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青い春は戻らないが、春はまた巡る。

 もしや、黒いスーツにサングラスをかけた筋肉質の男は、恐竜並みに強いのでは? 僕は躊躇(ちゅうちょ)している。その一方で、うさぎ先生が男の前に飛び出してしまった!


(うさぎ先生。その行動は勇気ではなく、無謀だぞ)


 という僕の心のテレパシーが伝わるはずもなく、うさぎ先生は男に怒鳴った。


「ちょっと、あたしの生徒を拉致したら許さないわよ!」


「下がれ、女は殴らない主義だ」


「いえ、下がらない! 今回のイザコザの元凶はあたしなのっ。教師として……、いえ人間として己の欲望を抑えきれなかったの。だから、どんな目にも遭う覚悟はできているわ! ムチをくらいなさいっ」


 繰り出されたムチ! しかし、戦闘能力が卓越している男は、右手のみで受け止めてしまう。


「どうした? この程度では、俺を倒せんぞ」


「なっ、なんて力なの……。ムチをひっぱってもびくともしない……。ミソノさん、ごめんなさい。あたし、役立たずだね」


 ミソノはうつむいている。うさぎ先生は続けて、


「こうなったのもあたしのせい、本当にごめんなさい。思えば、あなたが保健室通学中にも、あたしが謝ってばかりで、あなたは全く授業に出席できなかったね。ごめんなさい……」


「謝ってばかりだね……」


 ミソノの声が震える。


「ミソノさん、だって。2人の仲が悪くなったのはあたしがっ!」


「そう、先生が悪い。でもね、もういいよ。あんたがそうやって謝ってばかりだと……、ウザいだけだから」


「ミソノさん、本当に……」


「でも、あんたはこうやってあたしを助けようとしている。助けたいって熱意を感じる。ウザいけどさっ、それが先生らしいと思うのっ! ウザすぎてあんたの罪は霞んでしまうのっ」


 うさぎ先生はなぜか返事を返さない。それどころか、ミソノを無視して男に話しかけた。


「あのっ、メイドならあたしがやります! この子は見逃してあげて下さいっ、お願いしますっ」


 地に頭をこすり付けている先生を見て、男は口の端を歪める。


「フフ、なるほど。しかし、ウチも昔は景気がよくてかなり儲かっていたんだが、今はダメだ。さらに、人手不足でね。安月給で、2人ともウチに来てほしいな。異論は……認めん!!!」


 男は強引にムチをひっぱった! 引きずられ、うつぶせに転んだうさぎ先生。それでも、彼女は手を離しはしない。だが、男の手刀で彼女の手はムチから払いのけられてしまった! 奪ったムチを左右にふりまわす男。このままじゃあ、みんなが男のドS攻撃を受けてしまう! 気がつけば、僕の体は男の前まで飛び出していた。


(鋼鉄の拳でみんなを守ってやる)


 決意した僕は、男に向けてパンチを放った!


 だが、僕のパンチよりも速く、男は僕の顔を拳で殴った。


「俺は学生時代、舵原って女が好きだった。当時の俺は虚弱体質だったので、舵原から言われたんだ。『弱い男は嫌い』ってな。悔しかった。社会人になり、いくら店が儲かって、メイドさんに癒されても、満たされない。俺は巨額の資金を投じ、自らをサイボーグにした。すべては、旦那に逃げられた舵原に振り向いてもらうため!」


 顔から痛みが引いた僕は、男に気を遣った。


「舵原……、あの女は犯罪者だ。諦めろ」


「だからなんだと言うんだ! 舵原はいずれは出所する。まだチャンスがある!」


「一途だな」


「一途で悪いか? 初恋の相手に一途で悪いかっ。これは俺の青春だっ!」


「いや、悪いことじゃない。しかし、一途すぎても辛いだろ。でも、正直うらやましいよ。僕たちロボットには青春なんてないんだから」


「だからどうした! これは俺の恋だっ。お前にとやかく言われる筋合いはないっ!」


 男の拳が僕の腹を叩く。なんて速く重い攻撃だ。間髪入れずに殴られる。腹、左手、右脚にダメージを受け、それぞれがしびれている。どうやら、内部の回路がやられたようだ。しかし、男は容赦というものを知らないようで、右手、左脚も殴ってきた。僕は激痛に苦悶する。全身に稲妻が走ったような感覚。戦いたくても、動かない身体。その焦燥感に恐怖が加算される。まるでサンドバッグだ、なす術がない。その時、僕の顔面にパンチが迫ってきた。思わず、瞳を閉じてしまう。あれっ? おかしいな。痛みを感じない。


 僕はこの感覚を覚えている。バリアーだ。まぶたをあげると、僕の周囲を緑色の光が覆っている。そして、目の前には額から汗を滴らせている男がいる。チャンスだ、今度こそ鋼鉄の拳を食らわせてやる。僕は、男に向けて全力のパンチを放った!


 だが、男は華麗な身のこなしでパンチを避けてしまう。ままよ、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。怒濤の連続攻撃だ! パンチ、キック、かかと落とし……。バラエティ豊かな技の数々。でも、すべてかわされた!


 一方、男も僕にパンチを放ってきたが、バリアーが弾いて一切ダメージはなかった。このままじゃあ、らちがあかないかも。男も、僕と同じ考えのようだ。


「現状が続けば、勝負がつかないか……。だが、俺はサイボーグ。疲れ知らずだ。その緑色の光は恐らくバリアーだな。俺の予想では、バリアーは大量のエネルギーを消耗する」


 その通りだ。バリアーを張り続けるのは疲れる。時間が経てば、バリアーが消えるのは明白だ。ならば、早めに勝負を決めなければならないだろう。次こそ当てる、連続攻撃を。僕は本気を出して、自分でも驚くほど高速の連続パンチを放った!


「遅い!」


 恐るべき瞬発力だ。男はすべて避けた。もうダメだ。バリアーが、消えていく……。


 その瞬間、水を得た魚のように勢いづいた男から、タコ殴りにされる。僕の心を埋め尽くす諦念。そして、男のドS攻撃により身体はボロボロだ。こんなやつに殺されるくらいなら、いっそドSのうさぎ先生に殺されたい……。


「ご主人様、ロボットをいじめるのはお止めください」


 どこからともなく声が聞こえてきた。その瞬間から、男の手は止まった。僕は声のした方へ、ぎこちなく首を動かしてみた。そこには、なぜかメイド服に身を包んだうさぎ先生が!


「目の前の貸し衣装屋から借りてきたの。どう、似合う?」


「うん、とっても似合ってるぅ!」


 おいおい、うさぎメイドが登場してから男のキャラが変わったぞ……。


「今からスカートをめくるね……」


 地に男の鼻血が滴り落ちる。うさぎ先生、膝丈スカートをたくしあげて……。白いミニスカート?


「ご、ごめーん。下にナース服着たままなの。これもめくるね」


 焦らすね。もしかして、この焦らしプレイも計算づくか?


「今よ、ハルディ君! 男が油断しているっ」


 うさぎ先生の言う通りだ。男はスカートに見とれて停止している。「今だっ」僕は男の腹に全力の鉄拳を浴びせた! ついに、男はあお向けに倒れた。


 男はまだ意識があるようだ。しかし、身体は痙攣(けいれん)している。男は震える口で、僕に語りかけてきた。


「ハルディ、俺の負けだ。俺正直、一途な恋が辛かった。ずっと、ずーっと、舵原ばかり追いかけてた。俺、モテなくて……。だから、メイドさんに癒されたくて。メイドさん探しに躍起になるあまり、こんな悪いことをして……」


「ずっと一人の女性だけを愛することはなかなかできない。それだけでも素晴らしいことさ」


「いや、フラれたのにずっと追いかけてたんだ。迷惑な恋さ。フラれたあの日から、俺の青春はとっくに終わってたんだ……。でも、目の前には青春を謳歌している2人がいる。彼らの恋がうまくいくことを祈りたい」


 そう言って男が指さした先には、見つめあう押田とミソノの姿がある。これなんて少女漫画?


「忍。べ、別に助けてもらったこと、感謝していないからね!」


「それでもいいさ、ミソノ。これからも俺の側にいてくれ。そして、ふと思い出した時でいい。ありがとうと言ってくれ」


「忍……。あ、あたしは感謝なんてしないんだから……」


「ミソノ、やり直そう!」


 押田は頭を下げ、右手をミソノにつき出した。


「いやだ」


「ミ、ミソノっ。なぜだ? 俺がドMだからか、そうだろっ。それが嫌なんだろ?」


「違えよ! お前嘘ついたろっ。昔、あたしに告白してきた時、『お前以外の女とは遊ばない。お前一筋だ』って。それなのに、遠足の日にうさぎがムチを入れようとしている時に、『先生、お願いします』じゃねえよっ。サヨナラっ!」


 押田から遠ざかっていくミソノ。その背中はどこか寂しげだった。僕がミソノの背を見つめていると、押田は両手を地に叩きつけた。


「ああっ、俺の青春は終わった! ちくしょうっ。ちくしょぉおおお!」


 珍しく泣いているのか、押田の声は震えている。さすがにかわいそうだ。僕は彼の下へ向かい、肩に手を乗せた。そして、前にエリーザから聞いた言葉を語る。


「今は現実にうちのめされて辛くても、いずれは思い出になる。青春は戻らないけど、綺麗な思い出。そして、経験として残る」


「うるせえよ、ロボット……。今回の経験は一生辛いものだぞ」


「いいや、今回の経験は貴重なものさ。この経験を生かして、また新たに出会った人を大切にしたり、優しくなれる。それを、大人というんじゃないだろうか」


「うるせえ、うるせえよ。失恋って辛えよ……」


「今は思いっきり泣け、涙が辛さを流してくれるから。辛さが流れて綺麗な思い出になったら、また新しい出会いもあるさ」


 押田ライオンらしからぬ慟哭(どうこく)が周囲に響き渡る。


 いつか、青春も甘酸っぱい思い出になる。今日は僕が慰めてやるさ。

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