いますわ……。もちろん。機械も人の手で作られたものでしょうし、ある程度の制御だって人間の手が入っているんでしょうから、ものすごーく広く考えれば”人の手で作られた”ものなんでしょうけど……。
本当なら、ちゃんとそれを説明しなければならないと思うのだけど、こうも嬉しそうなお顔をされているのに水を差すのも悪い気がして……。
いえ、それより先に、その瓶は異世界で作られたものという説明をすべきなの!?
「お嬢さん、これはお嬢さんが持ち込んだものかい?」
「えっ、あ、ええ。持ち込んだ、というより、私のスキルでお取り寄せした……というのが正解ですけれど」
片眼鏡の奥が妖しく光ったかと思うと、ぐいぐいとノーム様が瓶を片手に距離を詰めてくる。
えーと、どうしましょう! まず何から説明すればいいのかしら!
のめり込むと周りが見えなくなる気質っぽいノーム様に押されつつ、私は必死で何からどう説明するべきかを必死で考える羽目になりましたわ!!




