追いつくためには
百層で、艶やかな女性が膝をついていた。
背中にビロードのようなコウモリの羽を生やし、臀部には蛇の尻尾をうごめかせている女性だ。人の形から外れた異形ではあるが、人ではない要素を含めたバランスが素晴らしく魅力的な女性である。
「ふ、ふふふふ。よくぞ妾を打ち倒して見せたな――」
ルシファリリス。
迷宮の底にいる二人の内の片割れ、魔物の頂点にいる女王である。
異形にして誰よりも美しき彼女が、満身創痍で片膝をついていた。
女王に膝をつかせる偉業を成したのは、魔力装甲をまとった褐色肌の少女だ。
「勝った……!」
槍を構えたヒィーコは肩で息をしながらも辛勝を嚙みしめていた。
百層にいる二人のボスのうち、片方を打倒できた。
一人一人が異様に強いのにやたらと連携のとれたペアの彼らをなんとか分断して一対一に持ち込んで、各個撃破を企んだのだ。
ヒィーコがルシファリリスに勝利したことで、趨勢は一気の自分たちに傾いたはずだ。
もう片方はもはや理不尽というかなんというか、個体として強すぎて単独ではどうしようもない。早くコロに加勢して、もう一人の理不尽を倒すのだとヒィーコが槍を握り直した時だった。
「ふふふ、それでは――第二形態じゃぁ!」
「ちょ」
怪しげな笑い声とともに放たれまさかの宣言にヒィーコが顔を引きつらせる。
さっきまでで手いっぱいだったのだ。それで、第二形態とか言われても困る。
しかし冗談でも何でもないようだ。ルシファリリスの体が膨れ上がる。上半身の美貌はそのままに、背中の羽が巨大なまでに広がり下半身が尻尾であった蛇に飲み込まれる。
「この姿になるのは久々じゃのう。主様とは別にケンカもしておらんから……あのクソ忌々しい無礼な男とやり合って以来かの」
あっという間に見上げるばかりな巨体のラミアとなったルシファリリスは、機嫌がよさそうな顔でヒィーコを見おろす。
ヒィーコが必死になってつけた傷は全快しており、肌が心なしかつやっとしていた。
「さて、仕切り直しといくぞ!」
「卑怯っす! 怪我も全快とか、絶対おかしい――ぎゃあああああ!」
一抱えもある巨大な蛇の尻尾が振るわれる。先ほどまでとまるで異なる戦法にとっさの反応が遅れ、ヒィーコが思いっきり吹っ飛ばされた。
「ヒィーちゃん!? ――って、あ」
「うん、コロネル。よそ見はいけないよ」
「びっ!?」
一方で一対一の状況を作るためにイアソンと切り結んで彼を押さえ込んでいたコロだったが、わずかでも隙を見せてはいけない相手である。イアソンは仲間の悲鳴でコロの気がそれた一瞬を見逃さず、あっさりと吹き飛ばす。
「ぐぐぐ、無念っす……」
「うきゅう……」
十一回目に及んだ百層の挑戦は、そうして幕切れとなった。
「はい、第十一回百層攻略失敗残念かーい」
わー、ぱちぱち、と残念会の音頭を取ったカスミが手を叩く。
新設されたクランハウスの一室で、少女たちが集まっていた。
コロとヒィーコ、カスミを始めとして、ウテナやエイス、ニナファンなどの『無限の灯』仲よし女子会だ。幹部たちの集まりとも言い換えられるが、コロとヒィーコの失敗を慰めるための女子会である。
カスミが用意した宴席でわいわいがやがやと遠慮がいらないメンバーの中、さっそくヒィーコが愚痴をこぼす。
「第二形態ってなんすか……」
「第三形態までありますよ、お母さんは」
「マジッすか!?」
「です! 淑女は第三形態まであるそうです」
コロの言うお母さんは、ルシファリリスのことだ。
人型の第一形態でぎりぎり勝利、続けての第二形態ですらどうやって勝てばいいのかわからないほどなのに、さらに第三形態があるなどいくらなんでも先が長すぎる。
そして、百層にいるのは彼女だけではない。あるいはルシファリリス以上の傑物がいるのだ。
「コロっちも、イアソンさんに勝てそうっすか?」
「むぐっ」
珍しく、コロは顔をむすっとさせた。
天真爛漫な彼女には珍しいことに、見るからに不機嫌だった。
百層の本来の主である女王ルシファリリスを妻とする、大英雄イアソン。クルック・ルーパーにすら勝ち続けた彼には、コロですら太刀打ちできていない。
あの二人は、強すぎる。
個々でも強く、夫婦だけあって連携もとれている。コロとヒィーコは、まだあの二人の全力の底すら見ていないのだ。
「エイスさん。七十七階層、超えたんですよね」
「な、なに、コロちゃん」
残念会の最中、ずいっと寄せたコロの顔にエイスはややたじろぐ。
七十七階層の突破。それはすなわち、あのクルック・ルーパーの試練を越えたということだ。
リルがいてすら勝てなかった、最悪の強敵はいま、七十七階層での試練を担当している。たまに抜け出しているようだが、それはさておき、エイスたちは認められたということである。
だからこそ、コロは握りこぶしを握って申し込む。
「わたしと、勝負してください!」
一瞬にしてエイスがその場から消えた。
前兆すらない短距離テレポートである。もはやエイスの逃走を阻める壁など、この世界にはないのだ。
だがコロだってさるもの。壁越しの廊下に逃げたエイスの気配を一瞬で掴んで立ち上がる。
「あ! エイスさん! 逃げないでください!」
「いやだぁあああああああ! ウテナとニナファンもいるじゃん! なんでわたしぃ!?」
「なんかエイスさんが一番練習になりそうです! エイスさんを攻略できるようになったら、また一個段階を登れる気がします!」
「練習で死にたくないもん! わたし、か弱いんだらかぁ! 踏み台にされたら踏みつぶされちゃうもん!」
「死にません! 死ぬ気で頑張るだけです!」
「それがやだぁあああああああ!」
追いかけっこが始まった。
リルがいなくなって以来のコロは熱血気質に富んでいるのだ。エイスはいろいろと特殊なので、勝負をすれば何か掴めるものがあるのではと思っているのだろう。
どったんばったんしながら立ち去っていったコロを見送って、二代目クランマスターのカスミは苦笑する。
「エイスはともかく……やっぱり厳しいのね」
「そうっすね」
コロも何とか糸口をつかみたいのだろう。それの気持ちはヒィーコもよくわかる。
なにせコロもヒィーコも、二人ともレベルはとっくに上限に達している。
それでも勝てないあの二人、どうやって勝てるようになるのか。強くなる方法が、見えないのだ。
「それでもリル姉を待たせたら、寂しがってまたワカメになるかもしれないっすからね」
「あはは! ……って、やめてよ。世界が落ちるから、それ。あんまり笑えない」
「確かにそうっすね」
先は厳しい。
イアソンとルシファリリスという、世界の外に出るための扉に立ちふさがる壁はあまりにも高い。
それでも、それでもだ。
「あたしもコロっちも、絶対に追いつくっすよ」
そのために、まだ自分たちに足りていない何かを掴まなくてはならなかった。
こっちでのフレーズ、物語ちょろっと含めた小話にできればなと。
ムドラは設定上、こっちには存在しないんですよすいません……
それと、10月31日に書籍版4巻が発売となります!
表紙はコロ姉妹のツーショット! めっちゃかわいいです!
ムドラやフレーズといったwebにはいないキャラたちによって、物語の結末が変わった巻になりますで、よろしければお手にとってくださったりネット通販で予約購入してくさいませ!
以上、宣伝でした!