敵の能力がチートすぎる件
黒いスーツにサングラスをかけた男たちは、2人とも額が広い。しかし、一方は筋肉質でもう一方は細身だ。
そんな怪しい2人組は、ミソノを見つめながら会話を始めた。
「舵原のババア、借金を返済せずに自主したからな。おかげでウチの店も経営苦しくなっちまったなぁ……」
筋肉質の男がため息を吐く。続いて細身の男が、
「そうだよね。あの人がきちんと返してたら、僕たちも黒いサングラスでブラブラすることなかったのにね」
「そんなとき、ちょうど目の前に金髪の巨乳がいる。上玉な女だ。勧誘してみるか?」
「いいとも!」
この真っ昼間に黒いスーツにサングラス姿という、世にも奇妙な2人組が発した『舵原』の名。間違いない、勇利の名字だ。そうか、勇利の母はこの2人から借金してたのか。ミソノを見て上玉と呟いたから、さぞ怪しい店なんだろうな。
細身でもの腰の柔らかい男は、ズボンのポケットからマイクを取り出した。それから、親しみやすい優しい口調でミソノに尋ねた。
「そこの君。さっきはお急ぎのところ、突然呼び止めて悪かったね。君、顔小さいなー。是非ともウチのメイドカフェで働いてくれないかな?」
メイドカフェだったんかい! その怪しい黒ずくめはなんなんだ、紛らわしい。
さて、ミソノの返答はーー。
「やだ」
「なんで、そこは『いいとも!』って言ってくれなきゃ。僕たちも予算がなくて、広告出す余裕もない。だから、こうして親しみやすいタモリさんの格好までしてるというのに!」
いや、タモリさんだから様になってるけど、あなたたち2人の黒ずくめは怪しいよ……。マイクを持った男はさらに尋ねる。
「じゃあ、友達を紹介してくれないかな? 電話するから」
ミソノは無視している。すると、筋肉質の男が乱暴に言った。
「否応なしに来てもらおうか! こちとら、俺の同級生に金貸したら、返ってこねえんだよっ」
ミソノは荒々しい男の声にも反応を示さない。男は頭にきたらしく、さらに声量をあげた!
「てめえっ、無視してんじゃねえ! 今借金分を稼がねえと店潰れるんだよっ。俺たちの夢の店。裏でこっそりメイドさんにひざまくらしてもらえなくなるんだっ!」
「キモい」
一言吐き捨て、男たちに背を向けたミソノ。だが、スカウトは失敗したはずなのに、筋肉質の男はミソノの腕を遠慮もせずに握った。
「何すんの、腕が痛いじゃない! さっさと離してよっ」
「うるせえ、おとなしくするんだっ!」
まずい、ミソノを助けないと……。
しかし、僕よりも早く行動を起こした猛獣がいた。押田ライオンはご愛用のナックルダスターを指にはめると、男2人に向かっていった。その後ろ姿は勇ましい。細身の男は、慌てて両手を天に向けた。が、押田は容赦なく細身の男の頬を殴った! アワを吹いて倒れた男を、心配するそぶりを見せない乱暴な口調の男。顔色一つ変えず、ミソノの腕を掴んだまま押田を見ている。
「次はお前だーっ!」
押田のチープなナックル攻撃が、男の顔面に近づいた。
次の瞬間! ……なぜか押田が倒れた。筋肉質の男をよく見てみる。すると、ミソノを掴んでいない右手が真正面につき出されている。どうやら、押田は顔を殴る前に腹を打たれたようだ。男は無表情のまま、ずれたサングラスを右手で元に戻す。それから、ミソノの手を引いて押田に背を見せた。
「ま、待て。お、俺は男に殴られても、快感は、ねえ。あるのは……、怒りだけだっ!」
再び立ち上がった押田は男の背後に迫り、珍しくローキックを放った! しかし、男はカエル並みの跳躍でかわした。背中に目があるのか? とにかく、男は戦闘慣れしている。地に降りた男の裏拳が、押田の顔面に炸裂した。その一撃のみで押田ライオンはダウンだ。ナナメにずれたサングラスを右手で矯正し、男はミソノを引きずって歩きだす。
ミソノは明らかに動揺している。開ききった瞳孔、震える唇。そこから、「弱い、最低」と息をするように連呼している。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れだした。
「うっうっ、忍っ……。えぐっ。ちょっと、なにしてるのよっ! あんたは、ずっと、負けなしだったじゃないのっ。勝ち続けていた頃のあんたはどこへ行ったの? こんな奴、さっさと殴っちゃってよっ」
「う、うるせえ! 俺だってマジでキレてんだよっ。こんな奴に負けるはずがねえよ!」
鼻血を垂らしているとはいえ、再び立ち上がった押田はカッコいい。これにはさすがの男も驚いた様子で、口をあんぐりしている。
「な、なぜだ? なぜまた立ち上がる。ムダなのに……」
「へっ、俺はミソノが好きなだけだっ! それに、お前は俺の手で殴らねえと気がすまねえっ。受けてみろ、今まで、すべての敵を一撃で倒してきた拳を。マジで殴るぜ!」
いつも僕は思っているけど、ダスター付きのパンチは痛いだろ、押田よ。押田は絶対後先考えずに行動しているんだろうな。それにしても、さっきのは驚異的なパンチだった。押田ではなく、男のパンチが。押田はマジな殴りを繰り出すことのないまま、腹に拳を突き刺される。そして、白目をむいて倒れてしまった。
「し、忍ーっ!」
ミソノの叫びも虚しく、彼女はいまだに腕を捕まれたまま、男に引きずられていく。くそっ、こうなったらぼくがなんとかするしかない。だが、あの押田でさえ歯が立たなかった相手だ。勝てるだろうか?




