第2話 俺は王子様とイチャイチャしたいのに、悪役令嬢も女将軍も原作ヒロインも俺にメロメロ!?
「モペル……、あなた、こんなに可愛らしいお顔をしていましたのね」
「……へっ?」
ガラネッタお嬢様が、俺の顔をじっと見つめていた。さっきまで怒っていたのに、今は頬を真っ赤にしている。しかも、俺の手首をつかんでいた手を離すと、今度は両手で優しく握ってきた。
「まあ! なんて小さなお手々ですの! 指までこんなに短くて、愛らしいですわ!」
「え、ええっ!?」
お嬢様が俺の手を自分の頬に当てた。すりすりと顔を動かしながら、嬉しそうに笑っている。ちょっと待ってくれ。この人、ついさっきまで俺のことを汚らしいだの、役立たずだの言ってましたよね?
「モペル、もっとお顔を見せてくださる?」
「ひゃいっ!」
お嬢様が俺の前にしゃがんだ。身長138センチの俺に合わせてくれたらしい。目の前には、真っ赤な目をした美少女の顔がある。長いまつ毛も、きれいな肌も、赤い唇も、全部よく見えた。
うん。顔は本当に可愛いんだよな、この人。
性格は最悪だけど。
「モペル、目を閉じてくださる?」
「えっ? な、何でですか?」
「いいから、あたくしを信じなさいな」
「は、はい……」
俺がおそるおそる目を閉じると、両頬を柔らかい手で包まれた。
ちゅっ。
「うひゃああああ!?」
俺は目を開けた。お嬢様が俺の頬にキスをしていた。しかも、嬉しそうに唇を押さえている。
「ああ、ついにキスしてしまいましたわ! モペル、あなたのお顔、近くで見るともっと可愛いですわね!」
「お、お嬢様!? 俺にキスしました!?」
「ええ! それがどうかしましたの?」
「ど、どうかしましたのって……!」
「もしかして、嫌でしたの?」
お嬢様の目に涙が浮かんだ。さっきまでの高飛車な顔はどこへ行ったんだよ。
「い、嫌というか……、びっくりしただけです!」
本当は嫌だけど。
「まあ! では、もう1回してもよろしいのね!」
「そういう意味じゃありませんよおおお!」
俺の返事を聞く前に、お嬢様が抱きついてきた。両腕を俺の背中に回し、大きなお腹までぎゅっと抱きしめてくる。
「ああん! なんて柔らかいお体ですの! あたくし、ずっとこうしていたいですわ!」
「お、お嬢様! 俺、汗臭いですよ!?」
「そんなことありませんわ! モペルの匂いなら、あたくしは大好きですもの!」
お嬢様は俺の茶色いくせ毛に顔を寄せ、嬉しそうに笑った。俺は完全に固まっていた。
いや、何がどうなってるんだ?
俺の顔は小さな目に低い鼻、あごは3重だぞ。どこからどう見ても不細工なチビデブなんですけど。
「モペル。あたくし、今まであなたにひどいことをしてしまいましたわね」
「へっ?」
「お仕事を押しつけたり、怒鳴ったり、蹴ってしまったり……。本当にごめんなさい」
「えええええ!?」
あのガラネッタお嬢様が謝った。明日は雪でも降るんじゃないだろうな。
「許してくださる?」
「も、もちろんです! 俺、気にしてませんから!」
「本当ですの!? ああ、モペル! あなたはなんて優しいのかしら!」
お嬢様が俺の頭をなで始めた。そのまま頬にもう1回キスをしてくる。
「大好きですわ、モペル」
「うひゃっ!?」
これはおかしい。絶対におかしい。俺の知っているガラネッタお嬢様じゃないぞ。そういえば、さっき目の前に変な文字が出てきたよな。確か、【魅了】スキルが発動しましたって……。
もしかして。この人、俺に魅了されているのか?
「モペルさん?」
聞き覚えのある優しい声がした。
振り向くと、ネアフィが立っていた。桃色の髪を小さく編んだ、おしとやかな女の子だ。俺とお嬢様の姿を見て、黄緑色の目を丸くしている。
「ガラネッタ様。どうなさったんですか?」
「見れば分かるでしょう? あたくしの大切なモペルを抱きしめていますのよ!」
「大切な……、モペルさん?」
ネアフィが首をかしげた。そりゃそうなるよな。ついさっきまで、この人は俺をいじめていたんだから。
「ネ、ネアフィさん! 助けてください! お嬢様の様子がおかしいんです!」
「まあ! 失礼ですわね! あたくしは正気ですわ!」
「ですが、先ほどまでモペルさんに怒っていらっしゃいましたよね?」
「そんな昔のことは忘れなさい! あたくしは今、モペルを愛しているんですの!」
昔って、ほんの少し前なんですけど。ネアフィは俺の前にしゃがむと、心配そうに顔をのぞき込んできた。
「モペルさん、大丈夫ですか? 何か困っていることがあれば、わたしに話してくださいね」
「は、はい! 実は……!」
俺はネアフィの目を見つめた。そのとき、また文字が浮かび上がった。
【魅了】スキルが発動しました。
あっ。しまった。
「モペルさん……?」
ネアフィの頬が赤くなった。黄緑色の目が俺から離れない。
「どうしましょう。わたし、モペルさんのことが……」
「ね、ネアフィさん?」
「とても好きになってしまいました」
うわあああああ! やっぱりそうなるのかよ!
「モペルさん。手をつないでもよろしいでしょうか?」
「えっ!? あ、はい!」
「ありがとうございます」
ネアフィが俺の右手を握った。小さな指が、俺の短い指に絡まってくる。そのまま俺の手を両手で包み、大切そうに頬へ寄せた。
「ふふっ。モペルさんの手、とても温かいですね」
「そ、そうですか?」
「はい。こうしていると、胸がドキドキするんです」
ネアフィが恥ずかしそうに笑った。ああ、可愛いなあ。さすが乙女ゲームの原作ヒロインだ。こんなにおしとやかな美少女と手をつないだら、普通の男は大喜びするんだろうな。でも、俺はゲイなんだよ。
「モペルさん、少し失礼しますね」
ネアフィが俺の手を持ち上げた。
ちゅっ。
「うひゃあああ!?」
指先にキスされた。
「まあ。驚いたお顔も可愛らしいですね」
ネアフィが嬉しそうに笑う。それを見たお嬢様が、扇子を勢いよく開いた。
「ネアフィ! あたくしのモペルに何をしていますの!?」
「ガラネッタ様。モペルさんは誰のものでもありませんよ」
ネアフィはにっこり笑った。でも、俺の手は離してくれない。
「わたしもモペルさんが大好きなんです。ですから、仲良くしていただけませんか?」
「な、何ですって!? あなたはユステリオ殿下がお好きだったのではありませんの!?」
「ユステリオ様はとても素敵な方です。でも、モペルさんにも幸せになっていただきたいんです」
「でしたら、あたくしに譲りなさい!」
「それは困ります。わたしもモペルさんと一緒にいたいので」
ネアフィが俺の右腕に抱きついた。負けじと、お嬢様も左腕を抱きしめてくる。右には原作ヒロイン。左には悪役令嬢。2人とも、とんでもない美少女だ。しかも、俺を取り合っている。
どういう状況なんだ、これ。俺、ただのチビデブなんですけど!?
「モペル、あたくしのことも好きと言ってくださる?」
「えっ!? お、お嬢様は大切なご主人様です!」
「まあ! 嬉しいですわ!」
「モペルさん。わたしのことは?」
「ネアフィさんも、大切な友達です!」
「ふふっ。ありがとうございます。わたしは、もっと仲良くなりたいですけどね」
2人が俺の腕に頬を寄せた。ああ、もう。俺が好きなのは王子様なんだってば!
「そこ! 何をしているのでありますか!」
今度は大きな声が聞こえてきた。
ドズメア将軍だ。銀色の鎧を着た大女が、廊下の向こうから歩いてくる。
「ガラネッタ殿! ネアフィ殿! 王宮の廊下で抱き合うとは、いかがなものでありますか!」
「あっ、将軍! ちょうどよかった! 助けてください!」
俺は将軍の目を見た。
【魅了】スキルが発動しました。
あ。やっちゃった。
「モペル殿……?」
将軍が動きを止めた。日焼けした頬が、少しずつ赤くなっていく。
「な、何ということでありますか……。自分は今、モペル殿を抱きしめたいという、強い気持ちに襲われているのであります!」
「ひいいっ!?」
将軍が大股で近づいてきた。
「モペル殿! 抱擁の許可を願います!」
「えっ!? あの、ちょっと待って……!」
「どうか! お願いするのであります!」
190センチの大女が、俺の前にひざをついた。傷のある顔を真っ赤にして、真剣な目で見つめてくる。さっきまで、俺の腕をつかんで怒鳴っていた人だぞ。
何でこんなことになってるんだよ。
「す、少しならいいですけど……」
「感謝するのであります!」
「うわああっ!?」
将軍が俺を抱き上げた。体重102キロもある俺を、軽々と持ち上げてしまった。すごいな、この人。
「むうっ! 何という愛らしさ! この丸いお体、何時間でも抱いていられるのであります!」
「お、降ろしてください! 俺、高いところは苦手なんです!」
「ご安心を! 自分が命に代えてもお守りするのであります!」
将軍が俺を抱き直した。大きな腕の中に、俺の体がすっぽり収まってしまう。
「モペル殿。額に口づけをしてもよろしいでありますか?」
「えっ!? そ、それは……!」
「嫌であれば我慢するのであります!」
将軍がしょんぼりした顔になった。大きな体なのに、捨てられた子犬みたいな顔をしている。
ううっ。そんな顔されたら断りにくいだろ。
「お、おでこなら……」
「ありがとうございます!」
ちゅっ。将軍が俺の額にキスをした。
「はああ……。幸せであります……!」
将軍は俺を抱きしめたまま、目を細めた。
ああ、もう。完全に【魅了】の効果だな、これ。
「ドズメア! いつまでモペルを抱っこしていますの!? あたくしにも返しなさい!」
「拒否するのであります! モペル殿は自分が守るのであります!」
「ドズメア将軍。独り占めはいけませんよ」
ネアフィまで近づいてきた。3人が俺を見つめている。俺は将軍の腕の中で、頭を抱えた。何なんだよ、このスキル。
女の人を好きにさせる力なのか?
だったら、男には効かないのか?
王子様には?
もし王子様まで俺を好きになってくれたら……。
毎日抱きしめてもらえるじゃないか!
キスだってしてもらえるかもしれない!
でも、待てよ。王子様の気持ちを勝手に変えるのは嫌だな。俺が大好きなのは、あの優しい王子様なんだ。だから、俺のことも自分の気持ちで好きになってほしい。
うん。王子様に【魅了】は使わない。そもそも効くのか分からないけどな。
それより、今は大事なことがある。
この3人が俺の味方になってくれるなら、王子様を守れるんじゃないか?
ガラネッタお嬢様は公爵令嬢だから、貴族たちと話ができる。ドズメア将軍なら、軍の情報が手に入る。ネアフィは原作ヒロインだし、王子様のそばにいることも多い。
うん。これはすごいぞ。
「み、みなさん! 俺からお願いがあるんですけど!」
「何ですの、モペル! あたくしにできることなら、何でもおっしゃいなさい!」
「わたしにもお手伝いさせてくださいね」
「ご命令をお待ちしているのであります!」
3人がいっせいに返事をした。俺は将軍の腕の中で、こっそり笑った。
これなら王子様を守れるかもしれない。
それから数日後。
「モペル、あーんしてくださいまし」
「あ、あーん……」
俺はガラネッタお嬢様の膝の上で、お菓子を食べていた。ここはお嬢様の部屋だ。大きなソファに座ったお嬢様が、俺を後ろから抱きしめている。俺の大きなお腹には腕が回され、背中にはお嬢様の体がくっついていた。
「まあ! 上手に食べられましたわね!」
「お、お嬢様。俺、18歳なんですけど……」
「知っていますわ! でも、あたくしにとっては世界で1番可愛い男の子ですもの!」
ちゅっ。お嬢様が俺の頬にキスをした。
これで今日、何回目だろう。もう数えるのも面倒になってきたぞ。
「モペル。今度はあたくしにも食べさせてくださる?」
「えっ? 俺がですか?」
「ええ! あたくしも、あーんしてほしいですわ!」
お嬢様が大きく口を開けた。俺はお菓子を1つつまみ、その口へ運んだ。
「あ、あーん……」
「んんっ! おいしいですわ!」
お嬢様が嬉しそうに笑った。
「モペルに食べさせてもらうと、いつもの何倍もおいしいですわね!」
「そ、そうですか?」
「ええ! ですから、もう1つくださいまし!」
ああ、すごいな。あのガラネッタお嬢様が、俺に甘えている。数日前までは考えられなかったことだ。しかも、俺をいじめることもなくなった。今では仕事を減らしてくれるし、おいしいものまで食べさせてくれる。ありがたいんだけど、ちょっと困ることもある。
「モペル、今度はほっぺをこちらに向けてくださる?」
「ま、またキスですか!?」
「ええ! だって、可愛いんですもの!」
ちゅっ。
「うひゃっ!」
「ふふふっ。何度しても可愛い反応ですわね」
お嬢様が俺の頬を指でつついた。もう完全におもちゃ扱いなんですけど。
「ガラネッタ様。そろそろ交代していただけませんか?」
ネアフィがソファの隣に座った。今日は白い制服ではなく、薄い桃色のワンピースを着ている。いつもの優しい笑顔で、俺の顔をのぞき込んできた。
「モペルさん。お口にお菓子がついていますよ」
「えっ? あ、ありがとうございます!」
ネアフィがハンカチで俺の口元をふいてくれた。その手つきは、とても優しい。
「ふふっ。きれいになりました」
「す、すみません。いつもお世話になってばかりで」
「謝らないでください。わたしがしたくてしていることですから」
ネアフィはそう言って、俺の右腕に抱きついた。
「モペルさん。少しだけ、こうしていてもよろしいですか?」
「は、はい!」
「ありがとうございます」
ネアフィが俺の肩に頭を乗せた。桃色の髪が、俺の頬に触れる。
「モペルさんと一緒にいると、安心するんです」
ああ、優しい声だなあ。原作ヒロインだけあって、顔も声も可愛い。王子様が好きになるのも分かるよ。まあ、俺だって王子様が好きなんだけどな。
「ネアフィ! あたくしのモペルにくっつきすぎですわ!」
「ガラネッタ様も、ずっと抱きしめていらっしゃいますよね?」
「それとこれとは話が別ですわ!」
「ふふっ。でしたら、今日は3人で仲良くしましょう」
ネアフィが笑った。お嬢様は少し不満そうだったけど、俺を離そうとはしなかった。俺は2人に挟まれたまま、紅茶を飲んだ。
何だろうな。この生活。
前世の俺が聞いたら、絶対に信じないだろうな。だって、俺は前世でも不細工だったんだぞ。29歳になっても恋人ができず、童貞のまま死んだんだ。それが異世界に転生したら、美少女2人に抱きつかれている。俺が望んでいたのはイケメン王子様との恋愛なんだけど。だから嬉しくはない。
「モペル殿! 見回りから戻ったのであります!」
部屋の扉が開いた。
ドズメア将軍が入ってきた。今日は鎧を脱いでいて、白いシャツに黒いズボンをはいている。腕の筋肉がものすごい。俺の太ももより太いんじゃないか?
「お疲れさまです、将軍!」
「ありがとうございます! そのお言葉で疲れが吹き飛んだのであります!」
将軍が俺の前にひざをついた。
「モペル殿! 本日もご褒美をお願いしたいのであります!」
「ご、ご褒美ですか?」
「頭をなでていただきたいのであります!」
将軍が頭を差し出した。190センチの大女が、138センチの俺に頭をなでてほしがっている。変な光景だなあ。でも、将軍は本当に嬉しそうだ。俺は短い腕を伸ばし、白い髪をなでた。
「お疲れさまでした。いつもありがとうございます」
「はうっ!」
将軍の大きな体が震えた。
「し、幸せであります……! 自分は、このご褒美のために生きているのであります……!」
「お、大げさですよ!」
「決して大げさではありません!」
将軍は真っ赤な顔で俺を見上げた。
「モペル殿。もしよろしければ、もう少しなでていただけないでしょうか!」
「いいですよ」
「感謝するのであります!」
俺がもう1度なでると、将軍は目を閉じて嬉しそうに笑った。
「ドズメア! ずるいですわ! あたくしもなでてくださいまし!」
「わたしもお願いしてよろしいでしょうか?」
ガラネッタお嬢様とネアフィまで頭を寄せてきた。俺は両手を伸ばし、2人の髪をなでた。
「これでいいですか?」
「ああん! モペルの手、とっても気持ちいいですわ!」
「ふふっ。ありがとうございます。嬉しいです」
3人とも幸せそうだ。こうしていると、俺まで嬉しくなる。でも、やっぱり王子様に会いたいなあ。今ごろ何をしているんだろう。お仕事かな。それとも、ネアフィがいなくて寂しがっているのかな。ああ、王子様の大きな手で頭をなでてほしい。
抱きしめてもらいたい。できれば、キスまで……。
「モペル? どうしましたの?」
お嬢様が俺の顔をのぞき込んだ。
「い、いえ! 何でもありません!」
「本当に? 寂しいなら、あたくしがもっと抱きしめて差し上げますわ!」
「もう十分ですって!」
「遠慮しなくていいんですのよ!」
お嬢様の腕が俺のお腹に回る。ネアフィは右腕を抱きしめたまま離れない。ドズメア将軍は左手に頬を寄せている。これじゃ動けないじゃないか。でも、3人のおかげで、王子様を守る準備も進んでいた。
お嬢様は貴族たちから情報を集めてくれた。
将軍は軍の動きを調べてくれた。
ネアフィは王子様のそばで、怪しい話がないか聞いてくれている。
おかげで、今まで知らなかった情報も手に入った。やっぱり、この3人は頼りになるなあ。
「モペル。少しお話がありますの」
お嬢様が俺の頭をなでる手を止めた。さっきまでの甘えた顔とは違う。真剣な目をしている。
「どうしたんですか?」
「国王陛下が、ユステリオ殿下を戦場へ送ろうとしていますの」
「……えっ?」
お嬢様が1枚の紙を見せてくれた。そこには、王子様を国境の砦へ向かわせる命令が書かれていた。しかも、援軍は出さないらしい。
ちょっと待てよ。この話、知ってるぞ。原作でもあった事件だ。
第1王子のゼドゥラスが、戦争で手柄を立てるために、ユステリオ様の部隊を敵の前に出す。
第2王子のキルフェスは補給を止め、食料や武器が届かないようにする。
そして、国王グナディウスは、その計画を知りながら止めない。
つまり王子様を見殺しにするつもりなのだ。
「ふざけんなよ……」
俺は紙を握りしめた。あんなに優しい王子様を、何だと思っているんだ。自分たちの権力を守るためなら、息子でも弟でも殺していいのか?
絶対に許さない。王子様に手を出す奴は、誰だろうと俺の敵だ。
「モペルさん……?」
ネアフィが俺の肩に手を置いた。俺は顔を上げた。
「ネアフィさん。お願いがあります」
「はい。何でしょうか?」
「王子様を助けたいんです」
ネアフィは俺の目を見つめ、静かにうなずいた。
「わたしもです。ユステリオ様は、とても優しい方ですから」
「ありがとうございます」
俺はネアフィの手を握った。彼女は嬉しそうに笑い、俺の手を握り返してくれた。
「モペルさん。わたしにできることなら、何でもお手伝いします」
「でも、危ないことはしないでくださいね」
「はい。モペルさんも、無理をなさらないでください」
ネアフィはそう言って、俺の頬を優しくなでた。ガラネッタお嬢様も俺の肩を抱いた。
「モペル。あたくしの家にも力がありますわ。王宮の貴族たちに話を通してみせます」
「お嬢様……!」
「ただし、条件がありますの」
「えっ?」
「全部終わったら、あたくしと1日中イチャイチャしてくださいまし!」
「えええっ!?」
「嫌ですの?」
お嬢様が涙目になった。
ううっ。そんな顔されたら断れないだろ。
「わ、分かりました! できる範囲で!」
「約束ですわよ!」
お嬢様が俺に抱きついてきた。ネアフィも負けずに俺の腕を抱きしめる。
「でしたら、わたしもご一緒してよろしいですか?」
「ネアフィ! あなたまで!?」
「ふふっ。モペルさんと、ゆっくりお茶を飲みたいんです」
ドズメア将軍が大きくうなずいた。
「自分も参加を希望するのであります!」
「将軍まで!?」
3人が俺を見つめている。ああ、もう。どうしてみんな、そんなに俺とイチャイチャしたがるんだよ。でも、今は王子様を守ることが先だ。俺は命令書を見た。作戦が始まるまで、まだ時間はある。
「将軍。軍の中で、この命令に反対している人はいますか?」
「大勢いるのであります! ユステリオ殿下を慕う兵士も少なくありません!」
「でしたら、その人たちに話を聞いてください。命令書も残してほしいんです」
「了解であります!」
「お嬢様は、王子様を戦場へ送ろうとしている貴族たちの名前を調べてください」
「任せなさい! あたくしの力を見せて差し上げますわ!」
「ネアフィさんは、王子様のそばにいてあげてください。危ないことがあったら、すぐに知らせてほしいんです」
「はい。モペルさんも、どうかお気をつけて」
3人がうなずいた。俺は命令書を握りしめた。絶対に王子様を守る。そのためなら、何だってしてやる。
それから2週間後。王宮は大騒ぎになっていた。国王と2人の王子が、ユステリオ様を見殺しにしようとしていた証拠が見つかったのだ。ドズメア将軍が軍の命令書を集め、ガラネッタお嬢様が貴族たちの証言をそろえてくれた。ネアフィも、王子様のもとへ届いた手紙を調べてくれた。
その中には、ユステリオ様を戦場へ送ったあと、援軍を止めるよう指示した手紙まであった。しかも、王宮の貴族たちの中にも、国王のやり方に反対している人が大勢いたらしい。俺たちは証拠をそろえ、味方になってくれた貴族や兵士たちに協力を頼んだ。
やがて、大勢の貴族と兵士が国王に抗議した。国王は怒鳴り散らしたけど、証拠を消すことはできなかった。第1王子も第2王子も、自分たちの命令書が残っているとは思わなかったらしい。結局、国王は王位を失い、2人の王子も王位を継ぐ権利を奪われた。
3人は王宮から追い出され、遠くの土地へ送られた。
国王に従っていた兵士たちも、ドズメア将軍が軍をまとめてくれたおかげで、大きな戦いにはならなかった。誰も殺さずに済んだのだ。
ああ、よかった。本当は王子様を守るためなら、誰かを殺す覚悟だってしていた。でも、殺さずに済むなら、それが1番いい。王子様だって、きっと喜んでくれる。
そして新しい国王には、ユステリオ様が選ばれた。あの優しい王子様が、とうとう王様になったのだ。ユステリオ様は、さっそく戦争を終わらせるために動き始めた。貴族たちが勝手に集めていた税金も調べ直し、困っている人たちを助けるよう命じた。
ああ、やっぱり俺の王子様は最高だな。こんなに優しい王様がいるなら、この国はきっとよくなる。俺は自分の部屋で、王子様からいただいたハンカチを握りしめた。
「えへへ……。王子様、よかったですねえ」
嬉しくて、顔がにやけてしまう。王子様は、俺が裏で動いていたことを知らないはずだ。それでいい。俺はただの小間使いだからな。王子様には、ずっと優しい王様でいてほしい。
「モペル!」
扉が勢いよく開いた。ガラネッタお嬢様が飛び込んできた。
「お、お嬢様!?」
「モペル! 約束を覚えていますわね!?」
「や、約束?」
「全部終わったら、1日中イチャイチャしてくださると言いましたでしょう!?」
あっ。そうだった。
「お、お嬢様! 俺、まだ仕事が……!」
「今日はお休みですわ! あたくしが許可しましたの!」
お嬢様が俺を抱きしめた。そのまま頬にキスをする。
ちゅっ。
「うひゃっ!?」
「ふふふっ。やっと2人きりですわね!」
お嬢様が俺をソファへ連れていった。そして、自分の膝に乗せてくる。
「モペル。今日はたくさん甘えてくださいまし!」
「お、お嬢様! 俺、重いですよ!?」
「そんなこと気にしませんわ! あなたの丸いお体、あたくしは大好きですもの!」
お嬢様が俺のお腹を抱きしめた。赤い髪が俺の肩にかかる。いい匂いだなあ。でも、俺が抱きしめたいのは王子様なんだけど。
「ガラネッタ様。2人きりではありませんよ」
扉の向こうから声がした。ネアフィだ。今日は白いワンピースを着ていて、桃色の髪には小さな花が飾られている。
「モペルさん。お約束の日ですね」
「ネ、ネアフィさんまで!?」
「はい。今日はわたしも、たくさん甘えさせていただこうと思っています」
ネアフィが俺に近づき、両手を広げた。
「モペルさん、抱きしめてもよろしいですか?」
「えっ!? あ、はい……」
「ありがとうございます」
ぎゅっ。ネアフィが俺を優しく抱きしめた。頬を俺の髪に寄せ、幸せそうに笑っている。
「ふふっ。大好きです、モペルさん」
「ネ、ネアフィさん……!」
「モペルさんは、わたしのことも好きですか?」
「は、はい! 大切な友達です!」
「ふふっ。嬉しいです。でも、わたしはもっと仲良くなりたいんですよ」
ネアフィが俺の頬にキスをした。ちゅっ。
「うひゃあっ!?」
お嬢様が頬をふくらませる。
「ネアフィ! あたくしのモペルに勝手にキスしないでくださる!?」
「ガラネッタ様も、さっきから何度もしていらっしゃいますよね?」
「それはあたくしだからいいんですの!」
「ふふっ。でしたら、わたしも少しだけ許してくださいね」
ネアフィが俺の右腕を抱きしめた。お嬢様は左腕を抱きしめてくる。もう、どっちにも動けない。
「モペル殿! 自分も到着したのであります!」
今度はドズメア将軍まで入ってきた。今日は鎧ではなく、赤いドレスを着ている。大きな肩に、太い腕。胸元にはきれいな飾りがついていた。普段の将軍とは、ずいぶん違う格好だ。
「しょ、将軍!? その服は!?」
「本日はモペル殿との特別な日であります! 女性らしい服装を選んでみたのでありますが……、いかがでしょうか!」
将軍が恥ずかしそうにスカートをつまんだ。日焼けした頬が赤くなっている。
「す、素敵だと思います!」
「ほ、本当でありますか!?」
「はい! すごく似合ってます!」
将軍の顔がぱっと明るくなった。
「感激であります!」
将軍が俺の前にしゃがんだ。
「モペル殿! 抱っこの許可を願います!」
「えっ!? またですか!?」
「本日は特別な日であります! どうかお願いするのであります!」
俺は少し考えた。まあ、約束したからな。
「じゃ、じゃあ、少しだけですよ?」
「了解であります!」
将軍が俺を抱き上げた。
「わああっ!?」
体重102キロの俺が、また軽々と持ち上げられてしまった。将軍は俺を抱いたまま、嬉しそうに笑っている。
「モペル殿! 何という幸せでありましょうか!」
「しょ、将軍! あんまり揺らさないでください!」
「失礼したのであります!」
将軍が俺を優しく抱き直した。大きな腕の中に収まると、何だか安心する。いや、相手が女将軍なのは分かってるんだけどな。
「モペル殿。額にキスしてもよろしいでありますか?」
「えっ!? ま、またですか?」
「はい! ぜひお願いするのであります!」
「じゃ、じゃあ、1回だけ……」
「ありがとうございます!」
ちゅっ。
「うひゃあっ!」
将軍が俺の額にキスをした。その顔は真っ赤になっている。
「し、幸せであります……!」
「ドズメア! ずるいですわ! あたくしにもモペルを返しなさい!」
「モペルさん。わたしも、もう少し抱きしめていたいです」
3人が俺を囲んでくる。
ああ、もう。どうしてこうなったんだよ! 俺が好きなのは王子様なのに!
でも、3人とも幸せそうだ。
ガラネッタお嬢様は、もう俺をいじめなくなった。
ネアフィは相変わらず優しくて、いつも俺を気にかけてくれる。
ドズメア将軍も、俺に乱暴なことをしなくなった。
それに、王子様も無事だ。みんなが笑っているなら、俺も嬉しい。
「分かりました! 今日はみんなで仲良くしましょう!」
俺がそう言うと、3人が嬉しそうに笑った。
「まあ! モペル、愛していますわ!」
「わたしも大好きです」
「自分も愛しているのであります!」
3人がいっせいに抱きついてきた。
「ぐえっ!?」
俺のお腹が押しつぶされる。ちょっと待って!
いくら太っているからって、そんなに強く抱きしめたら苦しいんですけど!
「モペル、今夜はあたくしと一緒に寝ましょうね!」
「わたしも添い寝したいです」
「自分も参加を希望するのであります!」
「ええええっ!?」
3人がいっせいに俺を見つめてきた。
いやいやいや! ちょっと待ってくれ!
こうして、俺の異世界生活は最高の結末を迎えた。大好きな王子様を救うことができ、腐った王国も変えることができた。しかも、悪役令嬢も原作ヒロインも女将軍も、みんな俺のことが大好きだ。ただし、これだけは言わせてほしい。
「俺はゲイなんだからな!? 女の子にモテても、嬉しくないんだよおおおおお!」




