第十六話:生贄令嬢は黒竜の胃袋を掴む
他のお肉も、それはもう凄かったですわ。
広い牧場でのびのびと運動させて上質の赤身を目指した……というお肉で作ったローストビーフは、確かにしっかりとした歯応えがあるのに、いわゆる「噛み切れないほど硬い」というものではないの!
ちょっと大きく切りわけてしまうと、いつまでも噛んでいなければならないこちらのお肉とは大違い!
味だって、血生臭いわけでも変に乳臭いわけでもなく……噛めば噛むほど旨味が滲み出てくるお肉でしたわよ。
そして何より、サーロインと呼ばれる部位を惜しげもなく使い、ローストビーフに仕立て上げたという一品! 食べるというより、もはや「飲む」というのが正解なのではないかと思う程度には滑らかなんですの!
スパイスミックスで頂いたのですけれど、脂で舌がもったりとなりかけたところに粗挽きスパイスの刺激がリフレッシュしてくれるので、次の一口がまた新鮮な感覚で味わえますのよ。
柔らかで、ジューシーで、甘くって……これは何枚でも食べられてしまいそうですわ……!
「そういえば、フランのそのスキルで丸ごとの肉を取り寄せることもできるのか?」
「ま、丸ごとのお肉、ですか……? 探してはみますけれど……」
「久しぶりにもっと大きな肉に齧り付きたくなった。やはり肉は美味いな」
「え、ええ。承りましたわ」
きれいにお肉を平らげたアルク様の瞳が、こちらをじっと見つめている。
……あら……黒竜の本能的なものを刺激してしまったかしら?
きゅっと瞳孔が窄まった目に捉えられ、ゾクリと背筋が震えるような感覚を味わいながら、私はタブレットを呼び出した。
えぇと…………………………。
「い、いちおう、枝肉……頭や内臓、皮などを取り除いた状態のお肉を、買えなくはないようですけど…………召し上がりますか?」
「内臓まで取り去られているのか……そこが美味い部分だというのに……まぁ、仕方あるまい」
「あ。召し上がりますのね……それでは、参りますわ!」
人の手で若干の加工がされていることを知ったアルク様が、それでも期待を殺しきれなかった顔でにっこりと微笑む。
本当は、頭も皮も内臓もついたまま……下手をすれば生きた状態で召し上がりたかったのでしょうね。
……生々しい状態の牛を召し上がる竜形態のアルク様を想像してみたのですけど……それは、さすがに……私の心が持ちそうにありませんわ……。
説明書きを見る限り、枝肉はとても重そうですわね。潰されたら大変なことになるんじゃないかしら?
念のため、少し離れたところに届くように願いを込めながらお取り寄せボタンを押した。
お取り寄せポイントの三分の二ほどが持っていかれてしまいますけど……仕方ありませんわね。「肉がなければお前を獲って喰う」と言われるよりはマシですもの……。
『ふむ……頭がないと小さく見えるものだな』
「え? これで、ですか? 私にはとても大きく見えるのですけれど……」
『まぁ、お嬢から見りゃァそうだろうが、黒竜の旦那にとっちゃほんの一口、じゃねェか?』
ドスンとその巨体に見合う振動と共に、丸のお肉が大理石の床に落ちてきた。な、なんというか…………初めてこの状態のお肉を見たのですけれど……凄い迫力ですわね。
幸い、頭も尻尾も四肢の先も取り去られているおかげか、「生き物」らしさは感じられない。生々しい状態だったら、多分耐えきれなかったでしょうから……。
密かに衝撃を受けている私とは違い、いつの間にか元の竜の姿になっていたアルク様が少し不満そうに息をついている。
私から見ればとても大きく見えるけれど……サラマンダーの言葉にアルク様を見上げてみれば、改めて竜の身体の大きさに気が付かされた。
確かに、そうね……今のアルク様から見れば、ほんの一口か二口分ですわね。大きく開かれた口は、私くらいなら丸呑みにできそうな大きさですし……そもそも、牙の大きさが、私の掌よりも大きいんですのよ!?
竜形態のアルク様にとって、あの大きさの牛のお肉は……小さいのでしょうね、ええ。
バキボキと骨を噛み砕く音と共に巨大な肉塊を二口で平らげてしまった黒竜を眺めつつ、私はいつの間にか詰めてしまっていた息を吐いた。
真っ赤な舌が、ぺろりと口の周りを舐める。
ぐるりと首が廻り、二つ並んだ満月が私を捉えた。
『………………味気ない……』
「え?」
『一度、『料理』を味わってしまうと、ただの肉では、もう物足りん……!』
「まぁ、そうでしたのね。でも、大丈夫ですわ。私の命がある限り、お取り寄せいたしますもの」
『そうか……そうであったな。お前がいる限り、食には困らぬ、という事か』
鼻面に皴を寄せて唸る竜の首に手を伸ばし、その皴を伸ばすように、宥めるように軽く撫でれば、すべすべとした鱗の感触が伝わってくる。黄金色の双眸が、気持ちよさそうに細められた。
私のスキルで取り寄せた異界の美食の数々は、この一日の間にすっかり竜の嗜好を染め上げてしまったらしい。
兎にも角にも、改めて私の命は保証されたようですわね。
先だってお約束してくださったアルク様が約定を破るとも思えませんけど、自分の命に関する確約はいくらあっても足りないということはないでしょうし。
もっと撫でろと言わんばかりに頭を押し付けてくるアルク様のお顔を撫でていると、不意に魔力の流れを感知した。
アルク様もサラマンダーもそれに気が付いたのか、この広間への入り口の方へと素早く首が巡らされる。
……あら? でも、この魔質は…………?
『Piiiiiiiiiiiiiiiiiiiaaaa!』
「やっぱり! お爺様の!!」
弾丸のように飛び込んできたのは、白い腹部に鷹斑の入った灰茶の鳥だった。鋭い鳴き声を上げてこの広場の天井を旋回したかと思うと、まっすぐに私に向かって飛んでくる。
私にとって、よく見慣れた姿のその鳥は、私を庇うように身構えたアルク様とサラマンダーの間を縫って私の胸元に飛び込んできて……私にぶつかる寸前で、一枚の封筒へと姿を変えた。
『フラン! 今のは何だ!?』
『だ、大丈夫かい、お嬢!? 怪我はしてねぇか!?』
「ご心配をおかけして申し訳ありません。私の家族……お爺様から、私に宛てた手紙が届いたようですわ」
封筒の封蝋には、お爺様の紋が刻まれていた。昨日の夜、私がやったように魔力で私に手紙を飛ばしたんだろう。
心配そうにこちらを窺う四つの瞳に安心させるように微笑みかけて、私は震える手で手紙を開いた。




