第1話 悪役令嬢にいじめられ、女将軍に怒鳴られるチビデブ小間使いの俺を、前世からガチ恋していたイケメン王子様が助けてくれた!
「モペル! あたくしの靴に泥がついていますわ! さっさときれいになさい!」
「ひゃいっ! も、申し訳ありません、お嬢様!」
俺はあわてて床にひざをついた。目の前にいるのは、腰まで伸びた赤い髪に、赤い目をした美少女だ。
名前はガラネッタ。
この国の公爵令嬢で、俺が仕えているお嬢様でもある。黒いドレスには赤い宝石がたくさんついているし、手には金色の扇子まで持っている。顔もきれいだし、胸も大きい。そこらの女の子とは比べものにならないほどの美人だ。ただし、性格は最悪なんだけどな。
「何をしているのです! 早くなさい!」
「は、はいっ!」
俺は布を持ち、お嬢様の靴をみがき始めた。しかし、お腹が邪魔でうまく前にかがめない。手を伸ばしても、靴の先まで届かないのだ。くそっ、なんでこんなに腹が出てるんだよ。俺は何とか体を横に向け、靴についた泥をふき取った。
すると、お嬢様が急に足を動かした。
「うぐっ!」
靴の先がお腹に当たり、俺は後ろに転がってしまった。大きなお腹が揺れ、そのまま背中から床に倒れる。
「まあ! 何を転がっていますの!? あたくしの前でそんな見苦しい姿を見せないでくださる!?」
「す、すみません!」
「謝る暇があるなら立ちなさい! まったく、どうしてあたくしの小間使いは、こんなに役立たずなのです!」
俺は床に手をついて起き上がろうとした。でも、腕が短いせいで、なかなか体を持ち上げられない。2回ほど失敗してから、何とか立ち上がることができた。
はあ、はあ。もう息が切れてるんですけど。いや、別に俺が病気なわけじゃないぞ。ただ、ものすごく太っているのだ。身長138センチ、体重102キロ。首は脂肪に埋もれているし、あごは3重。お腹は大きく前に出ていて、足元なんて見えやしない。
丸い顔には小さな目と低い鼻がついている。茶色いくせ毛は何度とかしてもボサボサのままだ。おまけに手足まで短い。鏡を見るたびに、よくこんな体で生きてるなあと思ってしまう。そう。俺はとんでもないチビデブなのである。しかも、ただのチビデブではない。悪役令嬢にこき使われる、下っ端の小間使いなのだ。
実は俺、乙女ゲームの世界に転生してしまったのである。
前世では29歳の男だったのに、今は18歳のモペルとして暮らしている。ちなみに、前世も不細工だった。身長155センチ、体重98キロ。太った体に、丸い顔。髪はボサボサで、肌も荒れていた。恋人なんて1度もできなかったし、29歳になっても童貞だった。そんな俺が異世界に転生したら、さらに小さく、さらに太ってしまったのだ。
神様、ひどすぎませんか?
せっかく生まれ変わるなら、イケメンになりたかったんですけど。いや、別に女の子にモテたいわけじゃないぞ。俺はゲイだからな。前世からずっと男が好きだったし、女の子に恋をしたことは1度もない。もちろん、家族には内緒にしていた。
そんな俺が転生したのは、『令厳なる国のブリリアント・ロマンス』という乙女ゲームの世界だ。
王立学院に入学した女の子が、王子様や貴族のイケメンたちと恋愛するゲームである。攻略対象は何人もいたけど、俺には1人しか見えていなかった。だって、このゲームには俺が前世からずっと愛している男がいるんだから。
「モペルさん、大丈夫ですか?」
優しい女の声が聞こえた。顔を上げると、桃色の髪をした少女が俺のそばに立っていた。短めの髪を左右で小さく編んでいて、黄緑色の目をしている。鼻の上には小さなそばかすがあった。王立学院の白い制服を着たその少女は、俺の顔を心配そうにのぞき込んでいる。名前はネアフィ。この乙女ゲームの原作主人公だ。
「お腹を蹴られていましたよね。痛いところはありませんか?」
「あっ、だ、大丈夫です! ちょっと転んだだけですから!」
「本当ですか? 無理をしてはいけませんよ。お顔も赤くなっていますし、少し休んだほうがいいと思います」
ネアフィは白いハンカチを取り出し、俺の額の汗をふいてくれた。
ああ、優しいなあ。さすが原作主人公だ。この子は本当にいい子なんだよ。俺みたいなチビデブにも、嫌な顔をせずに話しかけてくれる。ほかの使用人に笑われているときも、よく助けてくれるんだ。おしとやかで、いつも丁寧な言葉を使うし、怒鳴ったりもしない。正直、こんな女の子なら幸せになってほしいと思う。
ただし、1つだけ問題があった。
ネアフィは原作で、俺の大好きな王子様と結婚するのである。つまり、俺にとっては最大の恋のライバルなのだ。いや、ネアフィが悪いわけじゃないぞ。こんなに優しい子なんだから、王子様が好きになるのも分かる。
でも、俺だって王子様と結婚したいんだよ!
そこだけは絶対に譲れない。
「ネアフィ! あたくしの小間使いに何をしていますの!?」
ガラネッタお嬢様が扇子を強く閉じた。赤い目がネアフィをにらんでいる。
「ガラネッタ様。モペルさんが痛そうにしていたので、お声をかけただけです」
「余計なお世話ですわ! この男はあたくしの使用人ですのよ! あなたに口を出す権利はありませんわ!」
「ですが、使用人の方にも休む時間は必要だと思います。それに、先ほどはガラネッタ様の靴が当たってしまったようですし……」
「何ですって!? あたくしが悪いと言いたいのですか!」
お嬢様がネアフィに詰め寄った。ネアフィは少し驚いた顔をしたけど、逃げなかった。
「責めているわけではありません。ただ、モペルさんにお怪我がなくてよかったと思っているんです」
「あなたのそういうところが気に入りませんの! 平民の分際で、偉そうに説教しないでくださる!?」
ああ、始まってしまった。この2人、本当に仲が悪いんだよな。まあ、原作を知っている俺からすれば、その理由も分かっているんだけど。ガラネッタお嬢様は、王子様と結婚することを夢見ている。しかし、王子様が恋に落ちるのは、平民出身のネアフィなのだ。それが気に入らなかったお嬢様は、原作でネアフィに何度も嫌がらせをする。しかも、最後にはネアフィを殺そうとするんだよな。
原作では、その計画を王子様が阻止する。ネアフィが殺されそうになったところへ王子様が駆けつけ、彼女を助けるのだ。あの場面の王子様は、本当にかっこよかった。何回見ても顔がにやけてしまうほどだったなあ。
まあ、そのあと2人が結ばれてしまうので、そのゲーム世界に転生した俺としては複雑なんだけど。
「モペル! 何をぼんやりしていますの! 早く床をふきなさい!」
「ひゃいっ!」
お嬢様が足元にあった水の入った桶を蹴った。
ガタンッ!
「うわっ!」
桶が倒れ、床に水が広がった。俺の靴もズボンもびしょぬれになってしまった。
「まあ! 何をしていますの!? 床が水浸しではありませんか!」
「ええっ!? い、今のはお嬢様が……!」
「あたくしに口答えするつもりですの!?」
「ひいっ! 申し訳ありません!」
俺はあわてて雑巾を持ち、床をふき始めた。ネアフィも手伝おうとしてくれたけど、お嬢様に止められてしまった。
「ネアフィ、あなたには関係ありませんわ! こんな仕事、あたくしの小間使いにやらせればいいのです!」
「でも、モペルさん1人では大変ではありませんか?」
「黙っていなさい!」
ガラネッタお嬢様は鼻を鳴らした。ああ、怖い怖い。こういうときは逆らわないのが1番だ。俺はペコペコと頭を下げながら、必死に床をふき続けた。すると、廊下の向こうから大きな足音が聞こえてきた。
「そこ! 何をしているのでありますか!」
顔を上げると、銀色の鎧を着た大きな女が立っていた。短い白髪に、日焼けした肌。右の眉から頬まで、大きな傷がある。身長190センチの女将軍、ドズメアだ。俺なんて、この人の半分くらいの大きさしかない。
ドズメア将軍は床に広がった水を見ると、太い眉をつり上げた。
「王宮の廊下を水浸しにするとは何事でありますか! ここは殿下もお通りになる場所でありますぞ!」
「ひいっ! す、すみません!」
「謝罪よりも行動であります! 今すぐ床をきれいにするのであります!」
「は、はいっ!」
俺は必死に床をふいた。しかし、大きなお腹が邪魔で手が届かない。少し前にかがんだところで、体が横に傾いてしまった。
「うわわっ!」
俺はそのまま床に転がった。
「まったく! そのような体で、よく小間使いが務まるものでありますな!」
ドズメア将軍が俺の腕をつかんだ。そのまま無理やり立たされる。
「いたたたっ! す、すみません!」
「何を情けない声を出しているのでありますか! これくらいで痛がるとは、鍛錬が足りない証拠であります!」
ううっ、痛い。将軍の手が大きすぎて、俺の腕がつぶれそうなんですけど。
「ドズメア将軍。モペルさんが痛がっています。どうか離してあげてください」
ネアフィが俺を助けようとしてくれた。しかし、ドズメア将軍は首を横に振った。
「ネアフィ殿! 甘やかしては本人のためにならないのであります!」
いや、将軍。俺、別に兵士じゃないんですけど。ただの使用人なんですけど。そんなに鍛えられても困るんだよなあ。
「おや、何かあったのかい?」
その声を聞いた俺は、勢いよく顔を上げた。
廊下の向こうから、白い服を着た青年が歩いてくる。きれいな銀髪に、青い目。白い服には金色の糸で細かな模様が入っていて、肩からは青いマントをかけていた。
うおおおおおお!
王子様だあああああ!
俺の大好きな王子様が来たあああああ!
この方こそ、王国第3王子のユステリオ様だ。俺が前世からずっと愛している、世界で1番かっこいい男である。ああ、今日も顔がよすぎる。まず、目がいい。きれいな青い目に、長いまつ毛。鼻も高いし、唇の形まで完璧だ。しかも、顔が小さい。正面から見ても、横から見ても、どこから見てもかっこいい。
顔がいいのは当たり前として、スタイルまで最高なんだよな。身長188センチもあるし、肩幅も広い。腰は細いのに、服の上からでも体を鍛えているのが分かる。何より足が長い。俺なんて、王子様の隣に立ったら子供に見られそうなんですけど。同じ男なのに、どうしてこんなに違うんだよ。
「ユ、ユステリオ殿下! おはようございます!」
俺はドズメア将軍につかまれたまま、あわてて頭を下げた。王子様は俺を見ると、優しく笑ってくれた。
「ああ、おはよう、モペル。今日も元気そうだね」
うわあああああ! 俺を見て笑ってくれた! しかも、名前まで呼んでくれたんですけど!
ああ、幸せだ。もう今日は何もいらない。王子様に会えたんだから、それで十分だ。
俺が王子様を好きになったのは、この世界に転生してからではない。前世で『令厳なる国のブリリアント・ロマンス』を遊んでいたときから、ずっと大好きだった。初めてゲームで王子様を見たとき、俺は本気で恋をしてしまった。それからは王子様の攻略ルートを何度も遊んだ。王子様の台詞は全部覚えたし、恋愛イベントも何回見たか分からない。
ほかの攻略対象なんて、どうでもよかった。俺にとって、このゲームは王子様と恋愛するためのゲームだったのである。当然、グッズも集めまくった。アクリルスタンドに、ぬいぐるみ。缶バッジにポスター。限定版のグッズだって、発売されるたびに買っていた。特にお気に入りだったのは、王子様の抱き枕だ。あれは最高だったなあ。毎晩抱きしめながら眠っていたくらいだ。
ただし、家族には絶対に見つからないようにしていた。俺はゲイだったけど、そのことを家族には話していなかったからだ。だから、王子様のグッズは全部、自分の部屋に隠していた。家族が勝手に部屋へ入ってきたときなんて、本当に焦ったものだ。抱き枕を見つけられたら、何て説明すればいいんだよ。友達から借りたなんて言い訳、絶対に信じてもらえないだろ。
それでも俺は、王子様のグッズを買うのをやめられなかった。それくらい、王子様が大好きだったのである。そんな王子様が、今は俺の目の前にいる。ゲームの画面越しじゃない。本物の王子様だ。しかも、俺の名前を覚えてくれているんだぞ。
転生してよかったあああああ!
「モペル、どうしたんだい? 腕が痛そうだけれど」
「あっ、はい! 仕事で失敗してしまいまして!」
「殿下! この者は王宮の廊下を汚したうえ、掃除も満足にできないのであります! 自分が厳しく指導しているところであります!」
ドズメア将軍が俺の腕を持ち上げた。
うぐっ、痛い!
でも、王子様の前で情けないところは見せたくない。俺は必死に笑顔を作った。
「だ、大丈夫です! 全然痛くないです!」
「ドズメア、彼の腕を離してあげてくれるかな」
王子様の声がした。ドズメア将軍の手が止まった。
「し、しかし殿下! この者には厳しい指導が必要であります!」
「そうかもしれないね。でも、痛がっている人の腕を無理につかむ必要はないと思うんだ。まずは話を聞いてあげようよ」
「はっ! 殿下のご命令であれば、従うであります!」
ドズメア将軍が手を離してくれた。俺が腕をさすっていると、ネアフィが王子様に近づいた。
「ユステリオ様。実は、モペルさんは悪くないんです。ガラネッタ様が桶を蹴ってしまわれて、それを片づけていたんです」
「ネアフィ! 余計なことを言わないでくださる!? あたくしは何も悪いことをしていませんわ!」
「ですが、モペルさんが怒られるのは違うと思います。わたしは見ていましたから」
ネアフィは俺の前に立ち、ガラネッタお嬢様をまっすぐ見つめた。ああ、いい子だなあ。こんなに優しい女の子なら、王子様が好きになるのも分かる。俺だって、ネアフィには幸せになってほしい。ただし、王子様との結婚だけは譲れないけどな!
「ガラネッタ、ネアフィの話は本当なのかな?」
王子様がガラネッタお嬢様に顔を向けた。
「そ、それは……、あたくしが少し足を動かしただけですわ! そもそも、この者がもっと早く仕事を終わらせていればよかったのです!」
「そうだったんだね。でも、それならモペルを責めるのは違うと思うよ。彼は君のために掃除をしてくれていたんだろう?」
「で、ですが殿下! あたくしは、この者にきちんと仕事を覚えさせようと……!」
「うん。ガラネッタが使用人を大切にしてくれるなら、私も嬉しいよ。彼らがいてくれるから、私たちは不自由なく暮らせるんだからね」
「そ、そうですわね! あたくしも、そのつもりですの!」
ガラネッタお嬢様があわてて笑顔を作った。王子様はそれ以上怒ることもなく、俺のほうへ歩いてきた。
「モペル、腕を見せてくれるかな?」
「えっ? あ、はい!」
俺が腕を差し出すと、王子様は俺の手首を見て眉を下げた。ドズメア将軍につかまれていたところが赤くなっている。それに、雑巾を何度も強くしぼっていたせいで、指の皮も少しむけていた。
「痛そうだね。少し待っていて」
王子様は俺の前にひざをついた。
えっ?
ちょっと待って。王子様が俺の目の前にいるんですけど。しかも、俺の手を握ってくれた。大きくて、温かい手だった。指も長いし、手のひらには剣の練習でできた硬いところがあった。
うおおおおおお! これが王子様の手か! 最高すぎるだろ!
できれば一生握っていたい。王子様は自分の服から白いハンカチを取り出すと、俺の指に巻いてくれた。
「痛みを和らげる魔法をかけておいた。これで少しは痛くなくなると思うよ。あとでちゃんと手当てをしてもらってね」
「で、殿下……!」
俺はハンカチを見つめた。白い布には、小さな金色の王冠がぬわれていた。王子様のハンカチだ。あの王子様が、俺のために自分のハンカチを使ってくれたんだぞ。しかも、手当てまでしてくれた。
こんなに優しい人、ほかにいるか?
顔もスタイルも最高なのに、性格まで完璧なんて。俺、もうこの人以外とは絶対に結婚できない。いや、結婚できないのは分かってるけどさ。夢くらい見させてくれよ。
「ありがとうございます! 洗ってお返しいたします!」
「ははっ。それは君にあげるよ。大切に使ってくれたら嬉しいかな」
王子様が笑ってくれた。
ああ、もう。本当に大好きだ。さっきまで腕が痛かったのに、全部どうでもよくなってしまった。王子様が俺を助けてくれた。こんなチビデブの小間使いを、ちゃんと1人の人間として扱ってくれたんだ。ゲームの中でも、王子様はいつだって優しかった。身分の低い人を見下さず、困っている人がいたら必ず手を差し出してくれる。誰かが傷ついていたら、自分のことのように悲しんでくれる。そんな王子様が大好きだった。でも、本物の王子様はゲームで見ていたときよりもずっと優しい。ああ、俺は本当に幸せ者だなあ。
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好きぃぃいいいいいいい。
「それでは、私はそろそろ行くよ。モペル、無理をしないようにね」
「はいっ! 殿下もお気をつけて!」
王子様が歩き始めると、ネアフィもそのあとを追いかけた。
「ユステリオ様。わたしもご一緒してよろしいでしょうか?」
「いいよ。ネアフィ、今日は学院で何を勉強したんだい?」
「今日は王国の歴史を学びました。よろしければ、殿下のお考えもお聞かせください」
2人は楽しそうに話しながら歩いていった。
俺はその背中を見送りながら、ハンカチを握りしめた。においまで嗅いでしまう。ああ、幸せだ。これが殿下の香り。フローラルないい匂い。もう家宝にするしかないだろ、これ。絶対に洗わずに大切にしまっておこう。
さて、この世界について軽く触れておこう。
国境では戦争が続いているし、貴族たちは権力争いばかりしている。平民からは重い税金を取り立て、払えなければ家や土地を奪う。戦争に負ければ、兵士ばかりか村で暮らしている人たちまで殺される。
それなのに、王族や貴族たちは毎日のように豪華な食事を楽しんでいる。国民が飢えていても、自分たちの暮らしがよければ気にしないのだ。
しかも、俺は原作の知識を持っている。
ゲームを何度も遊んだから、この国でこれから何が起きるのか知っているんだ。どの貴族が敵国とつながっているのか。誰が王族を裏切るのか。いつ大きな戦争が始まるのか。王子様がどんな事件に巻き込まれるのか。
俺は、その多くを覚えている。
中でも心配なのが、王子様の家族だ。
第1王子のゼドゥラスは、戦争で領土を広げようとしている。
第2王子のキルフェスは、王宮で人の秘密を集め、気に入らない相手を追い落としている。
どちらも王位を狙っていて、ユステリオ様を邪魔者だと思っているのだ。しかも、国王のグナディウスは、自分の権力を守るためなら息子だって犠牲にする男である。何なんだよ、この家族。どうして王子様の周りには、こんな奴らばっかりいるんだ? 原作者が鬼畜すぎる。
王子様はあんなに優しいのに。
今日だって、ただの小間使いである俺を助けてくれた。自分より身分が低い相手にも、あんなに優しくできる人なんだぞ。それなのに、どうして王子様が苦しまなきゃいけないんだよ。俺は王子様に幸せになってほしい。毎日おいしいものを食べて、好きなことをして、笑っていてほしい。誰かに命令されて、嫌な仕事を押しつけられる生活なんてしてほしくない。そしてできれば、その隣には俺がいたい。俺が毎日ご飯を作って、洗濯をして、王子様のお世話をしてあげるんだ。
ああ、最高だな。
王子様のためなら、家事だっていくらでもできる。でも、この国が腐ったままでは、そんな生活はできないだろう。王子様は王族として、戦争や政治に巻き込まれ続ける。しかも、王子様は優しすぎる。誰かを助けるためなら、自分が傷ついても構わないと思っているんだ。
そんなの、絶対に嫌だ。
王子様には、俺よりも長生きしてほしい。毎日笑っていてほしい。だから、俺は決めた。この腐った国を、俺が変えてやろうと。王子様を苦しめる貴族も、王位を狙う兄弟たちも、全部何とかしてやる。もし王子様を殺そうとするなら、俺が先に殺してやる。たとえ相手が王子様の家族でも関係ない。王様だって例外じゃない。自分の息子を犠牲にしようとする父親なんて、俺は絶対に許さないからな。
それが悪いことだっていうのは分かっている。人を殺したら、王子様だって悲しむだろう。俺が犯人だと知られたら、きっと嫌われる。それでも王子様が死ぬルートに入ってしまうよりはいい。俺は王子様に生きていてほしいんだ。
そのためなら、テロリストにだってなってやる。
幸い、俺には原作の知識がある。この国の秘密も、これから起きる事件も知っている。普通なら手に入らない情報だって、俺なら先回りして調べられるはずだ。問題は、今の俺がただの小間使いだということ。金もなければ、権力もない。剣だってまともに使えないし、少し走ったら息が切れる。
こんな俺が、どうやって王国を変えればいいんだか……。
とにかく、今は原作の知識を使って少しずつ準備を進めるしかない。まあ、肝心の仲間が1人もいないんだけどな。
「モペル! いつまで床をふいていますの!? 早くこちらに来なさい!」
「ひゃいっ! た、ただいま!」
おっと、いけない。
考え事をしていたせいで、仕事が全然進んでいなかった。俺は雑巾を置き、急いで立ち上がった。ガラネッタお嬢様は腰に手を当て、こちらをにらんでいる。ああ、また怒られる。とりあえず謝っておこう。
「申し訳ありません、お嬢様! 俺が悪かったです! 何でもしますから許してください!」
俺はペコペコと頭を下げた。
「何でもすると言いましたわね? でしたら、まずは殿下にいただいたそのハンカチを渡しなさい! あなたのような下っ端には、もったいない品ですわ!」
「えっ!?」
俺は思わず手を引っ込めた。ガラネッタお嬢様が、俺の手に巻かれたハンカチを見ている。王子様からいただいた、大切なハンカチだ。
これを?
そんなの嫌だ。だって、王子様が俺にくれたものなんだぞ。
「お、お嬢様! これだけは勘弁してください!」
「まあ! あたくしに逆らうつもりですの!? いいから渡しなさい!」
お嬢様が俺の手首をつかんだ。そのままハンカチを引っ張ろうとする。
「わわっ! お、お嬢様、お願いします! これだけは!」
「うるさいですわね! あなたのような小間使いが、殿下から贈り物をいただくなんて許されませんわ!」
俺は必死にハンカチを守った。お嬢様の手が強く引っ張ってくる。このままだと、ハンカチが破れてしまう。それだけは絶対に嫌だ。王子様が俺を助けてくれた、大切な思い出なんだから。
「お嬢様、お願いです! 何でもします! 靴だって毎日みがきますし、床だって全部ふきます! だから、これだけは俺にください!」
俺はお嬢様の目を見つめて、必死にお願いした。お願いだから、俺の話を聞いてくれ。王子様からいただいた、このハンカチだけは奪わないでほしい。
すると、お嬢様の手が止まった。
さっきまで怒っていたのに、なぜか俺の顔をじっと見つめている。
その頬が、少しずつ赤くなっていった。
あれ? どうしたんだろう?
そう思って首をかしげたとき、突然、目の前に文字が浮かび上がった。
【魅了】スキルが発動しました。




