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怒りの炎と涙の雨

 僕はこのままスクラップとなり、役に立たない鉄クズと化すのか……。


 なす術もなく立ちつくす。途方に暮れる。


「何をぼーっとしてるの!?」


 この声はーー。僕は立ち上る噴煙の中に目をやる。


「ハルディ、あなたしっかりしなさいよっ。今のあなたのままじゃいずれスクラップになっちゃうわよ!」


 僕の目に映ったものは、灰をあちこちにくっつけたエリーザ。両手でこりすを抱きかかえている。


「エリーザ、こりす! ……よかった。無事だったか!」


「ええ。あたしもマイナス思考だけど守るべき人のためならすぐに行動できる! ハルディはこりすのことが大好きだって知っているから、守りたかった」


 僕は二人の下にかけよった。こりすは瞳を閉じてぐったりしている。


「ああ、エリーザ。こりすは……、よかった息をしている。ありがとう、ありがとうエリーザ!」


「別に、いいけど。……本来はあなたが助けるべきだったのよ! 豆腐メンタルでも、鋼鉄(はがね)の身体なんだから、炎くらい平気でしょ」


「いや、僕の身体は熱を通しやすくて……」


「弱音吐いてる暇あるの? 行動しなくちゃ何も守れないよ」


「いや、僕はエリーザみたいに頭の回転が早くないし、人間の気持ちもわからない。……失敗作なんだよ」


「……腐らないでよ、バカっ」


「えっ、何?」


「弱音吐いて腐ってないで人を助けなさいよ! スクラップなのよ。あなた、もういなくなるのよ! 四才児みたいにもうあたしに質問攻めできなくなるし、学校へもいけなくなる。あなたは無になるのよ!」


「エリーザ。どうせ、どうせ僕は……」


「ハルディ! こうしてる間にも、家政婦は火炎ビンを投げつけてる。勇利くんが「助けて」って叫んでいるじゃない。スクラップを免れるためにも絶対に助けなさいよっ!」


「エリーザ……、さすが優秀なロボットは違うな」


「あなた、まだそんなことっ」


「おかげで目が覚めたよ。必ず勇利を助けるから、こりすを頼む」


 僕は一心不乱に勇利の 下へ向かった。


 相変わらず勇利は涙を浮かべて、僕の両肩を掴んだ。


「母は父との別れに加えて、借金苦で金の亡者に変わり果ててしまった……。ハルディさんっ、これまでの非礼は詫びるから、何とかしてくれっ! あんな奴でも、親なんだ……」


「人間の事情を知らない未熟な僕だけど、それでもいいか?」


 勇利はうなずく。


「僕もスクラップがかかっているから死ぬ気でやるさ、任せろっ!」


 勇利の肩をポンと叩くと、家政婦のいる納屋に向き直る。そして、僕は風になった!


 迫りくる火炎ビンを敏捷(びんしょう)に避け、敵の車の前まで到着。


 気づけば、納屋の周囲は火の海だ。もしかしたら、自滅覚悟でビンを投げているのか? と考えていると、車の影に潜んでいた僕の下にビンが降ってきた。


 顔面に直撃しビンが割れる。されど熱を感じない。むしろ、冷たい。


「ハハッ、当たったね! そいつはガソリンさ。よく燃えるよ!」


 笑う家政婦はさらに、プロの野球投手並みのコントロールの良さで、僕の下にビンを投擲(とうてき)した。


 顔面で爆ぜるビン。全身が熱いっ! ガソリンの使い方を間違っているよ……。


 チョコレートのように溶けてしまいそうだ。このまま壊れてしまうのか……。


 いや、考えているだけじゃいけない。行動しないと何も守れない!


 意気軒昂した僕は炎を振り払おうと決意した途端、なぜかクールダウン。


 雨だ! 突然のどしゃ降りによって、炎は消しとめられた。


 体は冷えても、心は熱くなってきた!


 僕は弾丸のようにすばやく納屋の前まで移動して、スピーカー並みのでかい声で叫んだ。


「観念しろ! もはや手段はないはずだっ」


「いいえ、最終手段として、この部屋にはガソリンをまいておいた。火をつければ私は罪を償わなくてすむっ! アハハッ」


「何を無責任なっ!」


「無責任? 私に何が残ったというの。借金と、口を開けば文句ばかりの、万年反抗期の息子だけじゃない! 私は疲れた。だから、消えるのさ」


「それが無責任なんだよ! 消えてなんになるっ。こりすには傷が残り、勇利は悲しむだけだ」


「うるさいっ、ユキダルマ! あんたに私の何がわかる。消えた夫の尻ぬぐいをするために、木中の小娘に使われて、それでも勇利を育てるために一生懸命働いたの! そんなときに近づいてきたのが、とあるブルジョワな男。でも、彼はケチだった。利子をたくさんつけられて、すべてを失ない苦しむ私。苦しみを終わらせたいのは当然じゃないっ。無責任などと言わないでほしいわっ!」


 感情が一気に溢れたのか、嗚咽(おえつ)混じりに泣き叫ぶ家政婦。家政婦も、泣くとただのおばさんだ。とても悪一辺倒とは思えない。


 このまま彼女を死なせてはダメだ! 今にも火炎ビンを床に叩きつけそうな彼女を。


 涙声は奇声に変わり、眉間にシワが刻まれる家政婦。瞳孔は開ききっていて、呼吸は荒い。まるで、興奮した獣のようだ。


 そんな獣が地面めがけてビンを投げつけるーー。


 その寸前、僕は家政婦の手を掴んだ。彼女は「放せ」と抵抗するが、離したくない。


「私を消させなさい! 私の人生は失敗なのよっ、邪魔するなっ!」


「なにが……、なにが失敗だよ! 僕だって失敗作だ。生徒を救えなければスクラップだ。でも、そんなの嫌だ。僕は生きたいっ、大切な人がいるから!」


「ユキダルマごときが甘い戯れ言をっ。私には大切な人なんていない! だから消えるのさっ。そうすれば罪も消える! 」


「勇利がいるじゃないかっ、なんで奴をきちんと見てあげないんだ!?」


「勇利は顔を会わせれば、いつも「ぶっ殺す」とか「存在が迷惑」とか言っていた! 私なんて愛していないんだよっ、私のことが嫌いなんだよ!」


「怒りの炎で見えないのか!? 勇利はあんたのために泣いているんだっ。親子なら、どうして抱き締めてあげない。泣いている我が子をどうして慰めてあげられないんだっ!」


「うるさいっ、これは我が家の事情よっ。あんたには関係ないっ!」


 家政婦は暴れだしたが、僕は彼女の手から強引に火炎ビンを奪いとった。


 すると、ビンの先についていた炎は雨によって消しとめられた。


「いいか、勇利の怒りなんてこの程度さ。口ではぶっ殺すとか言ってても、涙の雨に濡れたら、あっという間に消火してしまう。勇利は本当のところ、あんたが好きなんだろう。さあ、今度はあんたがこの止まない涙の雨をぬぐう番だ」


 掴んだままの家政婦の手から力が失なわれていく。離すと、彼女は勇利の下まで走っていき、彼を抱きしめておいおいと泣いている。


「勇利、ごめんね。こんな私のために泣いてくれて! 私の罪を本気で悲しんでくれて」


 その時、勇利の声が僕の耳に響いた。


「うるさいなっ、今更なんだよ!」


「勇利っ!?」


 家政婦は驚き、戸惑っている。


「……僕より、木中さんに謝れよ。僕はあんたの子だ。謝罪より、更生して、再開できる日を望んでいるさ!」


「私の罪は大きいから、いつになるかわからないけど……」


「待ってるよ、家族だから!」


 勇利と家政婦は強く抱きしめあった。


 気づけば、雨は止んでいた。雲の隙間から2つの星。それは、地味な曇り空の中でひときわ輝いて見えた。

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