第九話:生贄令嬢は邪竜の胃袋を掴む
『……なるほど……お前の【スキル】とやらの力はよくわかった……』
「納得していただけまして? このような形で、お望みの食物を私が生きている限り提供させて頂こうと思うのですけれど、いかがかしら?」
『よかろう……フランチェスカ、と言ったな。お前の願いは、我、黒竜・アルクェラーグが確かに聞き届けた』
瞬く間に紙箱に入ったドーナツを平らげた邪竜が首を擡げて宣言する。
……よかった……。何とか命は助かったようですわね……。
こっそりと安堵のため息をつく私の目の前で、アルクェラーグと名乗った竜がゆらりとその首を揺らす。
『それにしても、今のどーなつ? とやらは美味かった。他の味のものも出せるのか?』
「あら。アルクェラーグ様は甘い物がお好きですの?」
『……ククク……人の子にその名を呼ばれるのも久方ぶりよ。アルク、とでも呼ぶが良い。それで、他の味もあるのか?』
「先ほどとは違う生地のものや、糖衣の味が違うものがありますわ」
もう一度スキルを発動させてタブレットを取り出せば、思ったよりも食いついてきた黒竜が興味深そうに画面を覗き込もうとする。
見やすいように傍に寄って見せると、猫の子が寄ってくるような気軽さで、アルクェラーグ様……アルク様も一緒に画面を眺め始めた。
見ているのは、先ほどお取り寄せしたハニーミルクドーナツの姉妹商品のページ。
期間限定と銘打たれたそのページには、蜜漬けのレモンを入れたものですとか、紅茶の茶葉を練り込んだもの、糖衣の代わりにチョコレートをかけたものなどなど……目にも鮮やかで美味しそうなドーナツがずらりと並んでおりますの。
私としては、蜜漬けレモンを使っているというハニーレモンドーナツがとても気になるのですけど……ただ、先ほどの物より値が張りますのよ……。
でも、ここでケチケチして不興を買っても仕方ありませんわね!
「昨日、『慰謝料』を貰っていて本当に良かったこと!」
『ふむ……無限収納か。人の子には稀な術を使うな』
「私、魔力だけは豊富にありましたのよ。おかげで、色々な魔法が身につきましたわ……」
指を鳴らして無限収納を開き、中から「慰謝料」の指輪を取り出した私を、アルク様が金色の双眸を丸くして眺めている。
あら……アルク様から見ても、人間が無限収納が使えるのは珍しい部類でしたのね……。
そう言われてみれば、お爺様の伝手で講師をしてくださった、先代の宮廷魔術師長様レベルの方でようやく……という魔法でしたわ……。
今更ですけど、私、それなりの実力があったんじゃないかしら……?
お父様が事あるごとに無能無能と触れ回ってくださっていたせいで、周囲の方々からは期待されてもいなかったのと、日々「役立たず」と言われながら過ごしていたせいでちっとも気付けなかったのでは……?
言葉での洗脳って、こんなに恐ろしいものだったのね……。
……そういえば、テオドール殿下も「役立たず」を支えるために臣籍降下する、ということで大いに株を上げたんじゃなかったかしら。
こうして思い返すと、私、だいぶ良い「カモ」だったのね……。
「さて……これは何ポイントになるかしら?」
曲がりなりにも娘相手に、そんな恐ろしい洗脳をしてくれた公爵家の品物……と思うと、急に嫌悪感が沸いてきて、お取り寄せの画面が開くタブレットの中にその指輪を放り込む。
その途端、陽気なファンファーレと共に、画面が花吹雪と紙吹雪が舞い散るものへと切り替わった。
【アクセサリーを3,500,000お取り寄せポイントに変換しました。変換後の所持お取り寄せポイントは、マイページでご確認いただけます】
「まぁ! さすがヴァイエリンツ公爵家、というところかしら。これなら何でもお取り寄せできそうな気がしますわ!」
花をモチーフにした大粒のピンクダイヤモンドやルビー、ガーネットがあしらわれた指輪は、破格のレートでポイントに変換された。
同じ指輪でも、テオドール殿下から贈られたものとは段違いのポイントですこと!
公爵家の至宝であれば当然、というべきか、テオドール殿下から贈られた指輪がそれほどでもなかったというべきか……おそらく、その両方なんでしょうね。
でもこれで、気になっていたドーナツを心置きなくお取り寄せできますわ!
ほんの少し溜飲を下げつつ、次々と気になっていたドーナツを取り寄せていく。私の隣の祭壇に、紙箱がどんどん出現し、甘い匂いを周囲に撒き散らす。
「ふぅ…………ようやくすっきりしましたわね、色々な意味で!!」
『これまた思い切って取り寄せたものよ。まぁ、我にかかればこの程度、物の数に入らぬがな』
半ば呆れたような、嬉しさに弾むような声を上げる邪竜と、傍らに山のように積まれた紙箱とを眺める。
……た、確かに、これは少々やりすぎたかしら……?
でも、アルク様くらい身体が大きければ、この程度はペロリと食べてしまいそうね。
「はい、アルク様。ご希望の別の味のドーナツ、ですわ。これは紅茶の茶葉を生地に練り込んだもののようですわね」
『…………ふむ……確かに、先ほどの物とは風味が違うな。花のような香りがする』
「あら。そちらも美味しそうですわね。でも私、こちらのハニーレモンドーナツが気になってしかたありませんの……!」
さっそく私の前で口を開けた竜の口に、紅茶のドーナツを放り込んでやる。バクンと顎が閉じたその後に、二つ並んだ満月のような瞳がとろりと蕩けた。
餌をねだる雛のように再度開かれた口にドーナツを入れてやりながら、私はお目当てのハニーレモンドーナツを手に取った。
見た目は、先ほどのハニーミルクドーナツと大差はない。ただ、生地の所々に黄色い何かが練り込まれているな、という感じ。
パクリとかぶりつくと、先ほどと同じシャリッとしたアイシングと柔らかな生地の感触が……。でも、決定的に違うのはその香りだ。
生地を噛みしめると、中に練り込まれているという甘酸っぱいレモンの香りが口の中いっぱいに弾けて溢れた。
蜜漬けになっているとはいえ、十分な酸味があるレモンの刺激に、アイシングの甘みに慣らされた舌がキュッとなる。
そこへ糖衣が口の熱で蕩けてきて、より一層その甘さが際立った。それでもくどく感じないのは、やはり柑橘系独特の爽やかさのおかげ、ですわね!
そして何より、疲れた体にこの甘酸っぱさが染み渡りますのよ……! すっきりとした酸味が、泥のように体のあちこちに蟠る疲労を流し去ってくれる感じがしますわ!
「……ハニーレモン、まさかこんなに体に染みるなんて……!」
『紅茶ドーナツ、か! 異世界の食べ物とは斯様に珍奇なる味がするのか……!』
私は、崩れかけた祭壇に腰を下ろして。
アルク様は、その祭壇の近くに体を横たえて。
しばしの間、私たちは憑かれたように甘味を貪ってばかりいた。
……これ、邪竜の……アルク様の胃袋は確かに掴みましたけど、私も異世界の甘味から離れられなくなりそうですわ……!
異世界の食べ物って、魔性なのね……!




