家族戦争
第九章~その先は、春~
身も心も凍える冬。といっても、僕は元々鉄だから体が冷たい。しかし今いる並木通りは、北風が身に染みる。
あれから、モアイの研究所には帰っていない。さらに学校にも行っていない。この2点だけで一般的には不良と思われそう。
3年1組が再び1つになった爆弾事件以来、学校の人間はモアイが造ったロボットだらけだと校長が言った。ゆえに僕たち親うさぎ派はもちろん、モアイに逆らった反うさぎ派までもが学校から、
「明日から来なくていいよ」
と、リーマン風のクビ宣告を受けてしまった。おかげで、せっかく皆の絆を確かめるためのいい機会だった文化祭には、出演できなかった。
その後、生徒たち全員が自宅へ帰った。しかし、彼らの親までもサイボーグだったらしく、家を追い出されてしまったみたいだ。モアイは僕たちを餓死させる目的だったらしい。結局、その日はみんなで野宿した。あーっ、嫌なことを思い出したな。これも今朝、夢を見て秋からの出来事がフラッシュバックしたせいだ。
今はもやし白衣こと下野たち、元モアイの助手に助け出されて隣町で暮らしてるから、安泰だ。
「ああっ、鉄の体に寒風が染みるなぁ。さっさと日用品買って帰ろう、こりす」
「うんっ。いや、はいっ! それにしても、下野さんたちの研究所に泊まれるって最高だ、です。もう野宿はこりごり……です」
「そう? 僕は勇利の旧家前で、ワイワイ騒いだのも楽しかったけどな」
「でも、食事が主にアケビの皮とむかごだったから辛かった、です」
「ああ、サイボーグには辛いかもな。人間の食事を摂らないといけないんだからな。そもそも見た目は人間だし」
「あっ、ああっ、はい……」
やばい、また皮肉を言ってしまったか? 「あうぅ」と言いつつ、こりすは泣きそうな顔をする。
「ごめん。こりすは、本当は人間でいたかったんだったな。余計なことを言って、悪かった」
「いえっ、認めたくはない、です。けど本当のこと、ですから。怒ってない、です」
こりすの笑顔はまるで天使だ。ああっ、心が洗われるな。おかげで体が少し温まった。でも、手はまだ冷たい。
「なあこりす。ちょっと手が冷たいから、自販機でコーヒーでも買わないか?」
その時、こりすの手が僕の手の甲に触れた。
「本当……、ですね。急いで自販機までっ。きゃっ!」
急に木枯らしが吹いた。強いので、こりすはしりもちをついてしまう。そんな彼女に僕は右手を差し出して、
「さあ、起こしてあげるから掴まって」
「あ、ありがとう、ございます」
再び僕とこりすの手が触れた。
「ハルディさんは、手は冷たくても心は温かい、ですよね」
「手が冷たいのは余計だよ。皮肉のつもり?」
「すいません、いつも一緒にいるからうつっちゃったかもしれない、です」
「そうだよな。考えてみれば、春からずっと一緒だもんな。でもさ、いい加減タメ口使ってよ。日本語おかしいから」
「また皮肉を言う、ましたね!」
こりすは頬を膨らませて僕の双肩を掴んだ。今度は怒らせてしまったかなぁ?
「ふふっ。でもいい加減、私も敬語ではダメですよね。ハルディさんは私のことをいつも気にしてくれますから。まるで……」
その時、より強い木枯らしが吹いた。僕にとっては向かい風だったが、こりすにとっては追い風だ。彼女は僕の胸よりかかってきたので、思わず抱きしめ支えてしまう。はたから見れば、雪だるまと美少女が抱き合っている滑稽な光景だろうが、結構嬉しい。
「こりす、こんな僕とくっついてて寒くないか? 待ってろ、すぐにコーヒーを買ってくるから」
「いいえ、コーヒーはいいです。確かにハルディさんは冷たいですが、その温かい言葉が嬉しい」
「冷たいは余計だって」
「すいません。でもこの先、冬の北風のような厳しいことがあっても、ハルディさんと一緒なら乗り越えられます」
「ああ。君を守ると約束したじゃないか! 僕がスクラップになっても守ってみせるっ」
「それじゃあダメです! 私はハルディさんと一緒にいたいっ。だって、私は……」
こりすが何か言おうとしたその時だった。突如、僕の背中に痛みが走る。まるでイノシシでもぶつかってきたような、ものすごい衝撃だった。
「あら、お2人さん。白昼堂々抱き合って、いいムードね」
だ、誰だ? ムードを壊したのはっ。幸い僕が踏んばったので、こりすに倒れかかることはなくてよかったが、危ない奴だ。僕がふりかえると、そこにはよく知った顔が。
「エ……、エリーザ」
脳裏に焼きついて離れない彼女の言葉。
(失敗作のあなたたちを助ける義理なんてないわ!)
あの時のモアイの醜い笑顔を思い出すだけで、歯ぎしりが止まらない。
「エリーザ、今更何しにきたんだ!? 僕は君になんか用はないぞっ」
「そう。悪いけど、あたしもハルディなんかに用はないわ。用があるのはこりすの方よ。さあこりす、あたしと一緒にドクター機島の下へ」
慌てふためくこりすに近づいたエリーザは、彼女の腕を掴んでしまった!
「おい、その手を離せ! 一体こりすに何の用だっ」
「いーい、ハルディ。こりすはドクター機島の実のお孫さんなの。それを下野は勝手にサイボーグにした。機島はお怒りだわ。『今すぐ改造し直して、生前のように従順な孫に戻す』って」
「バカ言え、それじゃあモアイの言いなりじゃないかっ! 僕は今のこりすが好きだっ。勝手に変えるなっ!」
僕の発言後、エリーザの目つきが鋭くなった。
「そう、機島の考えに逆らうのねっ。ならばスクラップよぉっ!!!」
耳をつんざくエリーザの絶叫とともに、僕は腹に鉄拳を浴びてしまう! 吹き飛び、街路樹に叩きつけられてしまった。僕の背中と樹が同化してる! いや、そんなことはどうでもいいっ。エリーザは本気で殴っただろう。速く重い攻撃だったからな。僕も全力を出さなければ、確実に負ける! などと考えている間にも、エリーザのラッシュ攻撃が叩き込まれたせいでお腹が痛い……。樹が折れて僕は道路に激突した!
「くそぉっ、絶対にこりすを連れていかせないぞぉ! エリーザぁああっ」
僕は立ち上がり、心の声を口にした。
「エリーザぁっ、僕より少し早く生まれただけなのに、調子に乗るなぁっ!」
「あらあら、そんなに感情的になっちゃっていいのかしら? この勝負、あたしの勝ちね」
頭にくるほど、すばやい動きで迫ってきたエリーザから、煩わしいほど頬に往復ビンタを受けてしまった。よろけ、根ざしている折れた樹に僕はもたれかかる。だが、エリーザのキックが再び腹痛をひき起こす! しばし後方に低空飛行した僕は、長い並木通りを抜け交差点で信号機にぶつかった。落下して地面に激突する。
視界を支配する闇、遠ざかっていく意識。今までに感じたことのない感覚。これが、スクラップか……。存在が、徐々、に、消えて、いく……。




