赤猫の子
あいかわらず、教室内は厩舎のようにうるさい。
僕もさっきまでサラブレッドだったから仲間だね。……ってなるかっ!
脳内で一人漫才をしていると、こりすが遅れて教室内に入ってきた。
すかさず、僕はこりすの前に躍り出て尋ねる。
「子供はどいつだ?」
「えっと、確か……。あれ? 室内にいない」
「なんだって、もしや欠席か!?」
また、まただよ。後頭部に刺激! うさぎ先生かな……。でも、彼女にしては優しいし。
ふりむこうとした僕に、男子っぽい声が問いかけてきた。
「あなたがハルディさんですね。僕の名前は舵原勇利。実は、聞いてほしい悩みがありまして」
小刻みに後頭部を叩いてくるのが嫌で、僕は高速でふりむいた。
そこにいたのは、体はもやしみたいだが、顔中傷だらけの男子。第一印象は『顔だけ番長』。
妙なのは、彼が現れてからずっとこりすがわなないている。もしや、こいつが家政婦の息子か?
そう考えていると、勇利は笑みながら再度口を開いた。
「どうしました、ハルディさん? あなた、相談員ですよね。早く、僕の悩みを……」
「うるさい! お前は、卑劣な放火魔家政婦の息子だろ? こりすをこんな目に遭わせたお前の親を僕は許さないぞっ。悩みなんか知るかっ!!」
「……確かに、僕はこりすさんのところにお世話になっている家政婦の息子だ。だが、いいのか? えこひいきされたと校長に言いつければ、あんたはスクラップだろ」
僕は一瞬臆したが、
「かっ、関係ないさ! 僕はこりすの友達だ。彼女を裏切りたくない!」
「脅しには怯まないか……。ならば、力づくでいうことを聞いてもらうぞ!」
突然、勇利の手が僕の腹に触れたかと思うと、電流が全身を駆け巡った。
このまま何度もさっきのを受けたら、本当にショートしてしまう!
それなら、正当防衛だ。僕も力づくで対抗するしかない!
とりあえず、壁まで吹き飛ばした後、誘導尋問だ。カツ丼くらいは食わせてやる。だが、その前にこの拳を食らっとけ!
「ロボットのくせに、計算できないのか? パンチを繰り出し僕に触れようとするとは浅はかな。しびれろっ!」
人は見かけで判断してはいけなかった。
勇利は華奢にも関わらず、華麗なフットワークで僕の拳を右に避けた。それから、また僕の腹に触れてきた。
思考回路はショート寸前、今すぐ倒れそう。
「どうだ。これでも僕の願いを聞いてくれないのか?」
「こ、こりすのため、ぼ、僕は意地でもお、お前には協力しないぞ……」
「あんたも、強情っ張りだな。この改造スタンガンは高圧電流かつスイッチを入れている間、蓄電がなくなるまで放電し続ける!」
「そ、それでも協力なんてするものかっ!」
「ならば、放電を続けるまで! あんたが僕だけのけ者にしたところを、うさぎ先生も見ているんだ。彼女を証人にして校長に掛け合えば、今あんたを壊しても僕は罪に問われない!」
薄れていく意識。もはや反論する気力もない。でも、こりすとの友情は、たとえ意識がなくなっても潰えさせたくない。
いや、意識がなくなりスクラップに至れば、こりすは友達がいなくなるのでは?
スクラップになるわけにはいかない。そう思った矢先――。
「やめてください!」
このか細く柔らかい声は、こりすのものだ。
「舵原さん、もうやめてください。このままじゃあハルディさんが死んじゃう……」
「死ぬ? 彼はロボットでしょう。正確には壊れる。それに彼が悪いんでしょう。強情っ張りだから」
「ハルディさんは私のためを想って意地を張っているんです。舵原さん、何でも言うことを聞きますから、どうか、ハルディさんを釈放してください」
「何でも言うことを聞く、か。ハルディさん、お友達はあんなことを言ってるけど?」
(こりす、ダメだ。何でもなんて……。君までなにされるかわからないぞ)
僕はそう叫びたかったが、声が出ない。
「木中さん、意固地な彼はまだ黙っている。それとも、意識がないのかな。いっそ、一思いに壊してしまってもいいか?」
「ダ、ダメです。何でも言うことを聞くと言ったじゃないですか!」
「ならば……。木中さん、僕の願いを聞くんだ!」
「は、はい」
「僕の願いは『一緒にいなくなった母を探してほしい』だ」
「えっ、それなら私たちと目的が一緒ですっ。スタンガンを止めてください!」
勇利がスタンガンのスイッチを切った瞬間、僕は地面に崩れ落ちた。
うつぶせに倒れていても意識はあるので、二人の会話は聞こえる。
「ところで、舵原さんは家政婦の居場所を知らないんですか?」
「うん。いつもは午後9時にはアパートに帰ってくるんだけど、昨日は帰らなかった。朝まで待っても」
「家族が心配……、か。両親と離れている私にはわからないことですが、『愛』があるんですね」
「愛? 違うよ。昨日警察から電話があって、どれだけ謝ったことか。親の不祥事のせいで、僕の将来は、暗い……。見つけたら、このスタンガンでぶっ殺してやるのさ!」
勇利の叫びが終わると同時に、ようやく僕は立ち上がった。
システムの異常がないか不安だったので、確認する。
ーー正常です。
勇利は嫌いだけど、目的は同じだ。よくあるバトル漫画の展開みたいだが、今は共通の敵を探すため手を組もう。