悪評吹聴
街は一見、人間だらけのようにしか見えないが、みんなサイボーグらしい。
店の行列に、拡声器を使って文句を言うおばさん。渋滞にしびれをきらしたのか、クラクションを頻繁に鳴らすおじさん。……今暮らしている人間の街の方が静かな気がする。こんなにクレーマーだらけじゃないから。全く、この街には優しい人がいないんだろうか? ほら、子供が泣いているのにみんな見向きもしない。
僕は白いワンピースの幼女に駆けよる。
「どうしたの?」
「あのね、あのね。お母さんと、はぐれちゃったの……」
「そっか。僕が……いや、このドクター機島が一緒に探してあげよう!」
「本当!?」
「ああ。ところで、お母さんの特徴は?」
「えっとね、白いTシャツにジーパン。髪は茶色で長い」
「了解」
こうして、手を繋いだままビル街の歩道を捜索していると、少女が急に指をさした。対象は、Tシャツにジーンズの若い女性。彼女は幼女の姿を認めたらしく、瞳を潤ませながらこちらに駆け寄ってきた。そりゃ嬉し泣きするよな。街の英雄が、自分の娘を送り届けてくれたのだからな。
「ドクター機島」
「はい」
「誘拐されました?」
「違うわっ、手を繋いでるけど違うわっ!」
勘違いされ、ついとり乱してしまった。僕は咳払いして、
「まあ、そんなことよりこれ写真ね。この子、木中こりすって言うんだけど、どこにいるのか知らない?」
「ドクター機島……」
「はい?」
「とうとうアルツハイマーですか?」
「違うって! 失礼だぞっ」
「あなた、今朝のニュースに出演してましたよね。孫娘こりすを取り返したって」
「あー、そ、そうだったね。あっ、いや、また逃げ出しちゃってね」
「そうとう嫌われてるんですね」
「違うわっ! いや、そうだよ。わし、性格悪いから孫娘にむちゃくちゃ嫌われてる。モアイって呼ばれてるし」
しめた、モアイのイメージダウンに成功だ! Tシャツの女性も驚いている様子で、目を丸くしている。
「じゃあ、性格悪いわしは研究があるので、これにて」
「ドクター機島、お待ちください」
「はい」
「性格悪いんですね」
「違っ、わない。そう、そうだよ。それがどうした?」
「実は……、前から知ってました!」
うおっ、このTシャツ一般市民正直だな。街の英雄に対して批判の数々。しかし、いい気味ではある。この街のサイボーグたちは、みんなモアイに従順なのかと思っていた。でも、3年1組の反うさぎ派が心を入れ替えたように、説得次第で味方につけることができるかもしれないな。
「もしや、君はこの機島に文句があるのではないか?」
「いえ、私たちはこの街に観光しに来ただけです」
「すると、君たちは人間か?」
「はい、変な質問をするんですね」
そうか、ここには人間も来るのか。そういえば、表向きには市長がいて政務をとっているからな。だが、そんなことはどうでもいい。今は、とにかくこりすを助けたい。敵に接触して、彼女の居場所を聞き出さなくては。モアイもどきの僕は、親子に手を振り歩き出した。
数歩だけ進んだとき、
「ドクター機島」
と、後ろから声が聞こえてきた。もしや、敵か? ふりかえるとーー。
さっきの親子が、それぞれサイン色紙とペンを持っている。
「ドクター機島、サインください。ついでに、この街の名所を案内してください」
「Tシャツマダム、悪いけど急いでいるんだ。逃げた孫娘を探さなければならないからね」
「そうですか、残念です……。でも、サインありがとうございました」
丁寧にお辞儀をする親子。
ようやく解放された。急いでこりすを探さねば! しかし、歩道を歩いていても人間とサイボーグの見分けがつかない。迷うなぁ、もしさっきみたいに人間だと情報が引き出せないし。
あれ、もしかしてこれは幸運か? だって、みんな一斉にこちらへ向かってきているではないかっ。認めたくはないけど、モアイはこの街のヒーローだからな。みんなが寄ってきても不思議ではない。よーし、聞きだすぞ。って、密着されてるっ。おしくらまんじゅう状態だ。胴上げでもするつもりかな?
「ドクター機島に扮した人物、確保。これより連行する」
なにっ、なぜバレてる。そして、両手両足に手錠がはめられた。僕が狼狽していると、さっきのTシャツマダムが人ごみを割り込んできて、目の前に現れた。そしてーー。
「我々を騙して潜入するとは、不届き千万よ!」
「なっ、君は人間じゃなかったのか?」
「そう、サイボーグよ。おっと、騙したのはお互い様。あなたの変装は完璧だった。でも、運が悪かったわね」
「どういうことだ?」
「私、今さっきドクター機島の研究所に電話したのよ。エリーザさんが出たわ。そして、ドクターは研究所内にいるって。もし、私が電話しなければあなたはバレなかった」
そ、そんな。なんてついていない。みんな、ごめん。バレてしまった……。サイボーグの親子は僕に手を振っている。キジマスクをとられて、白衣とチノパンを脱がされる。それから、僕は何者かに担がれた。この先どうなってしまうか、不安だーっ。




